第6部 千秋楽
奴の無謀な策略物語、『つもるはなし、つまりよもやま』と言うインチキ舞台作品が公演されると不気味な程に客が寄り付いた。初日こそ予定通りの客足だったんだがその後、この作品が看板女優、遠藤香織の最後の舞台になると情報が広がり、それは見逃すまいと回を増すごとに当日券を求める客も増して行った。そしてついには150人ほど収まる表現会場の座席が足らなくなり立ち見でも間にあわず店舗側にあるモニターで観劇する客までもが溢れかえる正に満員御礼状態となった。
不安材料で塗り固めたような奴の作品にそれだけの客が群がる結果を生んだ訳だがそこへ持って行った奴の手腕、才能には敬服できる。だが、ただの博打好きが博打を打った単なる結果だったとも思えて仕方ない。
博打という所以はこういう事だ。今回の作品タイトルと内容を変える事は身内に対してもギリギリまで黙っていた訳だが客に対しては公演前日まで発表していなかった。そして更に初日公演を通しリハーサルに充てるという事をアイツはやった。
まともに稽古ができず超短期間で本番を迎えるには無茶過ぎると場数をこなした役者人からも発狂混じりのクレームが出て奴の苦肉の策として初日公演を急遽無料にして公開リハーサルという形で対応した。
しかしその補填、金の問題にはどう対応したのかは知らないが貸し切り期間が長いだけに痛手なのは間違いない。まさか彩乃さんを言いくるめたのだろうか?
そう言う事で俺達Saltyメンバーもまともな演劇練習が出来ずにぶっつけ本番並みで通しリハーサル、奴らで言うゲネプロとやらを客の前でやったわけだ。
本音としては人前で演技するなんて初めてだったからリハーサルとしては助かる内容であった。しかし実際やってみるとセリフを思った以上に噛んだりしたし演奏も普段のライブとは違い演出の一環としての演奏であってきっかけとタイミング、音量バランスに気を配らなくてはならず、リハーサルでは走り気味になったりして初日終演後の俺達は相当ヘコんでいた。
こんな博打の様なものをも楽しんで受け入れてくれるファンを作り上げてきたのが劇団まほろば一座という事だ。だからこそ客が引くことなく増えて行ったのだろう。
*
公演の回数を重ね俺達もすっかり慣れた頃には最終日、千秋楽となっていた。
千秋楽。全6回公演の最終回。千秋楽の語源は詳しく知らないが連日公演をやっていると公演最終回に感慨深くなるようだ。
昔俺達はライブサーカスと銘打って二年かけて全国各地のライブハウスを渡り歩いた事があってその日程を終えた時は達成感と満足感はあったものの千秋楽なんて言葉は誰の口からも出なかったし今思えばさっぱりとしたものだった。
しかし今回、まほろばのメンバーが口々にしていた千秋楽と言うものに対し別れ難さの思いが滲み出るような感慨を抱いた。短期間であるが演劇メンバーと一緒になって奔走し作品を作り上げた事が思いを増幅している。楽曲作りとは別物だ。
でも本当は……彼女との別れが刻々と近づいている事が……
彼女はこれを最後にまほろばを去る。そしてこの土地からも去っていく。
彼女、遠藤香織にとってまほろば一座での最後の舞台となりメンバーとの別れを思うと感慨深さもより増すことだろう。実際、彼女は最終公演での舞台挨拶の時、涙した――
「私、遠藤香織は、今回の公演をもって、まほろば一座を退団いたします! 色々な形で応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!」
そうステージから声を発し深々と礼をした彼女へと温かい拍手が送られる中、彼女は徐にステージを飛び下りステージ上の面々に向かって言った。
「まほろば一座のみなさん! そしてSalty DOGの皆さん! 今回はもちろん、今まで、若輩者の私を温かく受け入れ見守ってくださり、本当にありがとうございました!」
彼女の言葉に会場は拍手の嵐となった。そして拍手が落ち着いてきた頃、彼女は遠慮気味に声を出した。
「あのー、すみません! 最後に私の我がまま聞いてもらえませんか?」
そこへ透かさず誠が「ヒメちゃんのわがままなら幾らでも聞くぜ!」と叫ぶと会場一体から華やかな拍手が鳴り響いた。
すると彼女はハンカチを広げ顔を覆い隠し仰いだ。そしてティファニーとさくらちゃんは彼女の許へと駆け寄った。
この行動は彼女の意思によるものだったのだろうか?
それともこれをも奴の計算によるものだったのだろうか?
