第6部 贈り物
桂介「で、どうだった智之?」
智之「大成功も大成功」
ティファ「ヒデさんの暴れようは凄かった」
俺 「暴れちゃいねぇーよ」
さくら「走り回ってたじゃないですかー」
智之「録画した映像をまた明日にでも観といてくれよ」
桂介「ああ、わかった。ありがとな智之」
終始笑顔でいた桂介の奴はそのまま出来すぎた女の方へと向かった。すると待っていたかのように女は立ち上がり「おはようございます」と一礼をした。その彼女の肩へ手を乗せた奴は「おはよう」と言って続けた。
「ヒメ。すぐ行くぞ」
「はい。あ、でもこの格好じゃ……」
「いいよ。そのままで。あ、いかん。美由紀ちゃん!」
「はい座長」
「ちょっとヒメの化粧直し、すぐお願いできるかな?」
「はい!」
「よろしく」
今回の特殊メイクも担当したという美由紀さんは彼女と共に表現会場へと入って行った。
この時そのやり取りを見ていた誠が桂介に向かって言った。
「桂介。もう出ていくのかよ? しかもヒメちゃん連れて」
「ああ、時間ないからな」
「こんな時間からヒメちゃん連れてどこ行くんだよ?」
「今度の公演やる劇場の支配人さんに挨拶だ」
「そんなのオマエ一人で行って来い! ヒメちゃんはここにいろ!」
眠気眼の誠が酔っぱらい口調で勢いよく言い放つと俺達Saltyメンバー一同は「そうだ、そうだ!」と拳を突き上げて言った。
すると桂介はくすりと笑い、落ち着いた口調で言った。
「ヒメがいると違うんだよ、これが。結局相手も人間だからさ。色々と良くしてくれたりしてくれるわけよ」
桂介の言葉に俺は言った。
「そんなチャラい劇場なんざ使うなよ」
「オマエらと違って俺たちは大人だから。宣伝だとか集客だとかを考えて有効な手段を使ってやってるからよ」
桂介の気取った顔に俺は苦笑して言う。
「なんだて、その言いぐさ」
すると今度は随分済まなさ気な表情で俺に向かって言ってきた。
「ヒデ、ごめんな、皆と一緒に誕生日祝ってやれなくて」
「ああ。俺を実験体にしたのは気に入らねぇけど」
俺の言葉にニヤリとした奴とオレは黙って拳をぶつけ合った。
いつ頃からか奴とはこんな感じで接するようになっていた。何か通ずるものがあるわけでもないが奴の人懐っこい表情と緩急つけた口調に俺も簡単に乗せられる。奴と同様、俺も調子の良い人間という事だろう。そういう事で済ませておく。
いきなり誠が皆の注目を浴びるような大声を出した。
「おおっ! やっぱ違うなーヒメちゃん!」
誠の声に釣られて振り向くと、いつの間にか化粧直しを終えた出来すぎた女が出来すぎた状態で戻って来ていた。それを目にした俺の中にも誠と同じ『やっぱり違う』と言う言葉が浮かんでいた。薄らと色みがついた出来すぎた女の顔はさっきまでの冷たい、冷淡な印象とは打って変わり健康的で浮かべる笑みも温かく感じる具合だ。強すぎない自然な感じのアイラインとピンクの唇は白いワンピースとのバランスが良く、品性の高さをも感じさせる、誰もが綺麗だと口にしてしまうだろう出来映えだ。
(正に、お人形さん、か……)
桂介は女へ歩み寄り女から少し引いた距離で上から下へと眺め、何をどう確認したのか知らないが「うん、いいね」と頷くと言った。
「ありがと、美由紀ちゃん。じゃ行くぞ、ヒメ。あちらを待たせる訳にはいかないからな」
「はい。美由紀さん、ありがとうございました」
美由紀さんに対し深々とお辞儀をする出来すぎた女。それに合わせるように「どういたしまして」とお辞儀した美由紀さん。
そして出来すぎた女は入り口で振り向き俺達に向かって「お先に失礼します」と大袈裟なほど深々とお辞儀をして言った。
そして俺は手を振り「いってらっしゃい」と笑顔で見送った。二人が消えて行く様を……
