第3部 七夕
入り口を眺めながら桂介は呟いた。
「雨か……こりゃ大変だな……」
「帰る頃には小降りになってるといいけどな」
奴へ呼応するように俺も呟いた。すると桂介は「そうだな」と小さな笑みを溢しビールを飲み干した。
そして俺達の会話が途切れた時、桂介は突如俺の酔った頭へ思いもよらぬ言葉を浴びせてきた。
「で、お前、ヒメのこと好きだったんか?」
奴の唐突の言葉。奴の目的はこれにあったのか? と身構える感覚を持ったがアルコールのお陰でその言葉の意味を探るまでの思考力は無く俺はただ目を細め冷笑で応えた。
「何だて、突然。気味悪ぃ」
すると奴は俺の反応を鼻で笑い言った。
「お前は隠してたつもりかも知れねぇけど丸分かりだったぜ」
その奴の勝ち誇ったような表情と言葉が癪に障った気がしたが昔の感情など掘り起こす気は毛頭無い。俺は淡々と応えた。
「それが言いたくてこんな時間に俺を誘ったんかて?」
「まぁ、それもある」
そう言って桂介は微笑を見せたままゆっくり立ち上がり自販機の前へ向かうと言った。
「ドライでいいか?」
「驕ってくれるんか? 羽振りいいなぁ」
「今日は七夕だからな」
奴のふざけた言葉に思わずビールを噴き出しそうになったが、むせながらも何とか耐えると俺は言った。
「笑わせるんじゃねぇよ。柄にもねぇこと言いやがって。七夕なんざ、なんの記念日にもならねぇだろ。それに野郎二人しかいないって言うのによぉ」
俺の言葉に桂介は表情を変える事もなく黙ったまま二本の缶ビールのうち一本を俺の前に置くと奴は立ったまま栓を開け体へ流し込んだ。そして俺達がいるテーブルから少し離れた壁面に貼り付けられた大型フィルム・モニターを眠たい目付きで見て言った。
「もうすぐ始まるな」
モニターには大きな字で7.July AM 0:58と浮かび上がるように表示されていた。
「ん? ああ、星降る時間か……ティファニーも頑張るな。こんなの生でやらなくてもいいだろうに」
「生だからいいんじゃねぇか」
「オマエの仕業か?」
「違うよ。これは智之。あいつのアイデアだよ」
桂介がそう言いながらゆったりとした動作で俺の対面に座る頃、モニターにあった日時表示が消えマイクを前に涼しげな表情を見せるティファニーの姿が現れ声を出した。
『30分だけ。30分だけ私の些細な夢、叶えさせてもらえますか? 今宵もどうぞお付き合いください。こんばんは。午前1時のシンデレラ、ステファニー・アームストロングです。2059年7月7日。今年もやって参りました、七夕。調べましたところ去年、一昨年と天気が悪く、今年はマーみごとな雨、雨、雨。ダダ降りもダダ降り。ふふふ。もーホント笑ってしまうほどの降りようです。でも、厚い雨雲の向こう側では織姫と彦星が一年ぶりの再会を果たしていることだと思います。と、ロマンチックな思いを胸に始める今宵、星降る時間です。ふふふ』
モニターに映るティファニーはやたら笑顔で高揚気味だった。
「なんだ、ティファニー、いつになく楽しそうだな」
と俺は酔っ払ったたるい状態で画面に映るティファニーを見て言うと桂介は横顔だけで笑って見せモニターに注目していた。
『さて。突然ですが今夜はいつもと違うオープニングで行きたいと思います。それはですね、今回。なんと番組始まって以来、初めて番組宛てに手紙が届きましたぁ。パチパチパチィー。はい。えー、とても爽やかなブルーの封筒に綺麗な字で今宵、星降る時間 気付、まほろば……一座……ん? あれ? これ……あ、ごめんなさい。すみません……。ええーっと、そういうことで、初めて番組に来たお手紙ということで紹介、するんですね? はい。リスナーの皆さん、失礼しました。この番組のプロデューサー兼まほろば一座のサブリーダー川田と少しコミュニケーションをですね、あ、怪しい意味ありげな作り笑顔をしてますねぇー。あごを使って早く読めと言っております。読んでいいんですね? わかりました。では、お手紙の方、読ませていただきます』
画面の中のティファニーは手紙を静かに読み上げた。
『こんばんは、午前1時のシンデレラさん。そして、まほろば一座のみんなさん。ごめんなさい。突然こんな手紙出してしまって。本当に今回の件は突然の事で申し訳ありませんでした』
――その手紙が彼女、遠藤香織からのものだとすぐに分かった。
『ご存知の通りすべては座長の企みです。座長にこの話、私自身が脱退することを座長へと伝えた時、この事実の話をそのまま舞台にしたいと言われ目眩がしました。そして私はこの時、座長自身ではなく座長の才能に恋をしていたのだと気づかされました。全く私の気持ちなど気づかう事なくあっさり、ハッキリと、よくあの空気で言うなと。正直に言って、あきれました。でも今では座長らしいなと思っていますし、おかげで見えなかったものが見えるようになりました。普段、何気なく自分を自分で演じているんだな。そんなことにも気付かされました。少し嫌味な感じもしましたけれど』
――なぜ彼女はわざわざ手紙を認めたんだ?
――奴の才能に恋だと?
