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第5部 2059年5月15日は東条英秋二十代最後の誕生日

 Saltyメンバーとまほろばの連中が煌々とした空間にずらり並び俺を覆い囲むかのように立ちはだかっていた。

「何なんだ? これは……?」

 夢の続きを見ているのだと思いたくなる情景。そんな中に俺はいた。

「誕生日おめでとーっ!」

 と俺の背後から聞こえた声たち。振り向くとあのパジャマ姿のゾンビとその他様々なゾンビが並んでいた。表情は皆笑っているようだが……

「ヒデ! 何ボケっとしてんだよ!」

 今度は聞き馴染みある男の声がゾンビ集団から聞こえた。そしてその中から一人、笑顔らしき表情を見せながら俺に近づいてきた奴がいた。そいつの顔はひどい火傷を負ったようにただれていて、着ているシャツやパンツも焼け焦げてビリビリだ。

 俺の前へ来たそいつは俺の腕をぽんっと叩き言った。

「俺だよ。智之だよ」

 俺は不気味な姿をしているこいつに少々身を固くし小さく驚きながらも普通を装って返した。

「トモユキ? トモユキって、トモちん?」

「そう。さすがにこの顔じゃ分からないか」

 そう言って肩を揺らすゾンビ・智之。

「まあいいや、とにかく後ろ向けよ。ヒデのために用意したんだから」

 そう言ってこいつは俺を強制的に回れ右させた。

 すると目の前に白いワンピース姿の出来すぎた女が整った顔をしっかり見せ随分と楽しそうな笑顔で立っていた。その彼女の手には蝋燭に火が灯された大きな丸いケーキがある。

「ん?」

 情けない事にこの時の俺には何が起きているのか全く理解できていなかった。

 そんな俺の心境構わず周囲がふっと暗くなるとケーキの上で光る蝋燭の炎とその灯りに照らせている出来すぎた女の顔が俺の目に映った。


 それは俺にとって嫌な光景だった――


「はっぴ ばーすでい to ユー」

 出来すぎた女と共に周囲の連中が歌を始めた。

「……?」

「はっぴばーすでぇぃ、でぃあ、ひぃーでぇー!」

「あ、そうか」

 そうだ。今日は俺の誕生日だったんだ。

 今朝、いくらかファンからの誕生日メッセージをもらっていた。しかしそれも日が暮れた頃には忘れていた。もうすっかり誕生日なんてものは自分にとっては特別な日でも何でもない日となっていた。


「早く火ぃ消せよぉー!」

「あ、ああ」

 誠に急かされて俺は出来すぎた女の手にある蝋燭の火を一気に吹き消した。

 暗闇に拍手が鳴り響くとすぐに部屋の中は明るくなった。そして俺の視界にパジャマ姿に顔が直視できないような例のゾンビ・ティファニーが拍手しながら入ってきた。目はちゃんと両目揃っている。

