第4部 The Hackers Strike Again
The Hackers Strike Again――
中部地区を中心に全国で幅広く活動している女性4人組パンクロックバンド。このバンドに出会ったのは俺が中三になったばかりの頃、まだバンドを始める前だった。偶然きらめくあまたの前を通りかかった時、店の入り口横に置かれたモニターに映し出された四人の女性バンドに俺は一瞬で引き込まれた。
でもそれを口にすると周りの連中は「あんなオバさんバンドのどこがいいんだよ?」と言って笑う奴らばかりだった。
それが高校で笑わない奴らと出会った。そうだ。Salty DOGのメンバーだ。入学して間もなく、俺がHackersの画像を待ち受け画面に使っているのを目にしたある男が「ハッカーズじゃあん! 俺も好きなんだて、ハッカーズ」と声をかけてきた。それが誠だった。そして俺達はこれをきっかけに簡単に仲良くなり、誠と元々友達だった一郎ともすぐ仲良くなった。そしてたまたま俺の後ろに座っていた茂とも俺は親しくなると俺達四人でつるむようになり皆でHackersのライブへと行くことになった。そしてライブ後、みんな興奮して俺達もバンドやろうぜ! というノリで誕生したのがSalty DOGだった。
高校当時見ていたHackersはまだThe Hackers Strikeという名前で活動していて高校生の俺の目には格好良いお姉さんパンクバンドという印象だった。そして俺はしばらく夢中でHackersのライブへと足を運んでいたのだが俺が高3になった頃に突然の解散。それもあっけなく密かな解散だった。それから10年ほどしてまさかの再結成。そしてまさかの俺達Salty DOGとの対バン。Hackersと同じステージに立つという夢のような展開が訪れHackersの皆さんと顔見知りの仲になり今現在へと繋がる――
一郎の代わりに出来すぎた女が来るとは思いもせずやってきた誠と茂はそれを知ると声を上げて驚いていた。
誠「おい、ヒデ! マジかて!? ヒメちゃんが来るって?!」
茂「ホントに!? あのヒメちゃんがまさかHackersのライブに来るんなんて信じられないなぁー」
俺達は名古屋市中区にある大須商店街を一通り練り歩いた後、彼女との待ち合わせ場所の大須観音駅改札口にいた。
誠は改札口から流れ出る人の波が途切れたことを確認すると俺に向かって口を開いた。
「しかしヒメちゃんがHackers聞いてたとはねぇー……ヒデ。ハッタリかましてねぇーだろうなぁー?」
「たーけー。そんなハッタリ言うわけねぇじゃん。この前さぁ、広島焼きん時。ヒメちゃんと話してたら彼女、Hackersを聞いてるなんて言ってさぁ、俺こそマジでビビったわ」
「へぇ」と茂は腕を組み関心顔で何度も頷いている。
「で、ヒデ。あん時いつの間にヒメちゃんとそんなディープな話してたんだよ?」
そう言って俺の顔を覗き込んできた誠。嫌らしい目つきだ。
「ディープって……何が言いたいんだよ?」
「いやぁ、ヒデにしては珍しく個人情報手に入れるの早いんじゃないの? と思って。先越された感ハンパねぇわ」
俺は誠の言った事に鼻で笑うと言った。
「誠、別にお前と違って釣り上げようとしてる訳じゃないぜ」
すると茂が「え? そうなの?」と目を丸めて反応した。
「なんだよ茂。そうなの? って」
「俺はてっきりヒデはヒメちゃん狙ってるかと思ってた」
「は?」
茂の意外な言葉に俺は内心慌てた。が、気にせず笑って茂に言ってやった。
「まさか。そんな大それたことを俺が考えることないって。そんな邪魔臭い事を」
すると誠が笑って言ってきた。しかもかなりのからかい口調でだ。
「大それた事って言うような大袈裟なもんじゃねぇだろ」
「じゃあ誠、頑張ってくれ。俺はとてもじゃないけど無理だわ。まほろば看板女優・遠藤香織に手出ししちゃあ面倒がついて回ってしょうがねえからな。誠は気にしないかも知れないけど」
俺は笑ってそう言ったが、これは俺自身に言い聞かせていたようなものだ。この俺、東条英秋が面倒をしょい込む恋愛に情熱湧かせ挑む乙女になるわけにはいかない、とね。
「確かにいちいち俺は気にしないけど」と誠は得意の笑顔を見せて言った後、顔を渋くさせて続けた。
「でもさぁ。看板女優とかは別にしてもちょっと彼女は手強そうだよな。男慣れしてる感もあるし」
「ああ、そうかもな」と納得感持った風に言った俺。
(男慣れか……)
ここで茂が彼女への疑問を口にした。
「ヒメちゃんって彼氏いるのかなあ?」
「どうだろ?」と短く応えた俺の胸では微かな焦燥感が一瞬湧いた。
俺の正面にいた誠は考え事でもするかのように腕を組み真剣な面持ちで言った。
「あのヒメちゃんだからなぁ。いてもおかしくはない。でも近づき難い雰囲気もあるから案外フリーなのかも」
ここで俺の横で壁に寄りかかっていた茂が急に体を起こして声を上げた。
「ヒメちゃん来た!」
男としては甲高い茂の声が俺達の口を止め改札口へと注目させた。
