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つもるはなし、つまりよもやま ―夏の巻・英秋編―  作者: 佐野隆之
第1章 再会、そして出会い
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第1部 噂話

 遠藤香織と名のついた女との出会いはさっぱりとした味気ないものだった。しかし味気なかったもののインパクトはあった。そして、味気なくもインパクトある彼女との接触が二度三度と重なっていくと俺は自分自身の(もろ)さに泡食う始末となった。

 それを俺の無防備さのせいだと言う奴もいるだろうがすべてはあの女の不意打ちのせいだ。いちいち女相手に構えてられるか。


 だから俺は遠藤香織という女に対し、いけ好かなく気味悪い出来過ぎた女というレッテルを貼った。


 という結果論。


 そんな彼女と出会ったのは今から二年ほど前。ここ『集い処きらめくあまた』で出会った。さらりかすめる程度のどこにでも転がっているような語るほどでもない、ありふれた出会い。いや、そんな仰々しいものじゃない。ただ知り合ったというだけの日常の出来事。


 という記憶話――


 今から二年前。2057年の5月初旬頃だったかな? その日はなかなかの暑さだったってことで俺は彩乃さん特製のアイスコーヒー(ガムシロ、ミルクはもちろん入れない。せっかくの味が台無しだ)を口にしながらフィルム・ノート(※1)を開き歌のための言葉探しをしていた記憶がある。

 『集い処きらめくあまた』は俺たちのバンドのホームと言える場所だったんだがネタ探しという点でもかなり適した場所と言える所だった。

 ここでは毎日何かしらのイベントやらライブやらが店内にある表現会場と名付けられた場所で行われていた。

 中には全く俺の興味の惹かないものや意味の分からないものだっていくらでもある。それでもここへ来る度、年齢性別関係なく様々な人々が様々なことをやるので飽きることがない。毎回新鮮でとても刺激的だ。


 ついさっきまで高校生と思われるグループのバンド達がライブをやっていた。まだ初めて間もないであろう、おぼつかない演奏であった。ここへ毎日足を運んでいると幾度もそのようなものに出会う。そして毎回自分たちが初めてやったライブを思い出す。よく言う、初心忘れるべからずってやつだ。

 そんなことを思いながら壁に貼り付けられた大型フィルム・モニター(※2)越しに観ていたライブも終わり騒がしい若者客も引き上げ、ひっそり静まりかえったきらめくあまたの店内。

 そこへ突如、俺の背中を叩いた奴がいた。俺は無言で驚き振り向くとそこには誠がイイ女でも捕まえたのか、ご機嫌な笑顔を向けて興奮ぎみに話しかけてきた。

「なあなあ、ヒデ。聞いたかよ、まほろばにすげぇ美人が入ったって噂?」

 ほら。そんな話だ。

「ん? へぇ、そうなんだ。知らねぇなあ」

「なんだて、反応悪ぃな。興味なしのフリか?」

「なんだて、そのフリってやつは?」

 俺は誠の随分な言い方に軽く笑った。美人って言葉だけに反応すると本気で思ってんのか?

「お前が女に興味無しなんて信じられるかよ」

 誠の奴はこういう奴だ。ギターを始めたきっかけはモテたかった。だからな。

「俺は女に興味はあるけど噂話には興味なしだ」

 俺はあらゆる根拠のない噂話って奴にはガキの頃から嫌悪していた。


 くだらない。


 ただそれだけ。

 

 火の無いところに煙は立たないと言う奴もいるが火は点ける奴がいるから点くんだろう。俺はそう決めつけていた。


「噂かどうかは彩乃さんに聞くのが一番だな。彩乃さぁん!」

 誠は自分が興味湧いたものには徹底して追及して情報をかき集めてくる。色々とマメである。噂話一つでこれだから。

 俺はそんなこと思いながら何となく気だるい今の心境で思いつくままの言葉をフィルム・ノートへと書き殴っていた。

「何、誠ちゃん」

 そう言って彩乃さんは仕事が一段落したのか、手をタオルで拭きながら俺たちの元へとわざわざ来てくれた。そして誠は即座に聞いた。

「彩乃さん。まほろばにずいぶんと()()()()な子が入ったって聞いたんですけど、知ってますか?」

「ええ、もちろん知ってるわよ。昨夜も来てたし。いつだったかしらねぇ、先週だったかな? ケイちゃんが挨拶に連れて来たわよ。二十歳になったばかりだって言っていたけど、随分と落ち着きがあって、凛とした目付き。礼儀正しくて、言葉も丁寧。顔が小さくて長い手足に高身長。モデルやっててもおかしくないくらいのビジュアルに佇まい。あれは正しく本物の美女ね」

 いつになく自慢気な風に言った彩乃さん。

「マジっすか!? おい、ヒデ! ほら見ろ!」

 誠の奴は変わらずのご機嫌顔で俺の顔を見ては何度も背中を叩いてきた。

「痛いなぁ、誠。オマエ、ちょっと興奮し過ぎ」

 俺がそう言い終わると彩乃さんは誠のはしゃぎ様を見て楽しそうに笑って言った。

「きっともうすぐ、まほろば一座御一行様が来るわよ。搬入に」

「あいかわらず凝ったことやんのか、桂介たちは」

 この俺の呆れ口調が彩乃さんには愉快に感じたようでニッコリと大きな笑みをこぼすと俺の向かいへ腰掛けて言った。

「それはそうでしょう。あれが彼らの売りの一つなんだから。舞台美術っていう芸術よ」


 彩乃さんの気品を感じる優しい笑顔。俺たちから言ったらお婆さんと呼んでおかしくない、というか当然な年齢だけれど、俺は彩乃さんこそ本物の美人だろう人なんじゃないかと思っていた。

 老け込むなんて言葉とは縁遠い、いつもはつらつとした風情。時にはチャキチャキした喋り口調を聞かせて店の中に笑いを広げ、誰かが落ち込んだ表情を見せていれば心寄り添わせ静かに話を聞き、必要を感じればアドバイスとか色々気にかけ話をしてくれる。

 きっと俺と同じ年代の時はかなりモテただろうな――と、思わせる雰囲気を持った店主の彩乃さんだ。

※1 フィルム・ノート――紙の様に薄いデジタル式ノート。ルーズリーフのように枚数の増減が可能。この時代では紙ノートは普段使われることがなくフィルム・ノートが主流となっている。

※2 フィルム・モニター――フィルムのように薄いテレビモニター。

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