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つたえわすれたコト

作者: 華歌 李夢

 僕はついこないだこの町に引っ越して来た。そして、やっと部屋が片付き始め、暇ができた。

 なので、今日はこの町をみて回ろうと思っている。

「行ってきます」

 おそらく休日の朝でまだ寝ているのか返事がなかった。




 一週間と少しぶりに外に出た。

――春なのに意外と寒いな……

 やや暖かな陽が差しているけれど、それ以上に涼しい風が肌をなでた。

 少し歩いたところで自販機が目にとまった。




 ココアをすすりながら歩き、スーパーやコンビニの場所を確認した。

 コンビニで唐揚げを買って昼ご飯をごまかしてまだ歩いた。

 図書館や本屋が遠いのは少しばかり残念に感じたが、静かないい場所も発見出来た。

 そこはスーパー等とは反対方向に家から数百メートルの場所に位置していて、頻繁に行くのも辛くなさそう。

 小さな丘の上。

 そこには一本の大きな木以外、何もなく、それがまた魅力に感じられる。

 風の音が自然と耳に入るくらい静かな場所で、高台に位置しているから町も一望出来る。

 あまりに居心地が良かったから歩くのも程々に木陰で休んでみることにした。

――そう三時まで……あと三十分だけ……

 そう考えながらも閉じるまぶたは止められなかった。




 不意に肩を二回軽く叩かれた。

「もう少し……もう少しだけ……」

 何も考えずに出たのがその言葉。

「あ……あの、こんなところで寝ていると風邪を……風邪をひいてしまいますよ……」

「う……ん……ん?」

 聞こえてきたのは何かに怯えているかのようなか細い声。

 しかし、その声に聞き覚えはなかった。

——誰だろう?人がせっかく気持ち良く寝ているのに。

 目を覚ました時に、僕の目に映ったのはストレートロングのおそらく自分と同じくらいの年、高校生くらいのワンピースにカーディガンを羽織った女性だった。

 目が合った。

 はずだったが、次の瞬間、彼女は目を逸らし、うつむき、そして後ろを向いて走り出しすと言う動作を一瞬のうちに繰り出した。

「えっ……ちょ……」

 完全に見失った。

 時計を見るともう五時を指している。

――もうこんな時間か……寒いな……確かにこのまま居たら風邪を引きそうだ。

 太陽も傾いて、あたりは夕焼け色に染まり始めていた。

 そうしてその日は家に帰った。




 翌日も同じ丘の上に行ってみた。

 昨日、僕が休憩していた場所の大きな木のちょうど裏側にその女性はいた。

 きっと昨日もいたのだろう。

 とりあえず、昨日のお礼を言うべく、その人に話しかけた。

「こんにちは、昨日は起こしてくださりありがとうございました」

「え……あ……はい」

 目を泳がせながらの返し。

 きっとこの人はそういう人なのだろうか。

「いつもここにいるんですか?」

「休日だけ……なんですけど……今はまだ入学式前なので休みがあって……」

 入学式前……と言うことは高校入学前だろうか。

 この見た目で中学入学前と言うこともないだろう。

「高校生になるんですか?なら僕と同い年ですね」

 この後もいろいろ質問ばかりしてしまった。

 この人は賜音(しおん)さんで、どうやら僕と同じ学校へ入学するらしい。

 また読書が趣味で、よくここに来るのだとか。

 気がつくと、時間が流れていた。

「もうそろそろ時間なので今日は帰りますね、賜音さん、今日はありがとうございました、お互い高校生活頑張りましょうね!」

「は、はい、よろしくお願いします」




 あれから数ヶ月。

 特に会話が多い訳でもなかった、その上、同級生なのにお互い敬語のまま話をしていた。

 けれど、休日にはあの丘の上であいさつや簡単な会話を交わし、距離は縮まってきている。

 さらに夏休みに入って会う機会が増えた。

 暑い陽射しが照りつけ、体からはうっすらと汗が滲む日。

 賜音さんはいつも通り読書をしていた。

 じゃまするのも悪いが、少し気になったので聞いてみた。

「そういえばこの木ってなんの木なんですか?」

「確かイロハモミジだったと思います」

――やっぱり紅葉だったか葉の形で大体わかっていたけれど。

「じゃあ、秋は綺麗に紅葉するんですか?」

「えぇ、それはもうとても綺麗ですよ! 少なくとも私はその姿が大好きです!」