この頃の俺の目には役者陣のやる事全てが演技のようにしか映らなかった。散々奴の仕掛けを見て味わっただけに役者という人間のしでかす事全てが芝居がかった嘘に塗れた行動の様にしか思えないように俺はなっていた。
そして舞台挨拶の後。千秋楽の回に奴は最後の最後に自分の兄貴まで出演させる技を投入してきた。
元々、今回の話の中盤で桂介が自分の実家で録音した音声をそのまま利用して桂介一人で芝居するシーンがあった。それだけでも俺は自分の家族までをも利用する凄まじさに驚いたのだが仕舞いには誰の為なのか分からないサプライズ演出を施してきた。
それは兄と弟のささやかな日常会話。
俺は桂介のお兄さん、陽介さんとはこの日初め会ったのだが奴とは違い温厚さが滲み出ている顔つきで落ち着いた口調の話し方はとても好感が持て親しみを感じる人だった
更に陽介さんは昔バンドをやっていたらしいから益々親近感が増す。その陽介さんの舞台での言葉。きっと全部がアドリブだったと思うけれど桂介に対し「詐欺師」と言った時には緞帳裏で待機していた俺は思わず声を出して笑いそうになった。全くその通りだと。
俺には姉貴がいるがやっぱり男と女じゃ繋がり方と言うか同じ兄弟関係とはいえ関わり方が違うんだろうな。ふとそんな事を思ったワンシーンだった。
*
桂介の奴のあくどい企みで生み出した演劇作品『つもるはなし、つまりよもやま』はあらゆる周りの人間を巻き込んで仕上げた。その結果、成果は良いものだったのだろう。まほろばの役者、スタッフ、そして彩乃さんに俺達Salty DOGのメンバーも毎回公演が終わるごとに笑顔だったんだから。もちろん観客もだ。
俺は今回の件を通して奴の全ての原動力は純粋に客を歓ばせたい思いと集い処きらめくあまたの存在ではないかと思った。
公演一週間位くらい前の事。奴との打ち合わせの時の話だ。
「で、最後の最後でエンドロールを流すんだけどさぁ。ヒデ、そこでも塩漬けで生演奏やって欲しいんだわ」
「へぇ、エンドロールなんて流すのか。でも今からそんなもの用意出来るのか?」
「ベースはもう出来てる。見てくれ」
奴は俺の前でフィルム・ノートを開き映像ファイルを開いた。が、黒い背景のまま何も映し出されない。
「なんだこれ? 真っ黒じゃないか?」
「ここにな、稽古シーンを入れるんだわ。そしてな、この後」
奴は映像を少し早回しさせると真っ黒だった所に奴とトモちんの写真と名前が出てきた。
「おお、スタッフロールか」
すがすがしい笑顔をした遠藤香織もそこに現れた。そしてその後に俺達Salty DOGメンバーが。
「ホームページから拝借したんだけどこれを使って良いかな?」
「もちろん。良いよ」
そして再び黒い画面になると観客と言う文字が現れた。
「観客?」
「ああ。ここにはその日に来たお客さんの写真を並べるんだ」
「全員?!」
「ああ。受付で写真撮らせてもらって上演中に貼り付けてくんだ。名前と一緒に」
「そんな時間あるか?!」
「それには心配要らない。それ用にスタッフ準備してテストはしてある」
「凄いな」
俺は感心した。
そして暫くして黒い画面が真っ白に変化し今度は建物らしきものが画面いっぱいに浮かび上がってきた。
「どうだ?」と言う奴の問いかけに俺は反射的に奴の顔を見て微笑んじまった。
そこに映っていたのは俺達には馴染み深い集い処きらめくあまたの外観だった。そして映像は玄関へとゆっくり歩み寄り玄関横に立ててある看板へと移動し画面いっぱいに看板を映した状態で静止した。
廃材を利用して作った手作りのその看板はオープン時に設置されたもので孝明さん自身が書いた口上書きだ。
口上
スポットライトなんて必要ない
いつだってみんなが輝いているから
人生という大舞台ではみんなが主役
煌めく数多の人々と永遠に
ここは煌めく数多の人々が集まるところ
集い処きらめくあまた
店主敬白
*
奴の作品作りに関わり、そして奴を取り巻くメンバー達と今まで以上に深く関わってきた事で今の俺は彼女が奴の横にいる事は不自然な事ではなくごく自然なことだと思うようになった。
奴の創造力に企画力、そして実行力を近くで見せつけられれば憧れの対象となり近づきたくなる女がいて当然だろう。
そしてそれだけの力量がある男ならば寄ってきた女をものにする事は容易いことだろう。無分別に手出しする事への抵抗がなければ。
山田桂介と言う男がどんなタイプの男であれ総合的に男としての魅力、フェロモンと言えるものが溢れているからこそそれに相応しいだけの女を引き寄せた。その力に伴った女を囲うのもまた男の価値の一つになるのだろう。
奴の言う『積もる話、つまり四方山』とは何でも許容する度量を意味する事であるのかも知れない。




