2. ハーレムじゃなくても無理
美人は3日で飽きる。
うん、昔の人はいいこと言った。
乙女ゲームの世界に予備知識なしで転生して15年、その舞台なのだろうと推測される高校に、私が入学して数日が経った。入学当初は、有り得ないイケメン&美少女率にガクブルだった私だけど、この状況にもかなり慣れて来たよ。
何と言っても、双子の兄、真尋で元々美形は見慣れてるしね。
美形も人の子、慣れてしまえば中身は一般人と大差無いのだ。
そう、見掛けで人を差別してはいけません。
そんな訳で私、江藤真央は高校生活をエンジョイしようと思う。
実は新しい友人もちらほら出来てきたのだ。
「真央ちゃん、一緒にお弁当食べよう?」
お昼休み、前の席から振り返って誘ってきたのは、上原ややちゃん。人懐こくて可愛らしい美少女。席が近いので仲良くなったが、本当にいい子だ。私はこっそり、この娘こそがゲームのヒロインなのでは? と思っている。だって美少女揃いのこの学校でも、多分ベスト3に入る美貌だよ。
「あっ、オレもオレも」
右隣の席から乗り出してきたのは渡来拓未君だ。笑顔がデフォルトの気さくなイケメン。爽やか好青年タイプ。私達が返事もしないうちに、自分の机をガタゴト動かして、寄せてくる。
「……渡来、邪魔だ」
いつの間にか左隣に陣取っていた兄、真尋がぼそりと言った。
「うわっ、真尋、ひど!! いいじゃん、仲良くしようよ」
失礼な真尋の発言を気にした風でもなく、さらりと流す渡来君。うん、いい人だ。イケメンだけど。(←※差別)
「真央のお弁当、旨そうなんだよね。卵焼きとか、特に」
私のお弁当箱を覗き込んでくる渡来君に、兄のフォローのつもりで、
「……食べる?」
と聞いてみたら、渡来君の目が輝いた。
「マジで!? いいの?」
肯いて容器ごと差し出すと、
「駄目」
真尋が電光石火、卵焼きを横から攫って食べた。
「うわぁぁぁぁ」
「ちょっと真尋! あんた同じ卵焼きお弁当に入ってるでしょ!?」
私が抗議すると、真尋は、
「……卵焼きあげると好感度が上昇するから駄目だ」
と、不貞腐れた顔でモゴモゴ咀嚼しながら呟いた。なんだそれ、イミフ。不貞腐れた顔してもイケメンとか、やってられんし。
「大体真央を名前で呼ぶな。呼び捨ても、図々しいだろう」
いや、真尋? 私達が名前で呼ばれてるのは、双子で同じ苗字が紛らわしいせいだからね? 誰も他意とか無いよ。ややちゃんからも名前呼びされてる事、気付いてる?
「真央ちゃん、愛されてるね~」
ややちゃんも、ヒロイン(仮)ならおにぎり食べながら傍観してないでね。
食後に真尋と歩いていたら、担任の菅谷先生に呼び止められた。
ホストかと見紛うほどの無駄な色気のある教師だ。
「江藤兄妹、ちょっと」
「なんですか、先生」
最初はその溢れるフェロモンを警戒していた私だけど、菅谷先生は真摯で良い教師だった。担当科目は数学で授業は分かりやすい。転生した割に全くアドバンテージを感じない(つまり苦手な)数学が、聞いてて苦にならないのだ。
「実は、そろそろクラス委員を決めなくてはならないんだが」
「お断りします」
横から真尋が一刀両断。
いや、真尋? まだ先生頼み事何も言ってないよ? ……まあ話の流れからおおよその見当はつくけれども。
「クラス委員、ダメ、ゼッタイ」
真尋に引き摺られるようにその場を去る私。
ああ、哀愁漂う菅谷先生の背中が目に痛い。
ごめんなさい、先生。この詫びはいつか必ず。
「あれは菅谷ルートのフラグだから。確実に折っとかないと」
なんかブツブツ言ってる真尋が怖ーい。
次の授業は体育だった。
女子はバスケ、男子はバレー。2クラス合同授業だ。
バスケは5人ずつの対抗戦なので、余った女子は横で見学。私もややちゃんと並んでおしゃべりしていた。
「真央ちゃんはもう部活決めた?」
「私、吹奏楽に入ろうかと思ってるんだ」
実は私、部活少女だった前世でやってたのも吹奏楽だったのだ。やっぱり好きだし、転生してもまたやりたい。
「ややちゃんは?」
「う~ん、まだ迷ってるんだよね……。中学の時とは違う部活もいいかなって」
「それなら放課後、一緒に見学に回ってみない?」
「あっ行く行く!」
「危ない!!」
おしゃべりに夢中になってて気付かなかった。男子のバレーコートから凄い勢いでボールが飛んできて、まさに私の顔面に激突!! ……の寸前に、誰かが手前に走り込んでボールを弾いてくれた。