 とても活き活きと答えてくれた。

「そうですか!僕も秋に紅葉を見るのが楽しみになりました」

「私も今年の紅葉をとても楽しみにしています……」

 少し表情に陰りが見えた。

「どうかしたんですか?」

「いえ、なんでもありませんよ」

 それから夏休み、来れる日は毎日来た。

 その中で、何度か賜音さんの幼馴染の輪花(りんか)さんにも会った。

 輪花さんは夏休みの暇な時にたまに来ているらしい。

 彼女は賜音さんとはまるで反対だった。

 ショートカットでボーイッシュ、初対面から敬語は使わないとても明るく接しやすい人。

 敬語もさん付けもやめてと言われてしまった。

 また、一見性格もあいそうに無いけれど賜音さんと輪花にはとても強い友情を感じる。

 輪花は実はとても優しくて気配りの出来る人だと僕は思う。

 しかし、ある日から、全く二人には会わなくなってしまった。

 ただ、木の下にいる僕の周りを赤い羽をもった種が舞っていた。




 最近、少しずつ気温が下がってきた。

 何度も丘の上に行ったが今日まで誰にも会うことがなかった。

 しかし、今日丘の上にいったらそこには輪花が立っていた。

 前までの元気は感じられない。

「賜音さん、休日には必ずのようにいてたのに、どうかしたの?」

「うん、それが……」




 語り終わった輪花の目は少しうるんでいるようにもみえた。

 僕は、ショックで言葉も出なかった。

 賜音さんには実は持病があったらしい。それもせっかく出来た新しい友達には心配をかけたくない。

 だから僕には話さなかったと。

 そして、夏休みが終わった頃に一度検査入院をする予定だった。

 その検査で結果が良好だったら、今頃この丘の上で静かに本を読んでいる。

 そうなるはずだった。

 けれども、そうはならなかった。

 検査の結果は、予想以上の悪化を告げた。

 そしてそのまま、入院することになってしまったと言う。

 更には、冬が来る前に大きな町の別の病院へ移る予定だと。

 それは元々僕には話さないように賜音さんに口止めされていたらしい。

 引っ越したとでも伝えてくれと。

 だが、僕のようすをみていたら伝えずにはいられなくなった。とのことだった。

――早くしないと伝えられなくなってしまう。

 僕はいつの間にか恋をしていた。

 長い沈黙の後、僕は思ったことをそのまま口に出す。

「その病院に案内して欲しい」




――この部屋か……

 ゆっくりと扉を開く。

 賜音さんと目が合った。

 彼女は何か言いたそうにこちらをみていたが、僕が先に話し始めた。

「これ、あげるね」

「これは……?」

 彼女は澄んだ声で僕に問いかけた。

「紅葉の押し葉が入ったしおりです。賜音さんが好きだって言っていたから……」

「あり……がとう……ございます」

 お互い声が震えていた。

 ――今しかない。

 直感がそう告げていた。

「あ、あの」

「はい……」

「元気でいてくださいね」

「ありがとう……」

 ――違う。こうじゃない。僕が伝えたい事はこんなことじゃない。

「これからも仲良くしてくださいね」

「はい……もちろんです」

 僕は奥歯を噛み締めた。

「えっと……」

「賜音さーん検査の時間ですよ!」

 扉のあたりからその声が飛んできた。

「ごめんなさい……検査の時間だから私行きますね、今日は来てくれてありがとうございました」

 そうして僕は病院を後にした。




 この街にも霜が降りた。

 紅葉の葉も全て落ち切っていた。

 輪花から聞いていた事。

 明後日の昼頃に違う病院へ移る、明日は家族や、賜音さんのクラスメイトが来るから病院に行くチャンスは今日ぐらいしかないと。

 僕は寒さが厳しくなって来た町を歩いてまた病院へと向かった。




 ゆっくりと扉を開く。

 賜音さんは穏やかな寝息とともに寝ていた。

 僕は買ってきたひまわりをベットの横のシェルフにそっと置いた。

「また会いましょう。大好きでした。ずっと、今も」

 寝ている彼女にそう呟いて僕は帰って来てしまった。




 冬休みに入り、晴れてはいるが雪が降りつもっているそんな季節が訪れた。

 僕は三日もかけて完成させた二人は入れそうな、かまくらの中で一人、本を読んでいる。

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