茂の視線の先、改札口を通る人々の中に紛れて一際目立つ女が現れた。周りの女性よりも背が高いこともあるだろうが彼女の持つ白肌に黒髪のコントラストと合わせ大きな瞳を持つ整った顔立ちは否応なしに俺達の視線を持っていく。それは周りにいる男たちも同じだろう。その彼女はボーダー長袖Tシャツにオレンジ色のスキニーパンツ、足下にはプーマのスニーカー。そして小ぶりのワンショルダーバッグを背負っていた。カジュアルな服装が好きなようだ。
誠は改札を抜けた彼女へ手を上げ「ヒメちゃん!」と声を出すと彼女はすぐこちらに気付き駆け足で寄ってきた。
「あ、私遅刻しちゃいましたか? すみません」
俺達の前に現れた彼女は目をクリクリさせ慌てて言うとすぐさま誠がいつものように声を弾ませ言った。
「ぜぇんぜんっ! 時間通りだよ。俺達早く来て大須界隈をぶらぶらしてたからさぁ」
「ああ、そうだったんですか」
彼女は柔らかく笑顔を輝かせた。それに釣られたかのように俺達男三人も笑顔で応えた。
「じゃ、全員揃ったから行こか」
と俺がいつものSalty DOGメンバーに言うように声を出すと誠、茂が「おお」と返事を返し、そして彼女は「はい」とこくり頷いた。
*
俺達がやって来たのは今日がこけら落としのLive Space Crazy Climberというライブハウスだ。古くからライブハウスが点在している大須に堂々と参上した狭小スペースを利用したライブハウスでキャパはオールスタンディングで300人ほどらしい。ホール自体はワイドが狭めで奥行きがある。ちょっとオーディエンスからのウケは悪いかも知れないな。ただ、それを補うようにフロアーから上を見上げるとキャットウォークの幅が広くなったようなフロアーが2階から始まって4階まである。オペラ劇場的な感じだ。ここは予約席でテーブルと椅子が用意されている。しかしどう考えても大人しく座って聴くようなライブなんてやる所じゃないでしょ? ここは。こけら落としのアーティストがHackersだと言うんだから。
そして今日はHackersさん達からの招待ということで俺達は1階入り口にあるカウンターでドリンクを貰いフロアー全体が見渡せる2階指定席へとやって来た。ここにはちょうど四人が腰掛けられるクッションタイプのベンチシートがあり、その前には小ぶりのテーブルがフェンスに取り付けられていた。そしてフェンスの向こう側には1階フロアーが見渡せ、その先、正面にはステージが見える。
誠がベンチシートへ腰を下ろすとその見晴らしの良さに気分盛り上がり声を上げた。
「こりゃあ、見事なVIP席だわ」
「ここからホールで暴れてるのを眺めるのも面白いかもな」と誠の横へ腰かけて俺は言った。
続いて俺の横に来た茂はフェンスから身を乗り出して下を眺めて言った。
「ライブハウスにこんな席があるのは珍しいよね」
そして最後に茂の横へ腰かけた彼女。俺はその時、彼女がテーブルへ置いたマグカップが目についた。
(マグカップ……?)
それに気のせいか湯気が立っているように見える。俺は聞いた。
「ヒメちゃん、何飲んでるの?」
「あ、これですか? ホットミルクです」
俺達は一斉に声を上げた。
「ホットミルクぅーっ!?」
「そんな、皆さん揃って驚きすぎですよ」
彼女はそう言って身を小さく仰け反らせ目を丸くしていた。
「そんなメニューここにあった?」と誠。
「ミルクがあったんでホットできますか? って聞いたら良いですよって」
「ヒメちゃんアルコールは苦手? じゃないよね、たしか」と俺が聞くと茂が続いた。
「うん。この前“あまた”でしっかり飲んでた」
そして間を作ることなく誠も彼女へ悪戯な笑みで言った。
「そうそう、喉鳴らしながら缶ビール飲んでたよなー」
誠の言葉に俺と茂は「そうそう」と言って手を叩いて笑うと彼女は口を尖らせる珍しい仕草を見せ説明するように言った。
「ビールも普通に飲みますけど、今日はちょっとミルクが飲みたくって。ミルクってトリプトファンが入っていて落ち着くんですよ」
「落ち着くって……それはつまり今、興奮してるってこと?」
俺が嫌らしく突っ込みを入れると「違いますよー」と言ってまたも彼女は可愛らしく口を尖らせる。そこへ誠が言った。
「ライブハウスに来てホットミルク飲む子なんて俺、初めて見たわ」
見慣れない表情に態度を見せる彼女を愛らしく感じたのは俺だけじゃないだろう。そして俺たちは自然に顔を見合わせると気持ち良く笑った。
――これは出来すぎた女の女としての演技だったのだろうか?
そんな疑いを持つ俺自身が怪しい。なぜ彼女の態度、表現を素直に受け入れられない?
ただ今日は普段あまたで会う時の様なビジネス的ではない、純粋な休日モードといったところだったのだろう。そして彼女が俺達、Salty DOGメンバーを彼女なりに受け入れ彼女からの信頼を得たということの表れだったんだ。だから俺たちの言うことに対し素直に彼女らしい反応をしたというだけのことだ。
つまり彼女の仮面が一つ取れたということだ。そう、ようやく彼女が仮面を一つ外してくれたんだ。仮面をね。