第1部 出演依頼
6月21日土曜日。きらめくあまたでのSalty DOG結成12周年記念ライブを終えた俺は足を運んでくれた旧友やファンに一通り挨拶を済ませると皆より一足先に表現会場ステージ裏の中二階にある控え室へと来た。
「オッス。お疲れ」
そこには卓袱台の上につまみを広げて缶ビールを飲んでくつろいでいる桂介の野郎がいた。
「おい! オマエ何勝手に入ってくつろいでんだよっ!」
「まあまあ、いいじゃねぇか」
「今日はウチが借りてんだ。何勝手にここでくつろいでんだよ!」
奴の図々しさに苛立ちライブ後の開放的爽快感が一気に打ち消された。
「まあ固い事言うなて、ヒデ。昔からの好みじゃねえか」
俺の気持ちなど知ろうともしない奴の人並み外れた図々しく感じ悪い笑顔に俺は大きな溜め息を一つ吐き出した。そして体中に疲労感沸いた俺はぐったりしながらブーツを脱ぎ捨て座敷に上がると奴の対面にどすりと座り込み奴へ言ってやった。
「だからって黙って勝手に控え室に入るのは礼儀がないだろ。俺達が在室中に顔出してくれるなら大歓迎してやるけどよ」
分かっていたが奴は俺の話をまともに聞く様子を見せることなく缶ビールを飲み干したらスッと立ち上がり控え室の冷蔵庫から缶ビールを持ってきた。
「これ、俺から差し入れ」
そう言って缶ビールを俺の前へ差し出した。
「おっとヱビスじゃないか! こいつは随分羽振りがいいなぁ。何事だて? 気味悪ぃ」
「何言ってんだ。めでたい時はヱビスだろ」
「っていうか、差し入れなんてわざわざ持って来るなんて初めてじゃねぇのか? 記憶にねぇぞ。オマエ、そんなタマじゃないだろ?」
「12周年とくりゃあ、ちょいと別だろ?」
「もしかしてオマエんとこもか?」
「んーそういうカウントはしたことないけど、もしかしたらもうそろそろそれくらい経つかもな」
そして奴の含みある笑い。
「何はともあれ、結成12周年。おめでとうございます」
そう言って桂介は俺の目の前に缶ビールを持ってきて乾杯の催促をしてきた。
「オマエは本気でそう思ってんのかよ?」
と言った俺のこの言葉は本気だったが奴はただニヤついているだけだ。俺はハッタリ野郎が持ってきたヱビスの口を空けると「ありがとよ」と言って奴の缶へ当てた。
「しかし、ヒデ。ライブここで見てたけどよ。ホント飽きもせずだな。あれ10年くらい前からやってたやつだろ?」
「何が?」
「塩漬け犬だけでもインパクトあるのに、なんだ、乙女心にオツカレサマー? ふざけたチャラい曲名にチャラい歌だ。忘れられねぇよ」
奴の口振りにはいつも笑える。いくつになっても素直に物事を口にしない奴だ。俺は奴のこのセリフをあまたで再会して間もない頃にも言われた記憶が蘇った。
『乙女心にオツカレサマー? チャラい歌だぜ。面白ぇけど』
ガキ顔の頃の奴が俺の脳裏をかすめた。
俺は奴のガキの頃と今の顔を重ねて軽く苦笑を入れるとお返しを言ってやった。
「オマエに言われたくねぇし。オマエんとこもふざけたタイトルでやってんだろ? 確か去年の冬くらいだったかな。へったくそな歌を歌いやがったやつ。インチキ宝塚みたいな」
「画期的過激団だろ? あれウチのカミさんの評判良かったぜ。面白かったって」と突如俺の背後から一郎の声が。
「お、一郎くん。お疲れ!」と桂介は立ち上がるとすぐに冷蔵庫からヱビスを取り出し一郎へと手渡した。すると一郎は突っ立ったまま俺を見て言った。
「何これ? 気持ち悪い」
俺は一郎の反応に大笑いし言った。
「だろ? 桂介! お前の柄じゃねぇんだよ! こういうの」
俺の言葉に桂介は寒気が起きるほどの照れ笑いもどきを見せて応えた。
「オマエら全然俺の事分かっちゃいねぇなぁ」
そして随分と機嫌良さげな笑顔を見せた奴だった。
(俺は分かってるぜ。このハッタリ野郎……)
奴が俺たちのライブに顔出すのはかなり珍しい。だから一郎ですら気持ち悪いと口から出た。そういう奴がここにこうやっているって事は何か意味があるってことだ。意味と言うより企みだな。