「ヒデさん! まんまと引っかかって、おめでとぉーっ!」

「うるせーっ」

「まさかヒデがこんなのに引っかかるとは思わなかったけどね」

 と一郎が現れ「ほい」と缶ビールを俺にくれた。一郎の眼鏡の中の目は笑いまくりだ。

 すると突然、「さーぷらぁーいず!」と一郎の陰から声と一緒に小柄の女ゾンビが現れた。智之みたいな顔の状態で誰かは見た目では分からないが声ですぐ分かった。

「その声、さくらちゃんだな? さーぷらぁーいず! じゃねぇーよっ! 今さら全然驚かねぇーし」

「ですよねー。今さらって言うか、今は。ですよねー」

「何だて、さくらちゃん。その言い方は?」

「ヒデさん、さっき中じゃあ物凄かったですよねー」

 口に手を当てクスクスと笑うちっちゃい女ゾンビ。少々不気味。

 俺はさくらちゃんの言った事に苦笑いを見せて言った。

「で、何だて。皆でこんな事わざわざやって。今さらこんな事にはしゃいで喜ぶ歳じゃないぜ俺は」

 するとティファニーが缶ビール片手に応えた。

「今週末から『まほろば一座バラエティー企画第一弾! 気の早い肝試し大会 in きらめくあまたぁっ!』ってやるの、ヒデさん知らなかった?」

「それは知らんかった……って、それって、つまり俺はその肝試しの実験体だったってことで?」

「ご明察!」

 とティファニーが声を上げると周りのみんなも盛大な拍手を。俺はその拍手を受けて皆へお辞儀をしてお礼を表した訳だが。

「って、全然嬉しかねぇーよっ! ふざけるなっ!」

 そこへ誠の奴は俺の肩に腕を回して俺を無理やり近くの椅子に座らせると酔っぱらったたるい声で言ってきた。

「まあまあヒデ、オマエの誕生日のタイミングが悪かったと思え。それになヒデ。冷静に考えてみろ? 実験のためだったとしてもだ、こうやってわざわざヒデのために、まほろばのフルスタッフが揃って誕生日を祝ってくれたってことは幸せなことだぜ」

「ま、まぁなぁー……」


 俺はすっかり皆に騙されていた。真剣に騙されていた。


 と、言う事だ……


 じゃ、俺が追っかけていたあの女は……やっぱり……出来すぎた女だったってことか?


 俺の目に出来すぎた女が入ると自分が見せた醜態の事実を思い出し、恥ずかしさ最高潮の動揺を鎮めるために俺は黙ってビールを一気に流し込んだ。

 この時、白いワンピースという見慣れない姿をした出来すぎた女はテーブルの上でケーキを切り分けていた。


「おい! ヒデ! 何しょぼんとしてんだよ! ヒデの20代最後の誕生日にわざわざみんな集まってくれたんだ! もっと喜べよ!」

 馬鹿でかい声を俺の横で張り上げた誠が俺の背中を執拗に叩く。誠の顔も耳も真っ赤だ。

「それにしても誠、すげぇ酒臭ぇぞ」

「気のせいだろぉ」

「こいつ張り切って随分早くに来てしっかり飲んでたからな」

 一郎が笑って言う。

 するとここへ出来すぎた女が現れ「はい、どうぞヒデさん」と切り分けたケーキを置いた。

 その時、俺の鼻をかすめたのは艶やかで長い黒髪と仄かな女の匂い。


 俺が見ていたものは正しくこれだ。思わず俺は出来過ぎた女のこの怪しい姿を凝視していた。

「ヒデさん、そんなにまじまじと見ないでください」と俺と目が合った女は目をそらし俯き気味でぽつりと言った。

(照れだとでも? 冗談。俺をなめやがって)

 俺は心とは裏腹に大袈裟な笑顔を作って彼女へ尋ねた。

俺 「中で見たあの髪の長い女ってヒメちゃんだったの? やっぱり?」

香織「ええ。私なんか怖くなかったですよね? ヒデさんなんて全く動じず『どこに行けばいい?』なんて言うので私の方がびっくりしてしましたよ」

誠 「さすが女に抜け目なしのヒデだな。幽霊だろうと何だろうと」

俺 「誠に言われたくねぇーよ」

茂 「でもヒメちゃん、実際反則だよね」

香織「何がですか?」

茂 「だって、あの雰囲気、ちょっと影ある単なる美人さんじゃない?」

一郎「そうそう。全然怖くないの」

香織「そんな冗談やめてください。かなり座長に指導入れられたんですけど、やっぱり私の演技がダメなんですね」

茂 「いやぁそれとは別だよ」

誠 「別に決まってるじゃあん、ヒメちゃん。ヒメちゃんの演技は最高! バッチリだよー。あのヒデの反応を見れば問題なし。しかしヒデにはホント楽しませてもらったわ。まさかヒデが引っ掛かるとはねぇ」

