第1部 打ち上げ
千秋楽を無事終えスタッフ一同でステージ上のセットを片付け終えるとトモちんが声を張り上げた。
「千秋楽お疲れ様でしたぁ! この後場所を変えて打ち上げになりますがーその前に。遠藤香織から最後の挨拶を」
トモちんの言葉に誠が即座に反応した。
「え!? ヒメちゃん打ち上げ来ないの?」
皆の端、目立たない場所にいた彼女は「すみません」と会釈した。
「そっかぁ、残念だな」と誠は大きく溜め息。
トモちんは誠の反応に小さく笑みを浮かべると「じゃあヒメ。こっちでお願い」と彼女を手招きした。
「はい」
劇団メンバーと俺達が注目する中、遠慮気味に声を発した。
「皆さん、打ち上げに参加できなくて申し訳ありません。舞台上でも言いましたがおよそ二年間、このまほろば一座で過ごした時間はとても充実した時間でした。まほろば一座を通して沢山の方々と出会えました。Salty DOGさんと親しくなれたのもそのお陰ですし」
俺達を見た彼女は微笑んだ。俺はそれに微笑みで返した。
――この時の彼女の目には何が映っていたのだろうか?
彼女は皆を見渡し言葉を続けた。
「こうやって皆さんの顔を見ていますと走馬灯のように記憶の数々がよみ……」
とまで口にしたら彼女は何故か固まった。それを見て大吉さんは「どうしたヒメちゃん? また泣くんじゃねぇぞ」とからかうように言うと彼女は腕を組み考え事でもするかのように顔を渋らせぽそり言った。
「あのぉ……走馬灯ってなんですか?」
意外過ぎる彼女の言葉に一瞬皆静まり返ったが直ぐに爆笑となった。
彼女を見守るかのように離れた所にいた桂介が言った。
「自分で言っといて何言ってんだよヒメ」
彼女は頭を掻きながら照れ笑いを見せて言った。
「定型句なのでつい口から自然に出たんですがそう言えば走馬灯ってどんな物か知らないなと思って。座長、走馬灯って何ですか?」
「ん? 走馬灯か? そうだな、走馬灯って言うのはな大吉さんが知っている物だ」
「俺だと? そんなもん俺が知っとる訳ないがや」
「大先輩ですからご存知かと」
「それなら彩乃さんだろ? 80年代生まれだから」
とニヤついた顔で大吉さんが俺達の後ろを覗きこむような動作で言うと間髪入れずに彩乃さんの鋭い声が返ってきた。
「大吉さん! あなたも同じ20世紀生まれでしょ?! 厭らしい!」
皆の笑い声が表現会場を埋め尽くした。
そんな明るい雰囲気の中、彼女の挨拶が終わると彼女に花束が贈られ一人一人と握手し、別れを惜しみつつ皆で手を振って彼女と別れた。
出会いもさっぱりしたものなら別れもさっぱりだ。予め分かっていた事だから当然だろう。
誰しも口を揃えて言う。これが永遠の別れではないと――
彼女を見送った後、皆揃ってきらめくあまたから歩いて十分程度の所にある居酒屋へと移動し、その一室で打ち上げが行われた。
打ち上げの幹事役なのだろう晴男くんが皆の耳に届く声を出した。
「皆さん、お手元に飲み物は届きましたでしょうか? 大丈夫ですね? では初めに座長より挨拶お願いします」
晴男くんの畏まった挨拶に壁側に座っていた桂介の野郎は「おお」と短く応えるとゆっくり立ち上がり貸切部屋に揃っている面々を見渡し第一声を上げた。
「どうも皆さん二十回公演お疲れ様でした。まずは皆さんに改めてお詫びします。今回は本当に色々と無茶を言ってすみませんでした」
そして頭を下げた桂介。俺はその姿を見て思わず可笑しくなり笑い交じりで言ってやった。
「オマエ、本当に悪いと思ってんのか? なんか顔がにやけてるぜ」
すると桂介はお辞儀姿勢のまま顔だけ持ち上げにやけ顔で言った。
「ま、結果良ければ全て良しと言うことで」
「やっぱ悪いと思ってねぇわ、こいつ」
すると部屋には耳が痛くなるほどの笑い声が充満。その中でも一際目立つ声の大吉さんが桂介へと言った。
「今回の介ちゃんのやり口は確かに汚かったな! 俺のやって来た仕事を全部パーにしやがって!」
大吉さんの言葉に桂介は下げた頭を元に戻し調子良い笑顔で言った。
「大吉さん、もうそれは散々謝ったじゃないですかぁ。これで次回公演まで時間出来ましたから更に美術の完成度高めて行きましょう!」
「おいおい、そういう事か? やっぱ汚ぇなぁ!」
二人のやり取りへ周りの皆が笑いと拍手で応えた。
そして奴はその後、皆に対して労いの言葉や感謝の言葉を並べていた。そしてそのまま奴が乾杯の一声を上げて宴は始まった。
一通り料理が出尽くし、行儀良く座っていた皆が散り散りになり出した頃。いつの間にか誠がいなくなっていた俺の横へとぺたりと座ったティファニーは赤くなった顔で陽気に言った。
「ヒデさん。ヒデさんってツバキ使ってるでしょ?」
「ツバキ? ああ、シャンプーの事?」
「そう、シャンプー」
俺は以前、彼女からも同じ事を言われたのを思い出した――
「ツバキだ。ツバキですよね?」
あまたの店内で出会った彼女は俺とすれ違いざまにそう言いうと徐に俺の耳元へ顔を近づけ「うん、これは絶対そうだ」と自信ありげの表情を俺に見せつけた。
その行動に戦いた俺は小さく身体を仰け反らせ言葉少なく返した。
「何が?」
「シャンプーです」
