序章
主要登場人物(カッコ内の数字は2059年7月1日現在の年齢)
インディーズバンド Salty DOG
東条英秋(29)……ボーカル、ギターを担当。作詞作曲を手がける。
坂井 誠(28)……ギター、ラップ担当。
河西一郎(28)……ベース担当。
東 茂(28)……ドラム担当。
劇団まほろば一座
山田桂介(28)……劇団主宰(座長)。Salty DOGメンバー達と同じ高校出身。
川田智之(28)……副座長。桂介とは高校時代からの付き合い。
遠藤香織(22)……まほろば一座の美人看板女優。周りからはヒメ(姫)と呼ばれている。
遠藤香織。そう名付けられたバービードールのような出来すぎた女に初めて出会った時、俺は「こいつ気味悪ぃ……」と思った――
*
2030年5月15日生まれ。血液型AB型。出身地、愛知県名古屋市。姓は東条、名は英秋。今年で29になった男真っ盛りの真っ只中にいる男。これが俺の基本情報。因みに職業は会社員。これ、昼の顔。まあ、ぶっちゃけ流れ流されるままに来たタルい野郎であることは否定しない。
昼の顔があるってことは夜の顔がある。あ、でも夜限定ではないことを付け加えておく。
『Salty DOG』
ごめん、カクテルの名前ではない。俺が高学の時に始めたバンドの名前だ。世間じゃインディーズなんて呼ぶが俺たちはそういう括り分けは不要なバンド。聴いてくれる人たちが好き勝手にすればいい。ただし名前はSalty DOG。これは譲れない。
由来はカクテルの名前の由来でもある、かつてのイギリス海兵甲板員たちから来ている。汗まみれ海水まみれで働く様子からスラングとして使われていたそうだ。それにかけて俺たちは汗まみれ、罵声まみれの中で怯むことなく音楽をやる。これは荒波に揉まれる下っぱ甲板員それそのものに例えられると思ったわけだ。
そんな自分たちのカラーを突き通す信念を表している。
と言うのは全部後付けだけどな。当時ガキだった俺たちはそこまで深く考えちゃいなかった。カッコいい。そんな雰囲気、イメージだけから付けた。他に同じ名前のバンドも無かったみたいだし。そんなもんだ。
えっ? 10代の小僧がカクテルに付けられている名前をどうして知ってたかって? そんな野暮なこと聞く様じゃウチらのバンドにはついてこられないんじゃないの?
実際、星の数ほど世界に存在する音楽バンドの中でたった一組の蚤ほどのちっぽけな存在でしかないSalty DOG。こんなウチらの様な音楽活動しているバンドは連中から言わせればクソ生温い自慰音楽だなんて言うだろう。それで結構。
連中。つまりメジャーとマイナーなんていうくだらない線引きをして、アホなやつらに商業音楽の方が価値あるように見せかけている小賢しい連中のことだ。
ってことで、俺は連中の言う括りで言えば、マイナー、インディーズバンドなんてことになる。
時代遅れも甚だしいぜ。
「だろ? みんな?」
暑苦しい男たちの怒号に色艶激しい女たちの歓声が場内に響き渡る。強烈な熱気だ。そして突きあがる拳の数々。
俺は後ろで待ち構えていた茂へ目配せした。茂は俺の視線を受け取ると小さく笑みを溢し即座に口を引き締めた。そして見映えを意識した少し大袈裟なスティックさばきでハイタムからフロアタムまでを駆使したリズミカルなドラムソロを始めた。
俺たちみんなが安心して演奏できるのは茂の安定したドラムがあってこそだ。そして8小節のドラムソロの後、ずっしりのしかかる一郎の歪みを効かせた奴の大好きなゴリゴリサウンドのベースが入る。そして一郎お気に入りのブルーに光放つサングラスは今や奴のアイコンになっている。瞳隠し口を真一文字にした演奏姿はかなりクール。
一郎のベースが入った事でオーディエンス達の熱気がステージの俺達をも高揚させ武者震いが起きるほどだ。
二人が作り出したリズムサウンドにオーディエンスと共にリードギターの誠と俺も体が動き出す。そして俺は誠と目を合わせてニヤリ。
一郎の4小節に渡るベースラインだけでオーディエンス達のノリも加速。そこへ誠が2010年製のマーシャルアンプが作り出すずっしり感強いディストーションをさらにオーバードライヴで過激にブーストさせたギターサウンドで一郎と同じリフのユニゾンで乗った。
さらにそこへ俺が挑発するような高音域を使った16ビートのカッティングを噛ませるとオーディエンス達の体は激しく上下に動き始めた。
そして32小節のイントロをやりきったところで俺たちは一斉に音をピタリ止めた。ブレイクだ。
するとオーディエンス達が一斉に俺たちに向かって強烈な催促をする。それを俺は右から左へとゆっくり眺める。焦らしだ。
そして俺はマイクの前で大きく深呼吸すると目を見開き腹の底から叫んだ。
「Salty DOG! 結成12周年スペシャルライブ! 『飽きもせずに乙女心に乙彼サマー』へヨウコソォーッ! これからが本番だァァッ! ノリ遅れるんじゃねぇーぞォーッ!」
俺の叫びに熱く応えてくれるオーディエンスたち。俺自身の高揚も最高潮となる。そして俺はピックを手にした右手を真っ直ぐ持ち上げ叫んだ。
「Three! Two! One! Zero!」
もうずっと振り回されてばかりで
そうきっと振り回されてたからね
意味深な発言は八方美人の証しとしましょうかね
やっぱ我が身大事だし!
たいがいにしてそろそろ本気を見せてちょうだい
無駄遣いの時間は買い戻せないんだから
手の込んだ化粧より手強いあの子の仮面
真夏の暑さにやられてしまったと
醜いアヒルの子が泡食ってる
結果ありきの恋愛相談
付き合いきれない奴の噂話
頭に撒かれた媚薬に溶かされて
ただれ焼けた本能が不能諸共心中
それもなかなか乙だねサマー
でもきっとお互い様……?