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つもるはなし、つまりよもやま ―夏の巻・英秋編―  作者: 佐野隆之
第1章 再会、そして出会い
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第3部 出会い

 俺は誠が表現会場にある搬入口のカギを開けるのを横目で眺めながらステージへともたれかかった。

「新人の美女ってどんな感じなのかなぁ? ワクワクしねぇか?」

 そう言って誠の奴は相変わらずの笑顔を俺に見せつけて近づいてきた。

「ワクワクはしないけど、彩乃さんがあれだけ言ってたってことは相当なもんだろうな。期待はする」

「だよな。期待しないわけはないよな」

 すると早速、開け放った搬入口からウチの誠と良い勝負のインチキ臭い笑顔の桂介を先頭にぞろぞろと入ってきたまほろば一座一行。俺は毎度の事ながら大層なことだと呆れ顔で眺めていると背景となるのだろうドでかい板を抱えた団員たちが入ってきた。大小さまざまな荷物を抱えたこの行列は俺から言わせれば貨物列車のようだ。20人くらいいると聞いた。実際俺はこの中の半分くらいしか名前を知らない。こんな時に顔を合わせるくらい程度の人が多いし俺の親世代もいる集団だ。こんな団体を相手にしている奴やトモちんには心底感心する。

 それを搬入口で指揮していた桂介は俺たちの存在に気づくと手を上げ言った。

「悪いな、いつも気を使ってもらって」

 しかし俺には奴の言葉に気持ちが見えない。つまり悪いなんて微塵も思ってやしない。そんな奴だ。

「いいよ、いいよ!」

 と誠が笑顔で応え、俺はその横で黙って口角だけ持ち上げる。

 そしてしばらく俺と誠は黙ったまま行ったり来たりの忙しない働き蟻のような、まほろば一団の行列を眺めていた。すると行列の影から、軽快な女の声が聞こえた。

「ヒデさん! 誠さん! こんばんは!」

 それはまほろばの団員、さくらちゃんの声だった。彼女は小柄ながら木でできた俺の背丈よりも高い古臭い感じの電柱を抱えていた。お陰でさくらちゃんの顔がほとんど見えず軽く跳ねたセミショートの髪の毛がちらちら見えているだけだ。

 俺はステージから体を離しさくらちゃんのもとへ行き声をかけた。

「こんばんは、さくらちゃん。重そうだなぁ。持ってあげるよ」

 俺は手を貸そうと電柱に両手をやった。

「おおっ、なんだこれ? かるっ!」

 俺がイメージしていた木材の重量感と全く違っていたせいで勢いよく電柱は持ち上がり自分の体が持って行かれそうになった。

「へへ、重そうに見えたでしょ? 私の演技力だな」

 すっきりとした奥二重の目をきれいに細めた愛らしい笑顔で言ったさくらちゃん。

「何言ってんだ。俺の腕だろぉ!」

 と、さくらちゃんの後ろからの怒号。とまでは言わないが表現会場一体に簡単に響き渡る太い男の声。その声の主は木村さんであった。いつ頃からかは覚えていないがウチの親と変わらない年齢の木村さんは美術専門スタッフとしてまほろば一座に入っていた。木村さんのおかげで舞台美術のレベルが格段に上がり、今ではその技術を学びたいと言って若い子も入って来ているという。

 俺は浅黒い肌に年季の入った笑い皺が好感触の木村さんへ感心して言った。

「いやぁ、さすがですね、木村さん。マジで本物の木でできてるかと思ってましたよ」

「だろ?」

 とすこぶる自慢気な木村さんはさくらちゃんを笑顔で睨み付け言った。

「さくらちゃん、そう言うことだ。演技力の前の美術力だな」

 そして大声で笑う木村さん。笑い声はどの役者勢よりも迫力があり一瞬で場内に響き渡る。


 そして行列は今もなお途絶える事なく団員たちが行ったり来たりしている中、両手に大きめの紙袋を持った長身細身で艶やかな黒髪を後頭部で一つに束ねた見慣れない後ろ姿の女が俺の目に留まった。

 それは誠も同様だったようだ。誠が俺に近づき耳元で小声を出した。

「おいヒデ。あれ。あの子。あの子に間違いないな。あの雰囲気。絶対例のべっぴん娘だって」

「それっぽいな」

 俺が誠へ軽く笑って応えると誠は動き出した。

「ったく……オマエも好きだねぇ」

 呆れるほど感心するよ、誠には。と思いつつも俺も興味で誠を追った。


 誠が俺の前でゆったりと軽くリズムをとりながら女の方へと近づいていく。すると突然、女はふらつき片方の紙袋を床へと鈍い音を立てて落とした。

「あーあ」

 と発した彼女は項垂れる。しかし俺の耳へ届いた女の声は言葉からの印象とは違う落ち着きある大人びた丸い声であった。

「大丈夫? 怪我はない?」

 誠は慌てて女に歩み寄り声をかけた。俺は誠の後ろへと近づき覗き込む。

「すみません。大丈夫です」

 その時俺へ見せた上目遣いの顔。その顔は端正な顔立ちの具体例として推奨したい。そんなくだらない発想をしてしまえるほどインパクトあるものだった。肌は透き通るように白く、細すぎない眉毛は品よくなだらかで、その下には印象的な気持ち目尻が上がった丸く大きな目。しかし化粧っ気はない。にも拘わらず豊かな睫毛が瞳を見事に強調している。そして鼻筋の通った鼻に弾力感際立つ唇は男の視線を持って行く力を十分に感じる。

 そして味気なさ極まりない真っ白のTシャツにインディゴブルーのスキニーパンツ。太すぎず細すぎずの体つきにその服装は嫌味かと思うほどパッと見で分かる長い四肢、そして程よく出来ている胸の影。しかしそれはどれもどぎつい女臭さのあるものではない。

 この隙の無い完成度の高い容姿を持ったバービードールのような女を目にした俺はこの時、率直に思った。


 ――なんだこいつ。気味悪ぃ。


 気味悪いほどの出来すぎたこの女は照れくささ混じる小さな笑顔で言った。

「お騒がせしてすみません。気になさらないでください」 

 歳はいくつだろう? 全く化粧っ気のない彼女は自分の顔に余程自信があるんだろう。彼女の手を入れるところが全くない顔を俺はちらちらと目にしながらそう思った。

「何これ? 石ころがいっぱいだ」

 誠はそう言って彼女の前にしゃがみこみ紙袋から飛び散った石ころを手に取りもの珍しそうに眺めた。

「ちょっと一杯詰め込みすぎましたね」

 彼女は再び照れ笑いを見せて今度は舌を小さく出した。 

 その彼女の顔を目の前にした誠は彼女へ突然指を指し大袈裟に目を拡げると大声で言った。それはそれは白々しい三文芝居そのものだ。

「ああっ! もしかしてまほろばの新人さん?!」

 誠の声に少し驚いた彼女は綺麗な丸い目を何度もまばたきさせると勢いよく立ち上がった。

「はい。そうです。遠藤香織と申します。よろしくお願いします」

 そう言って彼女は深々とお辞儀をした。そして姿勢を元に戻した彼女の顔は俺の目の前にあった。

「ヒデ。噂通り、いや、噂以上のべっぴんさんだろ?」

 誠は立ち上がり極上機嫌の笑顔で俺を肘で小突いて言う。しかし誠の言ったことに意外なほど無反応な彼女。俺はここで軽く照れ笑いくらいするものだと思ったが。きっとあらゆる人々にちやほやされ馴れているのだろう。いけすかない女だ。

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