3. ノーマルエンドすら無理
※双子の兄、真尋視点です。
俺には、前世の記憶なんてものはない。
あるのは、生まれる前の記憶だけだ。
初めて自分という意識に目覚めたのは、母親の子宮の中だった。
温かい、海のような何かに揺蕩っていると、近くに自分ではない別の存在があることを感じた。
それが、真央。
俺の半身だ。
羊水に包まれながら、俺達は長い時間を共に過ごした。
目は見えていない。匂いも分からない。味覚も無い。それでも、真央と俺はどこかでお互いを認識し合っていた。
だから、真央の異変に最初に気付いたのは、俺だった。
『医師、片方の胎児の心音が弱っています』
『バニシング・ツインか? 大変だ、このままでは』
母親の身体越しに聞こえてくる、くぐもった外部の音声。当時の俺には勿論意味など理解できなかったが、真央が危ないという事だけは本能で分かった。
このままでは、真央が消えてしまう。
俺は、胎内で祈った。強く、願った。何者に願えばいいのかさえも知らなかったが、ただ真央を連れて行かないでくれと。一緒にいられるのなら何でもする、この心臓でも喜んで差し出そう、と。
ピロリロリン♪
例えるなら、俺の中で、そういう音が鳴り響いた。問いが浮かぶ。
『あなたは、彼女の為にその一生を捧げ尽くしますか』
是、と俺は反射的に答えた。
悩む時間など一瞬もいらなかった。
『××× を サポートキャラ に、設定しました』
そのせいなのか、どうなのか。とにかく真央の心臓は、持ち直した。真央の鼓動が刻むリズムは、双子である俺と寸分違わず同じだった。
数か月後。俺達は、数秒違いで共に、この世に無事誕生した。
生まれてみると、外の世界と言うのは、ひどく頼りなかった。
羊水の中にいた時のような一体感が無い。
赤ん坊の俺は、真央が傍にいないと途端に泣き喚くようになった。
数日もすると母親も気付いて、俺と真央を同じ揺り籠に寝かすようになった。
俺は、とても安心した。
真央は俺のだ。俺が付いていれば大丈夫だ。
安堵のあまりうつらうつらしていると、隣で、真央が瞼を開けたのを感じた。そして、
ピロロロローン♪
『乙女ゲームの世界に転生しました!』
俺と真央の頭の中に、人工的な女声のナレーションが響き渡った。昔、羊水の中で聞いた声と同じだった。真央が、驚いて身じろぎするのを感じた。信じられないという目をして、隣に横たわる赤ん坊の俺を見る。
その時、俺には分かった。真央こそが、この世界の主役なのだと。
……でも、何も変わらないと思った。
生まれる前からずっと、とっくに俺の世界の中心は真央だったからだ。
15歳の春。
俺は、真央と同じ高校に入学した。何故かこの学校に二人で来なければならないという強迫観念があって、少々偏差値の足りなかった真央の学力をどうにかこうにかスパルタ式に鍛え上げて合格させたのだ。
そして迎えた入学式。真央と共に校門をくぐった俺は、この世界での自分の立ち位置を知る。
ここは乙女ゲームの世界。その舞台である高校。
ヒロインは真央。
俺は、真央のイケメン攻略を手助けするサポートキャラ。
愕然とした。
真央の現在のパラメータ、攻略相手の情報、好感度の上げ方、あらゆるルートマップとその分岐点、イベントとエンディングの内容、そういった膨大なデータが瞬時に自分の中に構築され、記録されるのを感じた。
走馬灯のように駆け巡る、真央と様々な相手とのハッピーエンドの未来図。バッドエンドになる可能性。攻略対象全員と迎えるハーレムエンドなんていうのも視えた。
冗談じゃない、と思った。
「真尋、大丈夫?」
真新しい制服に身を包んだ真央が、心配顔で俺の袖を引いた。
「なんだか顔色悪いよ、真尋。心臓がドキドキしてる。……もしかして、緊張してる?」
俺は入学式に新入生総代として挨拶をすることになっていた。それを気にしているのでは、と真央は勘違いしたようだった。
「いや。……行こうか、入学式」
内心の動揺を隠し、入学式でそつなく挨拶をこなした俺は、在校生代表で舞台に上がったやつらを見て、密かに息を飲んだ。
そこに立つ生徒会役員全員が、真央の攻略対象者だったからだ。
3年生の俺様生徒会長、2年生の腹黒副会長、それから書記、会計、監査と、執行部5名全員がそうなのだと、俺には分かった。
狼狽えて周囲を見回すと、他にもいるわいるわ、生徒のみならず教師にも対象者がわんさといやがる。
おい待て、一体相手は何人いるんだ!?
ピロリロリン♪
久しぶりに聞く女の声のナレーションが、脳裏に流れた。
『本作品は、国内メーカー最多の攻略対象人数を誇っております。キャッチコピーは、「運命の相手は星の数」です』
いらねー。そんな機能、マジいらねー。
入学式を終え、生徒は皆各自に振り分けられた教室に向かう。
俺は、驚愕の事実に動悸と眩暈が抑えられなかった。畜生。脂汗まで出てきやがる。
「真尋」
真央が、のろのろと教室に向かう俺の歩みを止めた。
「もう限界。保健室行こう」
見ると、真央の顔も青い。
「真尋の心臓、ドキドキしてる。私も同じ。私と真尋は繋がっているから」
そうだ。
俺達は、痛みや強い感情を共有することが多かった。
双子特有の共有感覚、そのせいで俺が真央まで苦しめているのだろうか?
深呼吸を繰り返す。
落ち着け。落ち着くんだ。
こんなの、あの時に比べたら何でもない。真央を失う瀬戸際までいったあの時に。
「……大丈夫だ。行こうか、真央」
「本当? 真尋は、もう少し私に頼ってくれてもいいんだよ。精神年齢は、私の方がずっとお姉さんなんだから」
「何言ってんだ。頭平気か? 真央」
「……本当なのに」
俺は、真央の体調を確認して、手を繋いだ。少し汗ばんではいるが、大丈夫。落ち着いた。
そして乙女ゲームの主要な舞台となる教室へ、真央と二人で乗り込んでいった。
俺は、諦めない。
この世界を支配する、全知全能の何かと闘わないといけないのだとしても、俺は負けない。
既存の設定をひっくり返して、隠しキャラにでもなんでもなってやる。
だって真央は、誰が何と言おうと、俺のものなんだから。




