表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つもるはなし、つまりよもやま ―夏の巻・英秋編―  作者: 佐野隆之
第2章 一年後(いちねんあと)
11/30

第6部 涙(後編)

 約一時間程度のライブだったが聴く方もやる方も皆汗だくだ。中盤からは高速テンポの曲ばかりを繋いできたHackersさん達は途中真顔で酸素を吸っていた。そのメンバーを目にしたオーディエンス達は笑ってからかうも少し心配な表情を浮かべていた。そんな俺たちの反応を楽しそうに眺めながらキリコさんは言う。

「ビールもウマいけど、この歳になると酸素の方がでらウマいんだわ」

 笑いが広がる会場。そしてキリコさんは渋い顔で続けた。 

「そんじゃ次、マジ最後ね。この腐った世の中でウチらが出来ることなんてたかが知れた、ちっちゃなコトしかできないけどさぁ。みんなさぁ、簡単に自分を棄てんじゃないよ。自分を取り繕ったりして自分を誤魔化して、そんな見せかけの人間になるんじゃねぇよ。人間なら人間らしく生きてみろ! 面白けりゃ笑え! 腹立ったんなら本気で怒りな!」

 罵声のような男たちの熱い声が会場を埋め尽くした。

「じゃあ、また今度、皆で盛り上がろまい。Ar-tificia-l!」


 駆け足速度でアタック音の効いたシャッフルビートのベースラインが床を震わせるとオーディエンス達が一斉に体を揺らし始めた。そしてすぐにドラムとギターが入ると一気に会場の熱気は跳ね上がりオーディエンス達はリズムに合わせてジャンプし始めた。もちろん俺達もだ。そして歌が入る頃には体をぶつけ合いオーディエンスの激しさは最高潮となった。



 あたしの心は(むさぼ)られていくだけで

 やみくもに(いじ)られては ただ壊されていた


  噛み締めて吐き捨てた過去に誘惑はない

  諦めて歪めた未来は夢うつつ


 身悶えながら吐き出された答えに

 吐き気もよおすたびに息する事を忘れる


  ごめんね産み育てるだけのものがなくて

  感傷に堪えるだけの力なくしちゃった


    ただ今をそっと生きていたい

    飾らなくとも美しくなくとも

    あたしの今がすべてだから



 見え透いたあたしの値踏みに意味はない

 与えられた定規に価値はない


  プラスチックの臭い漂う揺りかごに守られ

  聞こえてくる子守唄は肌寒い


    造られた自分が自分だと分かったの

    あたしのナンかが壊れていっちゃった

    みんなみんな壊れていっちゃった



    ただ今をそっと生きていたい

    飾らなくとも美しくなくとも

    あたしの今がすべてだから


  高尚なマスターベーション見せつけてあげるわ

  (まが)い物だらけのSociety

  Artificial Society

  Artificial my mind



 ライブが完全終了すると俺たちはすぐにドリンクカウンターへ向かい三人揃ってビールを手に取り二階へ上がった。そして彼女がいる席へ辿り着くと俺達は黙って顔を見合わせた。

 そこには赤い目と鼻をした彼女がいたからだ。

(泣いてたのか……?)

 彼女は俺達と目が合うと急いで手で顔を拭った。

「どうした!? ヒメちゃん!?」

 茂の奴が慌てた。

「あ、別に何もないです。大丈夫です」と茂の慌て具合を気にすることなく淡々と口にした彼女は濡れていた目を細めた。

「そう……ならいいけど」と茂は動揺の面持ちのまま言うと俺を見た。


 俺はここで彼女がライブの間に何かあったのか? という疑問は抱かなかった。

 でもこれで俺は彼女は本当にHackersが好きなんだということをこの瞬間に理解できた気がした。それは彼女がHackersの曲に何か純粋に共感できるものがあったからなんだろうと俺はそう思えたからだ。

 しかし俺にはどの曲が、Hackersの何が彼女の心に入り込み震えさせたのかを見通すだけの力は無かった。

 俺にこの時出来たのはただ普通に、何事も無かったかのように振る舞うこと。それが最良なんだとすることだけだった。


 俺はライブでのテンションそのままな風に彼女へと言った。

「久しぶり(はしゃ)いじまったなぁ。いい汗かいたわ。ヒメちゃんも一緒にモッシュやってみればよかったのに」

「私は苦手です。ああいうの」と彼女は来た時と同じようにさらり応えてくれた。

「たまにはいいんじゃないの? 一生に一度くらいはさ」

 俺のこの言葉に彼女はくすり笑い笑みを浮かべた。俺はそれにつられ軽い笑みを作り続けた。

「あーそういえば腹減ったなぁ。ヒメちゃん、メシはまだ食べてないよね?」

「はい」

「じゃあさあ。みんなで味仙(みせん)行かない?」と俺の思いつき提案に誠と茂が食いついてきた。

誠 「台湾ラーメン! いいねぇー。俺、でら久しぶりだわ」

茂 「俺も久しぶり。行ってなぁい」

 しかし二人のノリとは相反して彼女はキョトンとした表情で「味仙って?」と聞いてきた。その顔にある目はまだ光っている。

誠 「うそ? 知らない? 台湾ラーメンで有名な味仙」

彼女「はい」

俺 「その顔、マジ?」

茂 「そういえばヒメちゃん、前まで広島にいたんだったね」

彼女「ええ」

俺 「そっか。じゃあ決まりだ。味仙行こ!」

茂 「ちょっと歩くけどいい? ヒメちゃん?」

俺 「なんだよ茂、そんな気ぃ使っちゃって」

茂 「そりゃそうでしょー」

誠 「ヒメちゃんの分は俺がご馳走するよ」

彼女「そんなのいいですよ。申し訳ないです。ライブチケットもタダで貰ってますし」

俺 「いいじゃん。貰えるものは貰っとけば。先に誠が言ってくれて助かったわ、俺」


 俺たちの作った感バリバリの会話だったがきっとこれで良かったのだと思う。別に彼女の涙の意味を探る意味なんて全くないわけだし。そうに決まっている。そうに決まっている……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