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第3部 不意打ち

 物静かな表現会場。壁には吸音材が取り付けてあるからその静けさは並みじゃない。そして真っ暗な表現会場。電気はついていないから搬入口から入って右側奥、店舗に繋がる扉の上にある非常灯が眩しいほど光ってよく目立つ……のはずが……

「暗い……」

 表現会場には明かり取りの窓はない。そして壁も床も黒い。だから今は俺が入ってきた入り口からの僅かな明かりが射し込んでいるだけで表現会場一帯は見事に暗い。不気味なほどに。

「彩乃さん! いますかぁ!? 東条です!」

 俺の声だけが暗闇へと広がるも吸音材が働いて残響は無い。

 俺はとにかく表現会場の明かりをつけようとそのまま手探りで搬入口横の壁面にある照明スイッチへと手を伸ばした。あまたでの活動は長いから目を瞑ってでも何処に何があるかは分かる。

「うわっ!」

 スイッチがあるはずの場所へ手を触れると妙な冷たさと気味の悪い粘り気の感触がして俺は思わず声を上げ慌てて手を放した。

 するとその時、俺が入って来た搬入口の小さな扉が大きな音を立てて閉まった。

「何だてっ!?」

 扉から漏れていた光も無くなり部屋の中が完全な暗闇となりさらに慌てた俺は急いでドアノブを探した。ねたついた手の事をなど忘れて。

 急に真っ暗闇になったせいでロクに何も見えていないが記憶を頼りに俺はすぐにドアノブを見つけた。

「ん? 開かない」

 押しても引いても開かない扉。

「なんで勝手に扉が閉まって鍵までかかってんだ!」

 オートロックのはずがない扉の鍵が勝手にかかるなんて信じられるかよ。俺は一人大声を出しドアノブをガチャガチャ音を立て力ずくでなんとかと思ったが、それより俺はメインの扉を開ければなんて思った。のだが。

「ダメだ、開かない……って、当たり前だ。こっちは外で南京錠だった」

 外から(かんぬき)に南京錠が掛かっている巨大扉はなおさら開くはずはなかった。俺はもう一度入ってきた扉を強く押した。

「クソッ!」

 俺はしつこくくどいほどに馬鹿デカイ音を立ててドアノブを回しドアをなんとか力ずくで押し開けようとしたがやっぱりダメだった。

(仕方ない。とにかく一度店の方に回ってみよう。彩乃さんの事も気になるし)

 俺の頭には今もなお不審者がいるなんて考えがなく、ただひたすら彩乃さんの事が心配だった。

 そこで俺はまずは明かりをと思いスマートフォンを取り出し、スマートフォンのライトを自分の足下へ向けそのまま前方へと向けた。するとそこへ突如男が現れた。

「うわぁぁぁーっ! 誰だぁぁぁ!」

 突然の事に俺は驚き声を上げると一歩後ずさりし即座に半身(はんみ)で構えた。すると目の前にいる男も同じように構えた。そしてその男の手には俺と同じようにスマートフォンがあり光をこちらに向けている。

「んん?」

 落ち着いてよく見るとそこにいたのは俺自身だった。

「なんだてー、脅かしやがってぇー。鏡かよ! くそっ」

 あまりの唐突で全身に力が入り緊張が走ったが、鏡の中の自分自身に驚いていた自分が可笑しくなり一気に力が抜けた。

「で、なんでこんなところに鏡が置いてあるんだ? 何かイベントでもやるのか?」

 自分自身がスマートフォンの光で浮かび上がっている鏡へと近づき上の方を見た。

「しかし大きな鏡だなぁー。2メートル以上はあるぞ、これ」

 上から下まですべて鏡で幅も手を広げたくらいは優にある。


 フフフ――


「ん?」

 突然、何やら俺の耳に聞こえた。


 フフフフ――


「んん?」

 またも聞こえた……俺の耳に気のせいには出来ない確かな音。いや、音じゃない。声だ。か細い人の声のような音。俺は暗闇へと叫んだ。

「誰だっ!?」

 そして俺は耳を澄まし反応を(うかが)った。


 フフフ――


(女の声?)

 か細いその声は女の声。子供ではない。これは大人の女だ。

「誰かいるのか!?」

 再び暗闇へ叫んだ。何の反応もなくすぐに静まり返る表現会場。

 俺の目の前でチラチラと動いているスマートフォンの光にチラチラと鏡へ浮かんでは消える俺の顔。そして俺の顔の横にはストレートの髪を持った女の顔が……


(女!?)


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 俺は思わず大声を出してドタバタと後退りすると、そのままの勢いで背中を鉄の扉へとぶつけた。そして手にしていたスマートフォンを落とした。

「痛ってぇー……」

 俺はかなりの動揺を起こしていたせいで落としたスマートフォンをしゃがんで手にするも幾度と落とししまい、最後、両手でしっかりスマートフォンを掴むと固唾を飲み真っ暗闇の周囲を見渡した。


 フフフ――


「だ、誰だ!」


 ねぇ、会いに来て――


「な、何言ってんだよ?」


 俺はしゃがんで扉にもたれかかったまま恐る恐る正面の鏡に向かってスマートフォンの光を向けた。

 そこに映るは臆病で間抜けで腰抜けな俺自身。女はいない。

(気のせい……だよな?)

 ゆっくりと立ち上がりゆっくりと鏡へと近づく。

 鏡へと近づくにつれ俺の姿がハッキリと見えてくる。そして俺の顔、右横にはぼんやり青白く浮かび上がった長い黒髪を持った女が。

「!」

 俺は無言で右を向きスマートフォンで辺りを照らした。が、姿は見えない。


 私に会いに来て――


 たしかに聞こえる女の声。その声とリンクして鏡の女の口も小さく動いている。

 まさか幽霊? 俺はその手の感覚はゼロだ。霊魂だとか言霊(ことだま)とかは否定も肯定もしないが。でもきっとこれは俺自身の頭がおかしくなっているんだと思う。


 会いに来て、ヒデさん――


 (しま)いには俺に会いたいと名指しで来た。ありえるか? こんなの。


 フフフ――


 またも聞こえた笑い声。そして俺の目に映る女。顔を隠している長い髪の毛の隙間から溢れた口だけの笑みが鏡に映っている女。

「ウッ……」

 俺の体は硬直した。


 何故だか俺にはこの女があの女の様に見えていた。俺はそこまであの女に憑りつかれているとでもいうのか?


 出来すぎた女に……


 それとも本当に俺は憑りつかれているのか? 生き霊とか言う奴に……

 まさか。そんな訳がない。出来すぎた女が俺に会いたくて霊が抜け出てきたとでも?


 いや、逆か……

 

 なんて笑える話なんだろうか、この状況。と言うよりこの症状。これは俺の幻想だ。

 この期に及んで俺の頭の中には出来すぎた女の存在しかないと言うことを知らしめされているこのザマ。

 今の自分の状況など理解できなくなっているこの時の俺は激しい動悸に襲われ、この俺を呼ぶ出来すぎた女もどきに誘惑されようとしていた。


 どこを見てるの? 私に会いに来て。こっちよ。フフフ――


 自分が何処にいるのか、何故この場にいるのか、すべてを我をも忘れてこの女の挑発に俺は乗った。


 絶対に捕まえてやる。オマエを……

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