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第2部 胸騒ぎ

 昨日の夕方、誠からメールがあった。


『明日の夜二十時にあまたへ来てくれん? ちょっと相談』


 詳しく用件の書いていないメールは珍しいなと思ったが、さほど気にする事なく俺は『了解』と返信した。

 そして今日。あいにくの残業となってしまった俺は約束の時間に間に合うように職場からきらめくあまたへと直行した。最寄りの駅である長久手古戦場駅に着いたのが10分前の19時50分だった。ここからは歩いて10分かからないから遅刻は免れそうだ。って言っても別に遅刻したって気にしないけどな。


「ああ、腹減ったわ、マジで」

 ただひたすら仕事中ブラック珈琲ばかり口にしていた俺の口の中は珈琲味で満たされ、胃の中は空っぽの状態。最近は忙しさにかまけて家でもあまりまともな物を口にしていない。今日は彩乃さんの特製広島焼き……じゃなくて特製モダン焼きを食べよう。


 駅から少し離れると薄青みがかった街灯に照らさられた坂道の風景が目に入る。民家が多くないこの辺りのこの時間は人影がまばらで少々寂しい。

 きらめくあまたまでの道のり。坂は段々きつくなっていく。仕事帰りにこの坂道は厳しい。億劫だ。

 この億劫な坂をしばらくだらだら歩いて行くとスリムで背の高い木がまるで城壁のようにぎっしりと並べられた景色が見えてくる。

 そこはきらめくあまたの目の前にある悠久乃森(ゆうきゅうのもり)という施設だ。俺はその施設の玄関口を横目に淡々と歩いていく。

 ひっそり静まり返った玄関口。門には『ライフケアステーション悠久乃森』と彫られた石造りのネームプレートがうっすらとライトアップされ控え目に主張している。そしてそこから幅2メートル程のアプローチが両サイドに落ち着いたグリーン色の光を柔らかく点し緩やかなS字を作って延びている。周囲が暗いこともあって浮かび上がっているように見えるアプローチは訪問者を静かに導いているようで幻想的な印象を受ける作りだ。そしてその先ではコンクリ打ちっぱなしの大きな建物が待ち構えている。

 そんな一見洒落た感じで興味湧く建物ではあるんだが……


 ここは世間で密かに有名な自分の命を終わらせる事ができる施設。簡単に言うと自殺ができる施設らしい。


 この建物を目にすると俺はあまたのオーナーであり彩乃さんの旦那さんである(たか)(あき)さんとの事を思い出す。


 ここができる前には子供たちが遊ぶ昔ながらの公園があったのだがそこへ突如、当時世間を賑わせていた自己尊厳死をするための施設ができることとなり孝明さんは大勢の人たちと猛烈な反対デモを繰り広げた。金曜日は官庁街まで出向き、土日はこの場所で建設中止のアクション。その頃はあまたで頻繁に集会も開かれていた。今からたしか五、六年くらい前の話だ。

 当時の俺は御上(おかみ)が決めたものに文句垂れた所で効果は無いだろうと思いつつも孝明さんの情熱にほだされ一緒にデモ行進に参加したことも幾度とあった。

 そして結果がこれだ。

 ここが動き出してからもしばらく孝明さんたちは活動を続けていたが孝明さんが体調を崩した二年ほど前から世の風潮はこいつを受け入れたのか、それとも諦めたのか分からないが時間の経過と共に勢いは衰え、今では数人が年に一回、世界自殺予防デーの日に集まるだけになった。俺自身、傍観者の位置に今いるわけだが。

 ただそんな俺の目にもこいつは異様な物として映ってはいる。でも刑務所や拘置所のようにそこで死刑執行されているのと大差無いと他から言われれば、不自然なものを自然な風に馴染ませるのが人間社会なんだろうな。そんな風にも思っている。