「大丈夫か?」
へたり込んだ私に手を差し伸べたのは、和風イケメンの男子生徒。なんだかストイックな武道少年といった感じだ。
「あ、ありがとう……」
手を取って立たせてもらう。彼の手は、武骨そのものだった。
「あ、嶺君」
ややちゃんが武道少年の名前を呼んだ。
「上原」
「真央ちゃん、こちら嶺隼人君。私と同じ中学だったんだ~。隣のクラスなんだね。真央ちゃんを助けてくれて有り難う、嶺君」
「……いや、大した事はしてな」
「真央!」
血相を変えて駆け寄ってくる真尋に、嶺君は言葉を途切らせた。
「怪我してないか? 当たってないか? 無事か、真央!?」
「私は大丈夫だよ。嶺君が助けてくれたから。嶺君、これは私の双子の兄の真尋。ね、真尋からもお礼を言って?」
「……感謝する」
真尋は、酷く不本意そうに、嶺君に向き合った。
「でも真央には近付くな」
「真尋! いくら何でも失礼だよ!!」
私が怒ると、嶺君は片手で私を制した。
「いや、いい。気にするな。……変わった双子だな」
嶺君はフ、と笑ってまたバレーコートに戻って行った。
真尋は嶺君を見送りながら舌打ち。
「ちっ。―――出会いの強制イベントは、やはり回避出来なかったか」
ちょっと、それが妹の恩人に対する態度なの!?
もう、真尋なんか、知らないんだから!!
怒り心頭に発した私は、放課後、真尋に内緒でややちゃんと部活見学に出掛けた。
ややちゃんのリクエストで幾つかの部を見た後、私の大本命、吹奏楽部へ。
おお、音楽室から漏れ聞こえてくるのは、懐かしの『風紋』ではないか!
弾む心を押さえきれずに扉を開けると、ちょうど小休憩のタイミングだったらしく、全部員の視線を浴びた。
「おや、入部希望者?」
西洋の王子様のようなイケメンが歩み寄ってくる。
「3年の理人・アーベントロートです。部長をやってます」
うお、ハーフか!
「私は1年の江藤真央。入部希望です。こっちは友人の上原ややちゃん。同じく1年。見学です」
「江藤さんは経験者? 楽器は何を?」
「フルートを少し」
前世でですが。
「同じ1年なら、彼に案内させましょうか」
理人先輩が手招きすると、少し童顔のイケメンが私達の方へやってきた。理人先輩が紹介してくれる。
「櫂・アーベントロート。弟です。貴女方と同じ、1年生ですよ」
「櫂君は何を?」
「……ユーフォニアムです」
地味ですよね、と照れ笑い。
「そんな事ないよ。私はユーフォの柔らかくて丸みのある音、好き。ホルスト第2のソロとか、いいと思う」
私の言葉に、櫂君はパアッと顔を明るくする。
うん、素直だね。ワンコ系だ。
「僕、あなたを知ってます。双子の1人ですよね」
「え、有名?」
真尋ならわかるけど。イケメンだから。
「もの凄くハンサムな彼が、あなたに執着しているでしょう。どういう人なのか気になって……」
そこまで言い掛けて、櫂君はハッとしたようだ。みるみる顔が赤くなる。
「す、済みません。不躾でしたね」
「ああ、うん。別に気にしないから」
真尋といると慣れてしまう。そういう視線には。
一通り吹奏楽部を見学して、私とややちゃんは自分の教室に戻った。
鞄を置いておいた私の机には、やさぐれた真尋が凭れ掛かって待っていた。
「―――何処行ってたんだ、真央」
いかん、目が座ってる。私はややちゃんに向かって手を合わせた。
「ごめん。長くなりそうだから、ややちゃんは先帰って」
「真央ちゃん……」
「また明日ね」
何度も振り返りながらややちゃんが帰途についた後、教室には私と真尋の二人が残った。
「部活の見学に行ってたの。私、吹奏楽部に入ることにしたから」
「! 駄目だ、あの部にはアーベントロート兄弟が!!」
「……真尋。高校入ってからおかしいよ。どうしちゃったの? 中学の時はそんな事言わなかったじゃない。体育の時も、嶺君に失礼な態度取って。私、怒ってるんだよ」
「真央こそ、何も分かってない。好感度上げるなよ。フラグ立てるなよ。イベント起こすなよ。ハーレムルートとか冗談じゃないけど、誰か一人とでもエンディングなんか迎えさせないからな!!」
真尋は真剣な顔で叩き付けるようにそう叫ぶと、私を引き寄せて縋り付くように抱き締めた。
「真央は俺の。俺のなんだから!」
……おかしいなぁ。以心伝心が当たり前な、双子の片割れのはずなのに。
真尋の言ってる事が半分も分からない、今日この頃だ。