「シャンプー? ああ、シャンプー。シャンプーか」
そうも香るものかと俺は驚くと共に彼女は臭覚が優れているんだなと感心した。
「ええーっと、どうだったかなぁー。特別ブランドとかに拘りがあるわけじゃなくて適当になくなったら特売品買ってるだけだから」
「そうなんですか? 本当は彼女さんの趣味なんでしょ?」
と言って彼女は得意の悪戯な笑みを見せつけてきた。そして俺をからかっているのか「正解ですね?」と迫ってきた。
「ハズレだよ。本当に特売品を買ってるだけ。男物はみんなスースーするだけのものが多いし」
「そうなんですね。私この香り好きですよ。今は違いますが使ってた時期もありました」
至近距離で見た出来すぎた女。化粧で更に整えられた出来すぎた女の顔の綺麗さは確かなものだった――
「あ、やっぱり図星でしょ? へぇ、ヒデさんは女に好みを合わせるタイプなんだ。へぇ」
「何勝手な事を言ってるんだよ、ティファニー」
と言った俺だったが強ち間違っていない。前彼女の好みで買ったものを俺はそのまま使っていた訳だし。
「でもなんでシャンプーが分かった? 洗ったばかりならいざ知らず。匂うなら整髪料のはずだけど?」
「今じゃなくってさ。今回公演期間一緒にいてあれ? って思ってたから。もしかして彼女の趣味かなぁ? と思って」
とティファニーからも言われた。
「すごいなぁ。そんなに分かるもの?」
少し呂律が怪しいティファニーは「私も女ですからー」と幼げな笑みを作っていた。
俺はティファニーへと誤魔化しなしで応えた。
「確かに前彼女の好み。別に悪くないなと思ってそのまま使ってるだけ」
「前彼女のねぇー」
と作りすぎの流し目を見せたティファニー。久し振りにティファニーと飲むがいつになく彼女が随分艶っぽく見えた。
「じゃあ今彼女は?」
「今彼女? 今彼女はいないよ、生憎」
「ウソ? フリーなの?」
「何だよ、その鳩豆顔?」
「ヒデさんって何気に女隠している雰囲気だからさぁ」
「女隠してって……どう言う意味だよ、それ?」
「どう言う意味も無いよ。そうかぁ、じゃあ今度私と遊んでよ」
「別にそれくらい何時でも」
「おお、意外と軽いのね」
「軽いのが嫌なら誘うなよ」
「ふふふ。じゃあマジで約束ね」
「ああ」
そんな意外なやり取りをティファニーとしていた時の俺の視線は部屋の入り口にあった。
彼女が来る事などないというのに――
随分と俺も酔いが回って来ていた頃、桂介が俺の横へとやって来て俺の肩を叩いて言った。
「ヒデ、本当に今回はありがとな」
「どういたしまして。結構ウチらが足引っ張ってたかも知れないけど」
「そんな訳ないって。でさ、少ないけどこれ受け取ってくれ」
奴の手には茶封筒があった。
「ん? なんだよ、これ?」
「出演料」
「そんなの別にいいよ」
「それはダメだ。お客さんからお金を頂いてるんだ。それは俺達が見せたパフォーマンスの価値に納得して払ってもらってるものだから。そこに今回塩漬けの皆が参加してくれたんだからちゃんと受け取ってくれ。四人分入ってる」
そう言った奴の目は真剣だった。俺はその目に対しふざける事はできず素直に受け取った。
「座長がそう言うなら有り難く頂戴します」
中身は思いの外あった。打ち上げの飲み代にハシゴが一軒できるくらい。こうやって僅かでも収益が出来るよう工夫して奴らはやってるんだ。俺達がやるライブじゃいつも箱代支払った残りをそのまま打ち上げに回して大抵きれいに無くなる。って言うか大抵足りない。
団員や客演に対しいつもこうやってるわけか。劇団を切り盛りしている様を思うと奴の力に敬服の気持ちを覚える。
*
劇団の皆との打ち上げが終わり家へ向かってぼんやりふらふらと歩いていたら電話がかかって来た。
それは桂介だった。
「は? 何だて、さっき別れたばっかなのに……」
つまらない奴から電話が来たものだと思いながらも俺は電話に出た。
「もしもし」
『おーヒデ。まだ飲み足りないだろ? 今からあまたで飲まないか?』
「は? 何だて、突然。しかもこんな時間に」
『ちょっと話したい事もあってさ』
「何だよ、話したい事って? 電話で良いだろ?」
『ちょーっと電話じゃ話しにくかったりするからさ』
芝居が一段落して気分が良いのか奴は随分明るく弾んだ声を聞かせた。
「電話じゃ話しにくいって何だよ? 気味悪ぃなぁ。じゃあ何だ、俺達二人でか?」
『ああ。久しぶりに二人って言うのも悪くねぇだろ?』
「まあな。でも桂介、もう十一時回っとるがや。あまたはとっくに閉まっとるって」
『それは大丈夫だて。今、俺、あまたにいるから』
「は? そうなんかて?」
『ああ。彩乃さんに頼んで開けてもらった』
「お前って奴は……」
『だからはよ来いって』
「分かったよ」
奴と差しで飲むのは久しぶりだ。二十代前半の頃はお互い割りと時間が合い「ちょいと行こか?」と二人でよく飲んだ。そんな絡みもあって昔はお互いの活動を応援し合い助けあったりしていた。懐かしい思い出話だ。
心地よい酔いが手伝っていたのか明日の仕事の事や彼女の事も忘れていた俺は軽やかに踵を返しあまたへと向かった。