そんな訳で俺は聞いた。
「で、なんだて今日は? まさかわざわざ本当にお祝い言いに来たんじゃあるまい?」
「まぁな。俺は音楽のライブにゃ興味ねぇから」
「オマエはホント社交辞令知らずだな。まあ俺も芝居に興味ねぇから一緒だけど」
俺に見下ろすような視線を見せながら口元を緩めビールを飲む桂介。
こいつはとことん本音を口にせず探るように言葉を吹っ掛けて来る奴だ。こんな会話を奴と会うたびしてきた俺も似た者同士かも知れないが。
そして少し俺たちの会話が途絶えたところで奴が意外な言葉を口にした。
「折り入って頼み事がある」
「なんだて突然、気味悪ぃ」
そしてこの後、マジで俺はこいつの言葉を気味悪がった。
「今度やる舞台のために曲書いてもらえないか?」
こんな意表をつく内容だった。
「ほぉ。何事かと思えば。俺はてっきりまたオマエんとこの雑用に駆り出されると思ったぜ」
「悪い。人手は足りてる」
「だよな。曲ぐらい別にいいけど。でもオマエんとこ、専属みたいなのが何人かいるじゃねぇか。それに俺の書く曲なんてまほろばのイメージとは大分違うだろ? それでいいなら別に喜んで書かせてもらうけど」
「ああ。ちょっと今回二十回公演ってことで今までやってない事をやりたくてさ」
「ほお。二十回なのか。なるほどね」
「で、ついでに生演奏してほしいんだよね」
「ほお。これはまた冒険するなぁ」
俺の言葉に合いの手でも入れるかのように桂介の奴は次々と言葉を連発してくる。
「で、公演は再来週の金曜日からなんだけどさ」
「はぁ?! 再来週の金曜日って二週間も無ぇって事?」
「無理か?」
「いやぁ、出来なくはないけれど、桂介の希望のものができるかは自信ないな」
「あ、いいよ。そんな細かい希望はないから」
そしてその後、桂介が口にした希望。それは確かに細かくは無かったが嫌がらせと思える難儀な内容だった。
劇団まほろば一座の看板女優、遠藤香織がまほろばを退団して東京へ行くのだと言うのを俺はこの時初めて知った。恐らくスカウトでもされて東京で芸能活動することになったのだろう。めでたい事じゃないか。もうこれで本当のサヨナラだ。
それで奴はそれを題材にした曲が欲しいと言ってきた。
それを題材? どういう意味だ?
当然の疑問だ。なぜ彼女の脱退を題材にした曲が必要だというんだ? 俺は直ぐ様聞いた。
「桂介。俺、オマエの言ってる意味がさっぱり分かんねぇんだけどさ」
「ん、まあヒデ達には正直に言っとくわ。今度の舞台なんだけど、一言で言うとノンフィクション即興劇にするんだわ」
「よく分からん」
俺の横にいた一郎は顔をしかめ即答したがそれに応えることなく奴は続けた。
「で、さらにお願い事なんだけど……」
奴とは思えない弱々しく遠慮した口調と嘘臭いはにかみ具合の異様さによる不気味さに俺は即座に吐き出した。
「なんだて桂介、随分低姿勢じゃないか。何企んでるんだよ、その顔。気味悪ぃわ、マジで」
すると奴は俺の言葉に「だよな」と小さく漏らすと嘘臭さ極まりない遠慮がちのよそよそしい仕草を作って言った。
「塩漬けのみんなに役者として出て欲しいんだわ」
奴の言葉を聞いた俺と一郎は思わず口を揃えて叫んだ。
「はぁぁぁぁっ?!」
一郎はかけていたサングラスを額に乗せ細い目をしばたかせて桂介へと言った。
「なになに、山田くん。ウチらに役者として出ろだって? 冗談! 突然何言ってんの? どういうことヒデ?」
「俺に聞くなよ。俺も分からんわ」
そう笑って一郎へと応えた俺は桂介を見た。すると奴のほくそ笑んだ顔があった。
(なんだこの余裕綽綽の顔は……)
そして桂介は身を乗り出し卓袱台越しに俺の二の腕をぽんと叩いて言った。
「そんな難しいことお願いしないから。大丈夫だって。できるできる」
この調子の良い口調と笑顔が奴の武器なのだろう。こんな調子で女を誘い込んだんだ。そう確信させるだけのそこはかとない自信に満ちた奴の表情に俺は気持ちがささくれ立ち嫌気の差す思いに苛立った。