桂介達が去ってしばらくすると茂が「じゃあそろそろ始めようか」と言って立ち上がった。俺は茂へ聞いた。
「何を?」
「ビデオ観賞会」
「何の?」
「ウチらの」
「ウチらのってSaltyの?」
「そう。例の12周年ライブ用の奴」
「ウソ? もうできたのか?」
「いや。まだ編集は全然。だから垂れ流しの感じでね。せっかくの記念日だし」
そう言って茂は立ち上がりPAブースへと向かった。するとここで玄関からガラガラと引き戸の開く音が聞こえた。俺は無意識で振り向き目をやるとそこには白髪の女性、彩乃さんと仲良くしている中村美鈴さんがいた。
彩乃さんと同年代の美鈴さん。そして美鈴さんの旦那さんも昔バンドをやっていて、俺達が二十歳くらいの時に対バンしたこともある。
そんな訳で美鈴さんと知り合ってからは随分と経っていて美鈴さんとも親しい。
「こんばんは」とゆったりした口調で口にした美鈴さんへ俺は「美鈴さん! こんばんは!」と言うと美鈴さんに気づいた周りのみんなも「こんばんは」と声を響かせた。
Saltyメンバーはもちろんのこと、まほろばの皆も美鈴さんとは面識あるし、トモちんやティファニーも古いから結構親しい。
「え? 何? この不気味な格好した人たちは?」
美鈴さんは俺のところまで来た途端、まほろばのゾンビ姿に気づき立ち止まった。ゾンビトモちんは不気味な顔のまま頭を掻いて応えた。
「すみません驚かせて。今週末から僕ら肝試しイベントをやるんでテストがてらヒデのパーティーをやってるんです」
すると美鈴さんはゆったりとした動作で手を小さく何度も叩き目を瞬かせながら応えた。
「そういうことだったの。しかしよく出来てるわねぇ。声を聞いてトモちゃんってわかるけど」
ここで俺は今更だが美鈴さんを見て彩乃さんがいないことに気付いた。
「そう言えば彩乃さんいないよな?」と俺は隣にいた一郎へ聞いた。
「ああ。彩乃さん用事あるからって。今日は一日いないみたい」
「そうだったのか。美鈴さん。今、彩乃さんいないですけどこんな時間にどうしたんですか?」
「うん、知ってるわよ。さっきまで、あーちゃんと一緒にいたから」
「なーんだ。そうだったんですね。あ、どうぞ美鈴さん。座ってください」
「はい、ありがとう。それであーちゃんからヒデちゃんの誕生日会をやってるって聞いたから寄ったの」
「そうだったんですね。すみませんわざわざ顔を出していただいて。ありがとうございます」
「あーちゃんもすぐ来るわよ。何かヒデちゃんに渡すものがあるからって今、家へ取りに行ってるところ」
「え? なんだろう?」
するとティファニーの声が入ってきた。
「あれ? 美鈴さん! いついらしたんですか? こんばんは!」
俺の目に入ったのはゾンビ・ティファニーじゃなく、すっぴん・ティファニーだった。
「ティファニー、顔フツーじゃん!」
「もういい加減取らないとマジ同化しちゃうから」とすっかり元通りのティファニーは洗顔後のさっぱりしたすっぴん顔と言った感じで何の気取りも無い清々しい笑顔を見せた。
「こんばんは。ティファニーもゾンビだったの?」
「そうなんですよ。目玉が落ちる細工までして大変だったんです」
「目玉が落ちる!? すごい……私はそんなの見たら怖くて泣いて逃げ出すわ」
「ヒデさん逃げましたからぁー」とくだけた口調で言ったティファニーは俺をチラ見してきた。それを俺は横目で睨み返し「泣いてはいないですけど」と頭を掻き美鈴さんへと照れ笑いを見せた。
「みんな楽しんでる?」
「あら、あーちゃん。早かったわね」
美鈴さんとの会話の中、いつの間にか彩乃さんが来ていた。彩乃さんの登場に気づいた俺達も「こんばんは」と挨拶をし、俺はすぐ立ち上がって彩乃さんへと席を譲った。
