第3部 猿芝居(前編)
奴の計画を実施するべく7月1日の今日、俺達Salty DOGメンバーは集い処きらめくあまたへと集まった。とは言っても元々今夜は俺達のライブがあった。奴はそれを利用して今日に設定したようだ。
俺の誕生日の時もそうだったが奴のやる事全てが策略染みていて恐ろしい。本当に信用ならん男だ。
俺は奴から手渡されていたボイスレコーダーをポケットに忍ばせ、きらめくあまたの外でメンバーと待機していた。入口にある暖簾の隙間から店内を覗くと桂介とトモちんが向かい合ってかき氷を食べているのが目に出来る。
「俺も氷食べたいなぁ」
俺と一緒に店内を覗いていた茂はそう言いながら顔に向かってパナマ帽を扇いでいた。
「ホント。マジ蒸し暑いし」
と言った俺の後ろにいた一郎の額は汗で輝いていた。すると茂が囁き声を上げた。
「桂介くんが立った!」
「もうそろそろ出番だな」
と俺も桂介が立ったのを確認した時、この蒸し暑い最中、誠の奴が俺の背中へともたれ掛かり肩越しから店内を覗いて言った。
「トモちんの反応すげぇな。あれマジで知らんかったんだよな? ヒメちゃんの事」
俺の目に初めて映る酷く興奮した状態のトモちんは目を剥き出して叫んでいる。
俺は誠に目を移すことなく応えた。
「ああ。トモちん可哀想に。阿漕な野郎だぜ、桂介は」
誠もまた視線を移す事なく俺の顔の真横で言った。
「しかし俺達の演技がバレずに行けるかな? 何か俺、途中で笑っちゃいそうで怖い」
「ハハ。笑いそうになったら俯いて口でも隠しとけよ」と言ってみた俺もそんな危険があるなと思いつつ続けた。
「まぁバレた時は桂介に振っとけばいいだろ。全部あいつの責任持ちだ」
「だな。まほろばの皆の反応が楽しみだわ」
誠の口調で顔を見なくても心踊っているのがよく分かる。誠はこういうイタズラ事が好きな奴だからな。
そんなやり取りをしている間にトモちんは立ち上がって桂介の腕を掴んでいた。俺は奴の合図が来ると踏んで小声で言った。
「みんな、スタンバイだ」
俺の言葉でみんな揃って地面から各自楽器類を持ち上げ店に入る準備をした。
そして案の定。桂介の奴が俺に目を合わせたかのように見えた瞬間、俺の手にあったスマートフォンが震えた。
「合図が来たわ。そんじゃ行きましょか」と俺が口にすると「一芝居打たせてもらいますか」と誠はにんまりとした企み顔を作ってやる気を見せていた。
そして一郎はいつになく落ち着きのない様子で「やっば。でら緊張してきた」と言って何の意味があるのか屈伸運動をしてから「よっしゃ」と気合いを入れていた。
その姿を見て俺は軽く笑うと小さな深呼吸を一つして皆へ言った。
「入るぞ」
俺の言葉に黙って頷いた三人。それを確認すると俺は暖簾をくぐり勢いよく引き戸を開けた。いつもの俺なら静かに開けているんだが。
「ついに来ましたか? 織姫脱退」
奴の作った台本通りの台詞を白々しく、そして少し大袈裟に粘り気を出して言うと俺の目の前にニヒルに笑う奴が俺を見下すような目付きで立っていた。
「なんだて突然、塩漬け犬」
奴の台詞。そして満足げな表情。俺は可笑しかったね。
(これで宜しいですか? 座長殿?)
決められた台詞はここまでだ。この後は全て成すがままのアドリブで展開される。そしてこれらの一部始終を録音しておき舞台で再現するんだそうだ。かなりインチキでセコい内容だ。そんなものを劇としてやらされる方も見せつけられる方もどうなんだろうか?
何も知らないトモちんに対して俺はトモちんの様子を窺うつもりで少々からかってみた。
「随分荒れてるなぁ。こりゃヒメが抜けてまほろばも解散ってところっすか?」
するとトモちんは「冗談でもそんなこと言うんじゃねぇよ!」と声を荒げた。耳に突き刺さるような声でだ。俺はその声にちょっとびっくりしたが俺は気にせず言ってやった。
「これでここのハコはウチらが気兼ねなく使えるな」
劇団さんは公演期間プラス舞台設営期間があって、『小屋入り』なんて呼んで大抵一週間は表現会場に居座る。お陰で過去に何度と場所が取れなかった事があった。だから昔は「何で演劇ここでやるんだよ!?」なんて文句垂れていた時期もあった。
そんな事が過去にあったせいか俺は調子に乗ってトモちんへわざわざ煽るような事を言っていた。
するとトモちんの反応は速かった。
「勝手にハコ言うんじゃねぇよ、ここはウチらの小屋だ」
トモちんの動揺は本物だ。俺を睨みながらの喧嘩腰の態度に俺も思わず言い返した。
「小屋言うなて。ここは俺らのハコだ」
すると鉄板の上で何やら作っていた彩乃さんが突如苛立った口調で声を上げた。
「モー騒がしいったらありゃしないっ! ここはアンタ達だけの場所じゃ無いでしょっ!?」
彩乃さんも俺達同様の仕掛け人だ。奴の計画を実行するには彩乃さんの協力が絶対必要。だから俺達に話す前からお願いをしていたらしい。まだ喪が明けてもいない時にだ。全く奴の行動力と言うか実行力には感心する。そこまでして奴は何をやりたいのか? 何を目指しているのか俺にはさっぱり分からない。
彩乃さんの言葉にトモちんと俺は苦い顔つきで顔を見合せ俺は何も口にする事なくトモちんの肩を軽く叩いた。小さな苦笑いで応えたトモちんだが、桂介の奴は白々しく自分は無関係と言わんばかりに言った。
「トモっち。そう言うことで俺、用意があるから俺の分も塩漬けの手伝いしてやってな」
そして俺に一瞬目を合わせるとさっと背を向けウチのバンドメンバーへ軽く手を上げ店の外へと出て行った。




