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つもるはなし、つまりよもやま ―夏の巻・英秋編―  作者: 佐野隆之
第1章 再会、そして出会い
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第4部 第一次接触

 誠は噂の女を目の前に今まで以上の弾けた嬉し顔を見せて俺の真横へ来ると、この空調の効いてない表現会場の中で暑苦しくも俺の肩を抱え興奮ぎみに言った。

「俺は誠。そしてこいつがボーカルの英秋。Salty DOGっていうバンドやってるんだ。よろしくっ!」

「あ、そうなんですか?」

 誠の挨拶に淡々とした表情の女。俺は出来すぎた顔を持ったこの女の目が自分の目の高さと同じであることに気づきそのまま聞いた。

「けっこう背があるね。何センチ?」

「ええっと、学生時代の時はたしか165センチくらいでしたね」

 そこへ透かさず下から上へと彼女を眺めて誠が言う。

「165? もっとあるんじゃない? ヒデと同じくらいじゃねぇ?」

「おお。168くらいあるんじゃないの?」

 にこやかに問いかけた俺の問いに黙ったまま淡白な顔つきで首を傾げた彼女。そんな彼女の対応をも楽しむかのように軽快な口調で誠は話を進める。

「しかしマジ美人だわぁ。よく声かけられない?」

 俺の肩を肘掛けにして頬杖しながら言う誠のノリは完全にナンパだ。

「変なのばかりによく声かけられますよ。いかにもってノリの」

 そう言って彼女は俺たちを見てシニカルな笑みを作った。俺たちに釘でも刺したつもりだろうか? 

 誠は彼女からの言葉の棘をしっかり受け取ったようで、黙ったまま俺に向かって大袈裟に作った笑顔を見せてきた。

 俺の真横にあったその誠の顔。それを見ると俺は軽く鼻で笑い、黙ったまま口だけで言ってやった。

(ざまぁみろ)

 そして俺が誠の腕を振り払うとそのまま誠はしなやかな身のこなしで開襟シャツの胸ポケットからスマートフォンを取り出し、へこたれる事なく彼女へ話かけた。

「そうそう。来月さぁ、ここでライブ、対バンでやるから来てよ。チケットあげる」

 誠は誰にでも気に入った女を見つけるとすぐにチケットを渡している。それを俺は「まるで撒き餌だな」と言ってからかっていた。とは言え、客の女子率が50%を維持しているのは誠のお陰である事に間違いはない。感謝だ。それなりにな。

 そんな感じでいつものように誠は電子チケットを彼女へ飛ばそうとした。するとそこへ場内にいる人たちを一気に注目させる怒号が響き渡った。

「おい! 誠! ウチの女優ナンパしてんじゃねぇぞ!」

 桂介の野郎だ。そして奴はそのままこっちを睨み付けながら俺たちの元へすたすた歩み寄ってくると誠は奴に負けることのない勢いで即座に返した。

「ウルセーッ! ナンパやってんのはオマエらだろぉ!」

 誠は桂介へ叫び終えると何事もなかったかのように彼女へ笑顔でスマートフォンを出すよう催促した。彼女の方はと言うと誠と桂介のやり取りを面白可笑しそうな表情で見ながらスマートフォンを取り出していた。

 周囲からは笑い声が漏れ、俺もまたそれを笑って見ると足下にまだ散らばっていた石を拾い始めた。

「すみません。拾っていただいて」

 誠の飛ばしたチケットを確認することなく誠へ会釈した彼女はすぐさましゃがみ込み、俺の顔を覗き込むようにして出来すぎた笑顔を見せていた。

 彼女がしゃがみ込む瞬間、ほのかに俺の鼻を女の匂いが突いたがそれよりも目の前に現れた()()()()美人な顔つきに軽く感心した俺はそのまま客向けな笑顔を作って言った。