静かな笑顔で応えた彩乃さんは「よっこいしょ」と腰を下ろし、誠を見て言った。
「誠ちゃん、サプライズは上手くいった?」
「いやぁー、嘘みたいに上手くいきましたよ。知らない人が見たらヤラセじゃないかって思うくらいヒデがどっぷりハマってくれて。こっちが楽しませてもらいましたよ」
「ヒデちゃん、良かったわねー。素敵なプレゼントを皆から貰えて」
「いや、全然良くないですよ。そんなの」
「ふふ。そう言うだろうと思ってたわ。ヒデちゃん、私からはあるわよ。ちゃんとしたプレゼント」
そう言って彩乃さんは俺の前に中ぶりサイズの紙袋を置いた。
「え? 本当ですか? すみません、わざわざ。ありがとうございます」
「ウチの旦那からだけどね。つまらない物だって言ってたわ」
「孝明さんからですか!? なんだろう? これ結構重いなぁ」
彩乃さんから紙袋を受け取った俺に「私にも持たせて!」と寄ってきたティファニーは俺の返事を待たずに俺から紙袋を奪った。
「わ、ホント重い。もしかして金塊だったりして」
ティファニーの言葉に誠も乗る。
「どんな感じだよ? 俺にも……わ! マジ重い! 紙袋破れそう」と誠の奴は大袈裟にティファニーから紙袋を受け取った途端、荒っぽい息遣いでテーブルへそっと紙袋を置いた。
「誠ちゃん、またまたちゃっちぃ演技してぇ。ちょっと持たせろよ」とトモちんまで来やがった。
そして「おおー、重っ!」と懇親の力で持ち上げているかのような安っぽい演技を披露してくれた。
全く疲れる連中だ。
「お前ら、ちゃらい演技はもういいから」
敢えて淡々と反応した俺は紙袋をさっと取り戻すと中に入っていた段ボール箱を取出しゆっくりガムテープを剥がして中身を見た。
「おおっ!」
「何が入ってた?」
誠が俺にへばりついて覗き込んできた。
「エフェクター」
箱の中にはギター用のエフェクターペダルがいくつも入っていた。新品ではなく、かなり使い込んだものばかり。
「すげぇじゃん! でもヒデはエフェクター使わない主義だろ? 俺にくれよ」
「今日から変える。エフェクターバリバリ主義で」
「無理無理、今さら」
と言った呑んだくれの言葉を気にすることなく俺はエフェクターを一つ一つ手に取り眺め彩乃さんへと言った。
「俺が全部貰うのも変だしSaltyで使うってことで頂きます」
「もちろんそれはヒデちゃんの自由にして」
「で、これって孝明さんが使ってた……」
「そうよ。彼が使ってたやつ」
「それを僕なんかが貰ってもいいんですか?」
「彼がヒデちゃんへって。もう彼、使わないから。だから気にしないで」
彩乃さんはそう言ってカラカラ笑っていた。
「孝明さんがですか……」
この時の彩乃さんの笑いはいつになく弱々しく感じたのは気のせいだろうか?
たしかに孝明さんはもうギターを掻きむしる様なプレイをすることはないのだろうと思ったものの、まるごとくれるなんて変だ。それも孝明さん本人からじゃなくて彩乃さんからなんて。俺は彩乃さんへ聞いた。
「しばらく孝明さん、店に顔出してないようですけど、お体の方まだ優れないんですか?」
「え? うん。そうね。彼、長生きしすぎてるから」
彩乃さんは俺の問いかけに一瞬の戸惑いを見せたがすぐにカラっと応えた。その瞳はどこか遠くを見ているように俺には見えた。
そんなどことなく引っかかる彩乃さんの仕草と物言いに俺は軽く笑って見せ視線を移した。するとその先にあった一郎も俺と目が合うと口だけが笑っていた。そしてこの時、誠やトモちん、ティファニーは無言の間を作っていた。
こんな瞬間に俺たちはどう対応すべきかよく分からなかった。そんなまだ子供な奴らばかりだった。