――笑えるわ、これ……
可笑しくも詰まらない手紙は続く。
『でも、団員のみなさんにすぐ伝えてくれると言っていたのにギリギリまで黙ってましたよね? 本当に。あれには驚きました。おかげで私が悪者扱いですよ。最初に伝えたのは二カ月も前だったのに。意地悪にもほどがあります。でも、それも含めての企みが座長の才能なんでしょうね。そうやってみんなの引き出しを上手く開けていくんですよね』
俺を呼び出した奴と俺は今ここで彼女の手紙を一緒に聴いている……何だ、この展開……?
……?!
これは全てがこの男の脚本演出による芝居仕掛けなんじゃないのか?
俺の目の前で愉しそうな顔してモニターを眺め缶ビールを口にしている桂介を見て俺は確信した。
そういう事だ。奴の策略作品「つもるはなし、つまりよもやま」が今もなお続いているんだ。そうだ。なんて阿漕な破廉恥野郎だ……!
奴の終わりの無い芝居を知ると俺は心底呆れ可笑しさは最高潮になった。そしてそのあまりの可笑しさに気が抜けた俺は気だるく奴へと言ってやった。
「桂介。オマエって、エロいよな」
すると桂介は「なんだて、エロいって?」と挑発的に返してきやがった。俺はこの調子乗りすぎ野郎を睨みつけるとモニターへ指を差して言った。
「こうやって人を利用する。エロいよ」
「じゃあお前はむっつりエロだな」
「なんで俺がむっつりなんだて?」
「今回の芝居でお前にオーダーかけたらあんな曲作って来やがって」
奴の言った事に間違いは無い。揚げた足の納めどころに迷った俺は意味の無い逃げるような返しをした。
「オーダー通りだろ?」
「お前、分かりすぎ」
「何が?」
桂介は大袈裟に頭だけ下げ肩で笑っている。気に入らない野郎だ。言わんとすることは分かっている。俺自身退くにも退けない。全ては俺自身の失態だ。
情けない俺は奴へまともに返す言葉が見つけられなかった――
奴は俺の反応に軽く鼻で笑うと俺の方へ体を向けて言った。
「ま、いいや。しかしあれを一週間もかからずアレンジまでして完成させるんだからスゲェな。感心するよ」
「何だて? 人をむっつりエロと言った後にお褒めの言葉か? 気味悪いな」
「別に褒めてるってほどでもないぜ。ただすげぇなと思ったからそう言っただけで」
「劇作ることに比べりゃ大したことないだろ。曲なんて基本のメロディが決まれば後は繰り返しだ。アレンジはメンバーであれこれ言いながら適当にくっつけてやってるだけだ。ちょっと詞は工夫してるけどな」
「俺には無理だ」
「それそのまんま返すわ。俺にも無理だ」
俺と奴はお互い顔を見合せ小さく笑いを入れると拳を軽くぶつけ合った。
結局奴のペースにこうやって乗せられる。全ての結果がこうやって現れている。
何を考えているか分からない下衆野郎だ、奴は。そして俺も同じ下衆野郎だ。
素直に成りきれない自分がいつもこうしている――
「しかし、塩漬け犬のみんな、なかなか上手かったじゃねぇか、演技」
「そうか? そう座長様に言ってもらえるとありがてぇな。まあそれはさぁ、ウチらは所詮外野の人間だったからだって。だからこれと言ってプレッシャーは無かったし毎回アドリブで適当にやらせてくれたから。それにこれでも一応ウチらもステージに立って人前で芸事やってる人間だぜ?」
「じゃあ、また出てもらおうか?」
「冗談。勘弁してくれ。今回はヒメの餞別代りに記念ってことで了解したんだ。結構ウチらも揉めたんだぞ、桂介」
「そうだったんだ。ゴメン、それは知らんかったわ。てっきりみんな即決オッケーかと思ってた」
「最終的にはヒメの記憶に俺たちが残ればいいよなってことでみんな楽しみながらやったけどな。いい経験にはなったよ。ホント楽しかったわ。気の毒なのはお前んとこの役者勢だろ。酷いな」
「酷いとは大袈裟だな」
「じゃあ、エロいで」
「それは潔く認めるわ。俺はエロい」
「だな。オマエは真正エロだ」
奴のリードで緩く会話をしていた所へ突然女の声が割り込んできた。
「あら、まだアンタたちいたの?」
その声の出所へ目を向けると寝巻き姿の彩乃さんが立っていた。
「ああ、彩乃さん。ええ、すみません。もうじき行きますわ」
と桂介は苦笑いを見せて言った。
「しかしアンタたち、随分と飲んだねぇ」
と言った彩乃さんの視線は俺達ではなく床にあった。気がつけばテーブルはもとより足元にまで空き缶が転がっていた。彩乃さんは腕を組み呆れ顔だ。
「まぁ男同士色々語ることがあって」
桂介がそう口にした時、テーブルの上にあったスマートフォンが光り呼び出し音が流れた。
視線集めたスマートフォン。桂介は黙って手に取り出た。
「おお、ヒメか。おお、すぐ行く。待っとって」
俺は奴の言葉を聞き逃さなかった。
(ヒメだと? 何でこんな時間に? 彼女は昨日すぐ行かなくちゃいけないから打ち上げは参加出来ないって言っていたのに……何でだよ? 何で奴に電話なんか?!)
俺は熱くなった。
「おい、桂介! ヒメってどういう事だて!? ヒメは昨日東京行っちまったんじゃねぇのかよ? で、なんでこんな時間にお前に電話なんだて?!」
俺は勢いで立ち上がり桂介の胸ぐらを掴んだ。
「まあまあ落ち着けて。外出ようぜ。そうすりゃあ分かるって」




