第四話
「納得させるか……」
腕組みをしながら、納得させるような例え話がないか考えていた。
「……そう言えば、こんな話をしてくれた人がいたんだ。子どもの頃の友達の呼び方が、中村の裕子ちゃん、山本の和美ちゃん、小谷の勝君、そう呼んでいたんだそうだ。どういう意味かわかるか? 家の名前とその子の名前を分けて考えていたってことなんだよ」
「家の名前と、その子は別物だと教えられて育った子どもたちは、自分を『苗字』で定義していないのかもしれないな」
「そう。要するに、苗字は家の名前だということをきちんと伝えることが大切なんじゃないのか?」
「当たり前だったものに異論を呈するものが現れ、それを政治家が誇張して訴える。すると国民は、それが正義のように感じるんだ。その側につきたい者が増えていく、そういう構図は、この他にも多様性や多文化共生、ジェンダーでも見られることだ」
「それにしてもさ、僕たちみたいに、シンジュ、シュリ、って苗字なしの名前だけにしてしまえばいいのにな」
「それは、流石に人口の多い日本では、難しいだろうな。政府が管理しやすいように、苗字があるんだ」
「夫婦別姓を要求する前に、一度苗字をなくしてくれって要求してみると世の中が鮮明に見えてくるかもしれないな」
「シンジュ、なかなか面白い発想だな。江戸以前の日本のように、今後苗字はなくなりますと言われたら、納得できるんだろうか?」
「今度テレビで、発言してみるか? あー、いろいろ考えたから、ちょっと気分転換に出かけてくるかな」
僕は、背伸びをして椅子から立ち上がった。
「あっ、それなら新しいスーツを買いにいくといいよ。テレビ映りのいいやつをな」
宇宙船から降りた僕は、気晴らしに東京の街を歩いた。
選挙ポスターは、まだそのまま残されていた。二日前までこのあたりで演説したのが嘘のようだった。
『風は吹かなかったか……』
昨日のテレビキャスターの言葉が蘇ってきた。
また悔しさが込み上げてきて胸が苦しくなった。風は吹かなかったわけではない。風は吹いていた。こんな無名の若造に、あんなにたくさんの人が一票を入れてくれた。風は確実に吹いていた。何が足りなかったのか、希望か、信用か。
僕はまたそんな思いが頭から離れずにいた。
「えっ、もしかして、石山真治さん?」
道を歩いていたら、二十代くらいの女性から声をかけられた。
「あっ、はい」
「握手してもらえますか?」
「もちろんです」
彼女たちと握手して、笑顔を見せた。
「応援しています。次も頑張って下さいね」
彼女たちの言葉が、僕の頭を切り替えてくれた。
次だ。済んだことをこれ以上考えてもダメだ、次に進もう。
ネットでスーツ店を調べて、一番近い銀座の店に入った。
お店の人は僕を見て、はっとした顔をしたが、さっきの女性たちとは違い、僕にそのことについて話しかけてはこなかった。その態度を見て、この店を信頼してみたいと思った。テーラーは、淡々と採寸をし、僕に似合う色を提案してくれた。
「スーツ、三週間かかるってさ」
宇宙船に戻り、椅子に腰かけてシュリにそう言った。
「そんなにかかるのか? どこの店に行ったんだ?」
「銀座」
「銀座? いくらしたんだ?」
「二十二万円」
「二十二万円!」
シュリは、目を見開いたまま僕を見つめている。
「安かった?」
「安かっただと?」
シュリの眉間にしわが寄った。
「ごめん、高かった?」
「高すぎる……、いや、シンジュ、それでいい、それがいい。シンジュには、高いスーツが必要だ。シンジュ、もう二着ついでに買ってきてくれ。今度は、この店で、最短で仕上げてもらってくれ。五日後にテレビに出るぞ、生放送だ」
そう言うと、シュリは、僕にメモ書きを差し出した。
美しき星にも、テレビというものがある。主に、最新のニュースや情報が放送される。時々、ドラマも放送され、多くの人が釘付けになっている。おそらく平穏な暮らしの中で、喜怒哀楽を感じたり、スリリングな偽装体験をしたいのだろう。
地球にきて僕がテレビや動画で一番よく見るのは、お笑い番組だ。美しき星にはお笑い芸人がいないし、笑いを作ろうと思う人がいない。きっとそう言う魂をもった人が生まれないからだろうし、もしかすると、悲しみのない世界に笑いは必要ないのかもしれない。
そうだとすると、地球には、日本には、お笑いは必須なのかもしれない。そんなことを思いながら、再び街に出た。
五日後、土曜日の夜のニュース番組に出演した。
少し緊張していたが、司会者の言葉が、はっきりと目に見えるように入ってきた。
「都知事選、お疲れさまでした。今回の結果は、二位でした。当選に至りませんでしたが、選挙結果を受けての感想をお聞かせください」
「無名でありながら、150万票のご指示をいただきました。この票は、組織票ではなく、私の公約を支持し、私に期待を寄せていただいた、お一人お一人の大切な意思だと思っています。応援して下さった皆様、本当にありがとうございます」
