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つもるはなし、つまりよもやま ―夏の巻・英秋編―  作者: 佐野隆之
第2章 一年後(いちねんあと)
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第5部 涙(前編)

 俺達はドリンクを口にしながらしばらく2階席で雑談を交えていたところで誠が「そろそろ下へ行こうか?」と口にした。

 それを合図に俺たちは「そうだな」と一斉に立ち上がったが彼女だけはそのまま座っていた。

「あれ? ヒメちゃん一緒に行かないの?」

 茂が眼鏡の中の目をギョロつかせ聞くと「私は座ってゆったり聴くのが好きなんです」と落ち着いた調子で言った彼女はテーブルに頬杖をつき上目遣いで涼しげな笑みを浮かべた。

 この彼女の言葉に誠は「ゆったり聴く音楽じゃないでしょ、どう考えても」と小さく驚き笑って言うと茂も俺もすぐ笑って同意した。

 すると彼女は何も口にすることなく右手を開いて俺たちに小さく手を振った。その彼女の可愛い子ぶったわざとらしい笑顔。

(今日はなんだか機嫌がいいようだな)

 と瞬間俺は思った。が、それは男を囲んで気分良いからなんだろうなと穿(うが)った。

 そして俺は無理強いすることが嫌いだから彼女のペースがあるのだろうと気を使うことなく軽く手を上げ「じゃあ留守番よろしくね」と笑顔で言うと誠の奴がいきなり彼女の隣へ座った。

「おい誠。なんだよそれ?」

 誠の奴のこの笑える行動に俺が聞くと誠は腕を組み意気揚々と言った。

「ヒメちゃんに変な虫がつかないように俺が一緒にいる」

 ガキ染みた誠の言い草が可笑しく、思わず俺は彼女へ目を向けると彼女も俺と同じように思ったのか俺と目が合うと俺たちは声を出して笑った。

「なんだよその笑い。ヒメちゃんまで」

 そう言って渋い顔つきをしていた誠へ俺は大声で言ってやった。

「変な虫はオマエだろ?」

 すると茂が顔をニヤつかせ「そうそう」と首を縦に振ると誠の奴は大袈裟に顔をしかめ彼女を見て言った。

「何、その顔。もしかしてヒメちゃんもそう思ってるわけ?」

「いいえ。誠さんは変ではないですよ」

 少し見下した感ある覗き見るような悪戯な笑みを見せた彼女。どうやら彼女はこの笑みが得意なようだ。しかしこんな笑顔が許されるのは顔立ちの良いモテ顔の女くらいだろう。ある程度自分に自信がなければ気心しれた連れぐらいにしか易々とこんな顔つきは見せられない。

「つまりただの虫ってことだね、誠ちゃんは?」

「茂、何だよそれ。俺が虫けらかて? 酷いこというよなぁ。ねぇ、ヒメちゃん?」

 誠は得意の笑顔で彼女へ言うと彼女は『知りません』と言っているようなまたも悪戯な笑みだけを作ってみせて誠へ手を振った。

「はいはい、分かりましたよ。そんじゃ少し後ろ髪引かれるけどヒメちゃん残して楽しんでくるか」と誠はそう言って立ち上がると俺と茂も彼女へ手を振りしばらく離れた。


       *


 雑多な人々に埋め尽くされたホール。まだ何も始まっちゃいないのに熱気は異様なほどだ。この空間にいると俺の身体は自然に(うず)く。

(ライブやりてぇー……)


 そして開演予定時間を5分ほど過ぎた頃、突如何の前触れも無く煌々(こうこう)と照らされたステージにHackersのメンバー四人がゆったり靴音を鳴らして現れると一瞬にして会場は一斉に沸いた。

 奇声の叫び声と罵声の歓声。知らない人間から見たらステージにいる人間を馬鹿にしているような風景に見えるかも知れない。でもこれは皆が本気で愛しているの『好き』を表現しているんだ。『好き』にだって色々な形、表現方法がある。優しい言葉、甘い言葉を投げかけるだけじゃない。時には激しい感情でぶつける愛情だってある。こういうところへ来るような奴らは大概そうだ。心も体も熱くすべてをぶつける。そもそも『好き』じゃなくちゃわざわざこの息苦しくなるような人に埋め尽くされた空間に身を投じるわけがないしな。そしてそれをステージの上から俺たちへ同じようにすべてをぶつけてくるのがHackersのメンバーだ。


 ボーカルのキリコさんは目を細め俺達オーディエンスを見渡すとキリコさん特有の甲高いハスキーボイスを響かせた。

「ハーイ! お子ちゃま達がようーけ集まったなぁ! オバサン、でら嬉しいわぁ!」

 すると対抗するかのようにすぐオーディエンス達の怒号が響き渡る。俺はその怒号に紛れてキリコさんに向かって叫んだ。

「喋っとらんで、はよ(早く)始めろーっ!」

 俺にとっては迷惑な事だが見事にキリコさんは怒号まみれ中でも俺の声をしっかり聞き取ってくれた。

「誰にその口聞いてんだぁ? あとでたっぷりお仕置きな! その声はヒデちゃんだろ!?」

 キリコさんのこの言葉で一気に笑いが沸き起こり俺は調子に乗りすぎたと思い肩をすぼめ頭を掻いた。さすがにこの時は俺でも少々恥ずかしさを感じた。

「そんじゃ始めようか。ウチらモー年寄りばっかなんで、ぼちぼちダラダラやるから。血気盛んな若い者達は好き勝手にやりな!」

 オーディエンスは(とき)の声を上げた。戦の準備は万端と言ったところだ。

 キリコさんはマイクの上へ両手を乗せ前屈みの状態でオーディエンスを薄く睨むと少し気だるい表情でベースのジュンさん、ギターのキョウコさん、そしてドラムのマリコさんと一通りメンバーへ目をやり最後、俺たちを睨んで笑みを見せるとスピーカーが張り裂けそうな声を上げた。

「DOLL! one!  two!  three!  four!」

 スロウペーステンポのカウントで始まった曲はライブでは定番で初期の頃から歌っている曲、DOLLだった。



 ねぇ、アタシこうやって息をしているけれども

 抱き合って愛し合って生まれてきたのかしら? 不思議ね……


 ねぇ、アナタそうやって いつもやらせてばかりで

 誰だってそうやって生きていくものだと ウソつき ウソつき


 ねぇ、アナタの心を覗いてはみたいけれど

 感じるままの本能に偽りがないというの? ウソつき


 ねぇ、アナタそうやって いつもあたしの心を

 たいがいに無作法にいたぶることに感じて イヤラシイ イヤラシイ


  ヒリヒリするだけの交渉は美しくも(みだ)らにも成り得ないし

  感じられない浅い愛撫はひどくカサつくだけ

  切り刻んでも消えはしない染色体に潜んだモノ

  瞳閉じて見えない涙重ねて数えていた時間(とき)


 ねぇ、アナタ適当にはぐらかしてはいるけど

 曖昧にできるほど幼くはないわ


 ウソつき ウソつき ウソつき 嘘つき……

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