「そんなの気にしなくていいよ。って言うか桂介。女性にこんな石なんて運ばせんじゃねぇよ」

 俺が彼女の横で腕を組んで立っていた桂介へ言うと奴は俺を見(くだ)すようなデカイ態度の視線で相変わらずなことを言ってきた。

「ナニ甘いこと言ってんだ。これぐらい持てなきゃ生きてけないって」

 そして奴は床に置かれた石の入った袋を持ち上げた。

 そんな桂介を見て俺は口と行動が伴わないインチキ野郎だと鼻で笑い聞いてやった。

「で、そんな石ころ持ち込んでどうするんだよ?」

「玉砂利だよ。神社の境内とかに敷き詰めてあるだろ?」

 奴は尚も見下したような視線で言う。それはそれは自慢気だ。俺がこれを知らないとでも思っているのだろうか? と思いながら俺はゆっくり立ち上がると口からは人のいい調子滑らかな言葉が降って出る。

「ああ、あれね。ってことは今度は神社が舞台か?」

「まあそんなとこだ」

 と今さら無意味なぼかした返しを奴がすると誠は俺が口出す前に突っ込みを入れてくれた。

「砂利なんて絵でも何でもいいんじゃねぇの?」

「音。音は絵から出ねぇーだろ?」

「そのための音響さんじゃねーの?」

「違うよバカ。その瞬間瞬間の本物の音だよ」

 この演劇馬鹿の熱弁が止まらないと不味いと感じた俺はすぐさま止めに入った。

「おおー、わかったわかった。桂介。オマエの演劇熱はよく知ってるから。演劇談義は別でやってくれ」

 そして誠は出来すぎた女の手からサッと袋を奪い桂介へと言った。

「桂介。俺たちが言いたいのは……」

「女を大事にしろ。だろ?」

「わかってるじゃん」

 誠はグッドサインを見せて言った。

「マコっちゃんの口癖だからな。たしかにこれは重い。ちょっと一度に入れすぎた」

 そう口にした奴はいきなり俺の手を掴み自分が手にしていた紙袋を俺に握らせ、ふざけたことを言った。

「ヒメ。いいよ、残りはこいつらに運ばせるから」

 俺と誠は当然奴を睨み付け叫ぶ。

「おいっ! 桂介!」

「女を大事にするんだろ? じゃ、代わりに頼むわ。俺は女だからって大事にするタイプじゃないんで」

 奴は気取った口振りで言い放つとさっさと外へ出て行った。

「なんだよ。アイツ。相変わらず人使い荒いな」

 誠は奴を睨んだまま言葉を漏らすと彼女が言った。

「すみません。私が持って行くんで大丈夫ですよ」

 済まなさそうな表情をしていた彼女はそう言って両手を伸ばしてきた。すると誠は紙袋を後ろへと隠し、空いている左手を広げて目敏(めざと)い質問をした。

「ああー、いいよいいよ。俺はヤツと違って女性を大事にするんで。で、なんでヒメって呼ばれてるの?」

 唐突な誠の質問に彼女は目を丸め少し驚いた後ちょっと首をかしげながら言った。

「誰が最初に言ったのか分かりませんけど香織と織姫をかけて」

「おお、ぴったりだね」

 と誠はらんらんと笑顔を輝かせて言う。本気で楽しそうだ。

「嫌ですよ、私としては」

 と対照的な曇った顔つきで応えた彼女。そして誠は気さくに言う。

「まあまあ気にしない、気にしない。そうやって愛称が付けられるって言うのは皆が仲良くなりたいって事だよ」

「だね。誠の言う通りだ」

 と俺も誠ほどでもない笑顔を彼女へ向け言った。すると彼女は俺達を気に入ってくれたのか分からないが親しみの湧く柔らかい笑顔を見せた。この笑顔を俺は率直に可愛いと感じる純粋な笑顔に見えた……



 ほんの一時(いっとき)の出来事。出会いなんて大袈裟なものでない、些細な一瞬の出来事。普通なら来年の今頃にはとっくに忘れてしまっているような些細な出来事に過ぎないはずのものだった。普段であればせいぜい俺の創作活動の手助けとなる要素に過ぎない出来事。そんな程度のものであったはずだ。


 二年ほど前の他愛もない俺の記憶話――

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