「石山さんのご経歴で、SNSで話題になっていることがありまして、今日は是非ご本人に確認させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
僕は、この一週間全くSNSを見ていなかったので、急に不安になってしまった。
「えっと、どんなことですか?」
「大学のことです。最近、政治家の学歴詐称事件が多くてですね、一応確認なんですよ。出身大学は、ミズーリ大学ということですが、その頃に在籍していた方が、石山さんをご存じないと言う話が出ているんです」
「あまり、目立った存在ではないですし、日本人ではなく、他のアジア系の人だと思われていたかもしれませんね」
「そうですか、証明できるものがあれば、後日でもSNSにアップされれば、疑いが晴れるかもしれませんね」
「そうですね。そうしてみましょう」
「それにしても、石山さんは、どうして、ミズーリ大学に行かれたのですか?」
「ジャーナリズムに興味があって、そちらの学部に行きました」
「ジャーナリズムですか」
「はい、特にマスメディアは、第4の権力ですから、その権力が、どのように公正に機能するのか、しないのか。これからのマスメディアの在り方について学んでいました」
「石山さんは、それを学んだうえで、政治家を目指されたということですか?」
「いえ、まずは、社会問題を解決したいと思って、スタートアップ企業を立ち上げて、多くの人の声を集め分析しました。単純に数値化したわけではなく、どんな背景の人が、どんなことに苦しんでいるのか、それはどうやったら解決できるのか、そういったことを分析し、商品開発やシステム開発の提案を行っていました。そんな中で、どうしても法律や制度でなければ解決できない問題に突き当たったのです」
「それで、政治の世界を目指されたというわけなんですね」
「はい、それと同時に、かつて習ったメディアの問題についても考えさせられました」
「と言いますと?」
「私は、この度の都知事選挙で、多くのマスメディアのインタビューを受けましたが、テレビで流れたのは、その一部で、こちらの思いがまるで180度変わってしまうというような切り取りもありました」
「テレビは、どうしても時間の制限の中で、編集というものが必要になりますから、そのあたりは大学でも学ばれているところだと思いますが」
「論点は、そこではありません。まったく違う内容が、そのまま流されていることなんです」
「まったく違うというようなことは、それは言い過ぎではないでしょうか?」
「そう言いきれますか?」
ここで、CMに切り替わってしまった。CMの短い間で、キャスターはディレクターと打ち合わせをしていた。スタジオにカメラが切り替わると
「石山さん、すみません、お時間となりましたので、このあたりでインタビューを終了させていただきます。今日は、ありがとうございました」
テレビ出演は、こんな感じで終了となった。
SNSでは『第4の権力』『偏向報道』『石山真治』という言葉が、ランキングしていた。少しは、僕も貢献できただろうか。
「シンジュ、お疲れ様」
「シュリー」
僕は、全体重を彼にかけて抱きついた。
「うわっ、シンジュ、重いよ」
「はぁ、疲れた。シュリでエネルギー補給中」
「うわっ、おれの大事なエネルギーを奪うなよ。シンジュ、疲れたのなら、一度星へ帰るか?」
僕は、その言葉を聞いて、そっと彼から体を離した。
「いや、僕は、もう戻らないよ。この日本のために、政治をする覚悟を決めているんだ。一日たりとも日本の今の情勢を見逃したくないんだ」
「シンジュ、でも体は大切だぞ」
「わかっているさ。この宇宙船に戻れば、エネルギー補給ができるから大丈夫」
「それならいいけど」
「次の出演は決まった?」
「ああ、ネットメディアなんだけど、出るだろう?」
「もちろんさ」
僕は、ミズーリ大学のジャーナリズム学部を卒業したことが有名になって、ネットメディアに呼ばれるようになった。学歴詐称疑惑が、未だにネットを賑わせていたが、ジャーナリズムや政治について学んだ知識や持論を述べる度に、その声は小さくなっていった。
参議院選挙では、先の衆議院選挙で有象無象の政治家の言動にかなりの批判があり、与党は、議席を大幅に減らした。野党第一党も衆議院選挙での敗北が尾を引き、票を伸ばせなかった。今回、大幅に票を伸ばしたのは、移民反対を訴えた政党だった。
衆議院の任期満了まで約半年。各党は、もう万全の体制を整えているようだった。
「さて、そろそろ、またオファーが来る頃かな」
「本当に来るのか?」
「まあ、もしもオファーが来なければ、こちらから行くだけだよ」
「えっ? シュリらしくない戦略だな」
「シンジュは、あと4年待てるのか?」
「4年、そんなには待てないよ」
「そうだろうな」
次の日も、その次の日も、メールボックスは空だった。
僕は、相変わらず、ネットメディアに出演して、少しでも露出するように頑張っていた。
シュリは、僕のスーツ代を稼ぐと言って(それは冗談だが)、株式投資を始めたようだった。
毎日更新予定




