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つもるはなし、つまりよもやま ―夏の巻・英秋編―  作者: 佐野隆之
第2章 一年後(いちねんあと)
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第1部 登場、まほろば女優陣

 振り返れば俺の中で遠藤香織という名の女との関わりをわざわざ記憶の底から引っ張り出して俺に語らせるだけの力、影響力ある女となったのは出会って一年ほど経ったこの頃だと俺は思っている。

 しかし冷静に思い起こし考えれば、これは俺が(まえ)彼女(かの)との縁が切れ、音楽に没頭しているだけでは限界を感じていた最中(さなか)に起きた出来事に対する不用意さが原因の失態だ。つまり俺自身が腐り始めていた頃に起きた出来事に当てられたということだ。

 ただ前彼女との縁切れで腐り腐っていたなどとは誰も知らないはずだ。バンド仲間はもちろん桂介の奴もな。そんなザマを人に見せられやしない。だからこれは俺の中での秘密の出来事となる。

 何にせよ記憶というものは所詮曖昧だ。俺は日記をつけるマメな人間ではない。それでも想像とは程遠いリアルな情景が俺の頭にひとつひとつ刻み込まれ口にすることが出来るだけの明確な記憶がある。と、言い切れる自信はある。

 でも、きっとこんな出来事も時が経てばいつかは寂れて淡い思い出の端くれになっていくのだろう。そしてその寂れていく様も含め全てが俺自身の創作活動に活きて行くこととなるに違いない。


 そういうことで俺は今から彼女と出会ってから一年ほど過ぎた時の事を思い起こしてみる。そう創作活動の一環のためだ――


 Salty DOGメンバー全員できらめくあまたに集まって打ち合わせ、と言って結局ただの飲み会だったりする訳なのだが……とにかく、打合せをやっていた。季節はいつだっただろう? きっと初夏辺りだった気がするけれど……それはいいとするか。

「あら、Saltyさんじゃない! こんばんは!」

 と俺たち男だけの会話の中に明るく弾んだ女の声が入り込んできた。俺たちは揃って声の方へと目を向けると、まほろば一座のティファニーを先頭に所属の女優陣が揃っていた。数えて四人。

 さっそく誠は上機嫌の笑顔で応える。

「よぉ! こんばんは! 今日は何? まほろばの女優陣が勢揃いじゃん。女子だけで何か打ち合わせ? それとも噂話大会?」

「何それ、噂話大会って? そういうの流行ってるの?」

 ティファニーは目を丸くしてすぐ隣にいたさくらちゃんへ聞く。それに対しさくらちゃんは軽快な笑い声を出して応えた。

「ティファニーさん。そんなのに流行りも何もありませんよー。ねぇ誠さん?」

「ああ。さすがティファニー。まさか真顔でそんなこと聞くとはね」

「冗談に決まってるじゃん。で、何? もしかして男四人集まって噂話大会をやってたの?」

 そう言ってティファニーは俺と誠が向かい合って座っていたところへ頭を突っ込んで俺達四人の顔をまじまじと見てきた。

 目の前にあるティファニーの顔に俺は少し身を仰け反らせ言った。

「ウチらは毎度の打ち合わせだよ」

 そして誠、一郎と続いた。

「そう。いつもの打ち合わせと言う名の飲み会」

「っちゅうこと」

 するとティファニーは「ふーん」と口を尖らして小さく頷き、俺達の顔を見渡しながら俺の右横90度、所謂(いわゆる)お誕生日席へちょこんと腰掛け不思議そうな顔で言った。

「で、飲み会を缶ビールで?」

「俺達は缶ビールで十分だよ。あとは彩乃さんの鉄板焼があればね」

 そう言って俺は大皿に載っている食べかけのお好み焼きを見せた。そして茂が「それとうまい棒ね」とまた食べかけのうまい棒を見せた。するとティファニーは「あはは!」と気持ちよく声を出して笑いすぐさま言った。

「嫌だ、茂ちゃん。それお好み焼き味じゃん!」

 それに釣られるようにまほろば女優陣も笑う。


(ティファニーとさくらちゃんは知っているが後の二人は知らないなぁ……)


 さっきまでの俺たち男だけの空間と打って変わり女の声が鳴り響くと不思議なほど場が明るくなる。と言っても今まで暗かった訳でも喧嘩して空気悪かった訳じゃないが。黄色い声と言われる所以(ゆえん)はここにあるのだろう。あとは誠の存在だな。テンションの変化が露骨だ。笑えるほどにな。

 その誠は一緒になって手を叩いて笑っていたかと思うといつの間にか立ち上がって彼女たちを招き入れるためにそそくさと空いている椅子を引き出し、人数を数えて足りない分の椅子を空いているテーブルから持ってくるという周到さ。

「良かったら一緒にどう?」

 そんな誠に皆が注目する。まほろば女優陣の中で一番の古株で年長者(多分間違いない)のティファニーは当たり前の様に腕組んで応える。

「いやぁ誠さんに言われてもねぇ」

 それに対し誠も当たり前の様にティファニーへと言い返す。

「なんだよティファニー、その言い方。じゃいいよ。ティファニーはあっちで。みんなは遠慮しないで座って座って。俺達が(おご)るから」

 誠のこの言葉に即座に反応したのはさくらちゃんだ。

「やったぁ! じゃ、ティファニーさんはあっちで」

「おいおい、さくらちゃん。それはないでしょう。奢りなら喜んでご一緒するわよ」

 そう言ってティファニーは俺の飲みかけ缶ビールを口にした。

「おい! ティファニー! 勝手に俺のを飲むなよ! それに俺は奢るとは言ってないぞ!」

「またまたそうやって言いながらご馳走しちゃってくれるんでしょ? ヒデさん?」と悪戯な笑みで言うティファニー。


 ティファニーとは知り合ってもう5年は経ったかな? まほろばのメンバーでは一番気さくで誰とでも仲良くやれるタイプだ。他のバンド連中とも楽しそうに会話を楽しんでいる姿をよく目にする。北米系の血筋を持つ白人系ビジュアルも相まっての事もあってか男ウケはかなり良い。

 率直に言って俺はタイプではないが良い子、良い性格だと思う。へつらったり媚びたりするキャラでもないし。

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