一郎「ホントホント。まずヒデが素直に入って来るとは思わなかった」

俺 「いや、俺はてっきり彩乃さんに何かがあったかと思って」

誠 「で、ヒメちゃんを追っかけたと」

俺 「うるせぇなぁ」

誠 「まさかあんな風に追っかけられるとは思ってなかったでしょ? ヒメちゃん?」

香織「はい。すごい勢いだったのでビックリしましたよ」

 からからと笑う彼女。

俺 「すごい勢いだったんだ? 俺?」

香織「はい」

 笑顔を輝かせた彼女。


 それに対し俺はただ笑って応えるしか出来なかった。


 本気で捕まえ、抱きしめてやろうとさえ思った自分が恥ずかしく情けなかった――


香織「ちょっとみなさんにケーキ配ってきますね」

俺 「うん」


 俺は全てに後悔した。何もかも全てに。


       *


 すっかり飲み会ムードとなったきらめくあまたの店内。まほろば一座の役者勢もゾンビ顔のままビールやらチューハイやらを片手にテーブルに広げられたお菓子をつまみに談笑していた。


誠 「いやぁー、ヒデの引きつった顔、笑ったわぁ」

智之「しっかり録画しといたんで」

俺 「なんだと?」

智之「肝試しの宣伝に使わせてもらうわ」

 そう言ってゾンビなトモちんはニッタリと不気味な笑い顔を作って缶チューハイを飲む。

俺 「クソたーけー(田分け)! そんなもんゼッタイ外に出すなよ! Saltyのメンツに関わる。消せ」

智之「固いこと言うなてー。まぁーヒデ。とにかく二十代最後の誕生日。おめでとぉっ!」

 トモちんが俺の缶ビールへ無理矢理乾杯。そして俺は小さく笑ってトモちんへ再び乾杯した。トモちんは信頼できる良い奴だ。

一郎「ヒデ。ついにあと一年だな」

俺 「何言ってんだ、オマエらも一緒だろ」

誠 「俺はまだ半年はある」

茂 「俺は約三か月あるし」

俺 「つまらねぇー。そんなもんすぐだて」

 身を乗り出しティファニーが酷い顔だけどとてもはしゃいだ調子で入ってきた。

ティファ「でもでも、ヒデさん。三十になったら例の桃紙(ももがみ)(※1)が来るでしょ?」

一郎「お、そうじゃん! いいなぁ、ウラヤマシイなぁー」

さくら「ええーっ! なんで羨ましいんですか!? 一郎さんめっちゃカワイイ奥さんいるのにぃー! しかも私より若いと来たもんだ!」

ティファ「そうだそうだ、私よりも若いと来たもんだ!」

一郎「だってさぁー、あれって生年月日と血液型と、あと職業とか年収とかをベースに相性の良いお勧めパートナーを紹介してくれるんだろ? 自分と相性の良い相手ってどんな感じか興味湧くことない?」

ティファ「それはたしかに」

さくら「興味ありありです」

誠 「お、そうだ! 来年の今日はさぁ、ヒデの桃紙披露宴やろうぜ!」

 誠が言ったくだらない提案に周りは「やろう! やろう!」と盛り上がる。自分の事を棚に上げて人をからかうのは楽しいとは思うよ。

(全く……)

 でも、つまらない時間を腐った顔して憂鬱に過ごしているより、こうやってみんな笑顔で一緒にいられる時間が作れて過ごせるって事は有意義で幸せな事だと思う。

 とにかく理由が何であれ、俺の誕生日程度の事がきっかけにそんな時間が提供できたのなら馬鹿っ恥掻いたことなんて大したことじゃない。そんな事簡単に良い思い出となる。


 出来すぎた女の事だって――


 賑わい見せる温かい空気を作っていたところへ突如、威勢のいい声を飛ばし威風堂々と暖簾(のれん)を掻きわけ入ってきた奴がいた。

「おお、いい感じに盛り上がってんな!」

 桂介の奴だ。

「ヒデ、誕生日おめでとさん! 楽しんでもらえたか?」

 桂介は近づいて来るなり俺の肩へ手をかけ極上な笑顔で言った。

「ああ。ありがとう、桂介。しっかり楽しませてもらったわ。まんまとやられましたがな」

 俺も桂介へのお返しで極上の笑顔で応えた。実際、結構アルコールが回っていたのもある。

 すると桂介は「そうかそうか」と満足げな笑顔を見せた。

※1 桃紙――西暦2049年に日本では「公式見合い結婚優遇措置制度」というものが施行され、男女とも30歳の誕生日までに結婚していない者に「公式見合い」の案内が届く。この案内の紙が薄桃色のためそう呼ばれている。

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