 そしてそんな施設を隠すように立ち並んだ木々の壁に沿って歩くこと3分。悠久乃森、裏手に当たる場所に集い処きらめくあまたがある。

「あれ?」

 普段であれば角を曲がると白熱電球色で照らされたきらめくあまたの店先が目にできるのだが今日は暗い。俺は変に思い早足であまたへ向かうと暖簾(のれん)は下げられ引き戸ガラス越しの店内は暗かった。引き戸は()りガラスだから中の様子は全く分からない。

「ん?」

 俺は引き戸の取手横に貼られた紙に気付いた。

「店主急用のため本日は臨時休業? マジで? 誠の奴知ってるのかなぁ?」

 すぐ誠へ電話した。

「……出ないなぁ」

 俺は電話を切り小さな溜め息を吐き出すと周りを見渡し立ちすくんだ。

 とその時、俺の中に嫌な風景が思い浮かんだ。

(まさか彩乃さんに何かが?!)

 慌てて彩乃さんへ電話した。

「……出ない」

 俺は電話を繋いだまま入り口引き戸へそっと耳を近づけた。もしかして中に彩乃さんがいれば電話の呼び出し音が聞こえるのでは? と思ったからだが残念ながら聞こえなかった。

「家の方は?」

 彩乃さんの住まいはあまたに隣接している古民家だ。俺は電話を一度切るとすぐに彩乃さんの家へと行きチャイムを押した。

 外から見たところ家に明かりが灯っている様子はなく暗く静かだ。

 しばらくしても家からは反応が無く俺は再び彩乃さんへと電話した。

「俺の勝手な思い過ごしかなぁ……」

 留守電へと切り替わった彩乃さんの電話。諦めて念の為きらめくあまたのホームページを見てみた。

「あ、確かに臨時休業の知らせが出てる。書き込み時間は今日の十一時か。じゃあ、やっぱり何か特別な急用があったってことか」

 俺は独り言を口にしながらきらめくあまたへと戻ると辺りを見渡し、誠が来る気配がない事に少し苛立ちながら再び誠へ電話した。

「誠の奴何やってんだよ。アイツ、人を呼びつけておいて自分は遅刻かよ!」

 誠の電話は留守電状態。そして俺の胃袋は悲鳴を上げている。

「ああー腹減った。まぁ良いか。誠にはメール入れてメシ食いに行こ」

 そう言って俺があまたに背を向けた時、俺の耳へ店内から椅子を引き摺るような物音が届いた。

「ん!? 誰かいる?」

 俺は鍵のかかった引き戸を叩き、声を出した。

「彩乃さん! 東条です! 彩乃さん! いないんですか?!」

 そして耳を澄ますも何の反応もない。

「気のせいかな?」

 俺一人やかましく妙な静けさ漂うあまた前。

「でもなんかなぁ……」

 なぜか俺はこの時、妙な胸騒ぎを抱えていた。彩乃さん自身高齢だけど孝明さんは彩乃さんよりも一回り以上年上だと聞いていた。体調を理由に店に孝明さんは店に立たなくなったし。

「もしかして孝明さんに何かあったとか?」

 俺にはそんな事しか思い浮かばなかった。

 とその時、今度は店内からガタンッと椅子が倒れたような音が聞こえた。

「んっ?!」

 俺はすぐさま引き戸に耳を当てた。

(泥棒?)

 不審に思った俺はもしかしてと思い裏の搬入口へと向かってみることにした。

 元々は一般倉庫だったきらめくあまたの搬入口は大きな鉄製ドアになっていてそのドアの片側に小さな片開きドアがついている。人が一人出入り出来るくらいの小さなものだ。俺は無意識の勢いでその小さなドアのノブへ手をかけた。

「開いた……」

 まさか開くとは思わなかったドアが開いて戸惑った。そしてこの瞬間、警察に連絡すべきかと考えたものの俺の脳裏には泥棒の姿ではなく彩乃さんが倒れている姿が思い浮かび俺はとにかく店内に入る事にした。

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