第一話
前作『美しき星』の前日譚であり、ラストのミッシングリンクへと直結する物語。どちらから読み始めても大丈夫です。
前作「美しき星」は、こちらからhttps://ncode.syosetu.com/n7663ky/
2025年7月、東京。
僕は、初めて地球という名の星に降り立った。
「シンジュ、初めての地球は、どうだい?」
信号待ちで足を止めたシュリは、行き交う車と人の流れの中で、僕を横目に見て言った。
「ゴミゴミしていて、何か変な匂いがするな」
僕は、眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げた。
「ああ、あれは、車から出る排気ガスの匂いさ」
そう言うと、シュリは、人混みの中をどんどん進んで行った。僕は、彼を見失わないよう、必死で後を追った。
「シンジュ、見て」
彼が指差したのは、一台の車の上に登って、民衆に向かって話をしている一人の男性の姿だった。彼の話を熱心に聞いている人が、数百人はいただろう。時折、拍手が起こり、僕は彼の声が響くたび、僕の全身に電気が走った。
「シンジュ、彼が何をしているかわかるかい?」
「何をしているかわからないけど、何かすごいことを話しているように見えるよ」
「選挙が行われていて、彼は、立候補している人の応援をしているんだ」
「えっ? 選挙?」
「選挙で選ばれたものが、国の方向性や法律を決めて、リーダーになって国を動かしていくんだ」
「リーダーが国を動かす……」
「やってみたいかい?」
「うん、やってみたい」
「シンジュだったら、そう言うと思ったよ。でも、選挙で当選するのは大変なことだよ」
「どうやれば当選できるの?」
「まずは、日本語を習得して、地球で必要な学力をつけないとな」
「シュリ、僕は、やるよ。絶対にやり遂げる」
それから半年後の美しき星、アカシックレコード保管庫
「シュリ、帰っていたのか、それでライラは日本にいたか?」
知らないおじさんが、シュリのオフィスに入るなり、大声で話し始めた。僕は、毎日ここで日本語や地球の歴史を勉強しているが、こんなおじさんが訪ねてくるような場所ではないのに、一体この人は誰なんだろうと彼を眺めていた。
「アディルおじさん、ちょうど良かった。報告に行こうと思っていたところだったんですよ」
「見つかったか!」
「ええ、見つけましたよ」
「あのメッセージ通りだったか?」
「ええ、メッセージ通り、白い花を持って参られましたよ」
「それにしても時間がかかったな」
彼は、そう言うと僕の目の前の席に、ドンと腰を下ろした。
「アディルおじさんが、ちゃんと場所を指定しないからですよ」
「ここから場所の名前がわかるわけがないだろう?」
「それはそうですけど」
「それで、ラマナとケイリーも一緒だったか?」
「いえ、別々に住んでいることがわかりました」
「そうか、でも家族なんだな」
「ええ、システム通り、ちゃんとライラさんのもとに生まれましたよ」
「はぁ、これで一安心だ」
「アディルおじさん、次にやることがありますよ」
「なんのことだ?」
「ライラさんに会いに行かないんですか?」
「それは、会いたいよ。だけどな、俺の仕事を知っているだろう?」
「星を守る仕事ですよね」
「シュリのように、あちこちの星に行って遊べるわけではないんだ」
「遊んでなんかいませんよ。ちゃんと仕事をしていますよ」
「あっ、すまんすまん」
「アディルおじさんも、ライラさんの居場所がわかったのに、会えないなんて辛いですよね……」
シュリは、僕と目があって、ハッとした顔をした。僕がここにいることにようやく気が付いたのだろう。
「アディルおじさん、ちょうど良かった。彼を紹介します。彼は、シンジュ。僕の幼馴染です。ちょっと前に一緒に地球を見てきて、今は、日本語の勉強をしているんです」
「シンジュといったかな。どうして、君は日本語を勉強しているんだ?」
「僕は、日本に行って、国を動かしてみたいんです」
「国を動かす?」
「はい、政治をしてみたいんです」
アディルおじさんは、目を丸くして僕をしばらく見た後、シュリに尋ねた。
「シンジュは、何をしようとしているんだ?」
「地球は、異星人の集まりですから、見た目も違えば思考も違う者が暮らしていかなければならず、トラブルも多いんですよ。住み分けのために国を作っているんですが、最近は、国を超えて、異星人同士が同じ国で暮らしているんです。政治は、その国の方向性や暮らしをよくするためにあるんです」
「ほう、なにやら厄介な仕事のように思うが、大丈夫なのか?」
僕の目をじっと見ながら、彼は言った。
「僕の魂が、それを求めているんです」
彼は、しばらく沈黙していたが、ゆっくりと話し始めた。
「シンジュの魂は、何千年に一人しか生まれてこないという、あの魂の持ち主か?」
「えっ?」
僕は、シュリの方を見たが、シュリも何のことかわからないという素振りをした。
彼は、右手で顎を二、三回撫でながら話し始めた。
「その魂は『主導者の魂』と呼ばれておる。聞いたことがないか?」
「初めて聞いたよ」
「そうか、シンジュは、何の魂を持っていると聞かされていたんだ?」
「情熱の魂だなって」
「情熱の魂か、情熱は、どんな魂も持っているからな」
「主導者の魂は、どんな魂なんですか?」
「主導者の魂はだな……」
彼は言いかけて、顎をずっと触ったまま話さなくなった。
「アディルおじさん、どうしましたか? シンジュがずっと気になって待ってますよ」
シュリが、そう聞いてくれたが、彼は話そうとしなかった。
「おやおや、もうこんな時間か、仕事に戻らないとならん。シュリ、また来るよ」
そう言って、彼は、足早に出て行った。
すぐに、オフィスの向こうからシュリを呼ぶ声が聞こえた。
「シュリ、このシステムが動かないんだ。データを保存できなくて困っているって、あちこちから連絡が入っているぞ、早く直してくれないか」
「シンジュ、すまない。ちょっと急ぎだから、また今度ゆっくり話そう」
「ああ、大丈夫だよ、早く行って」
シュリは、相変わらず忙しそうだな。
僕は、シュリの後姿を見つめながら、あのおじさんが言った『主導者の魂』のことを考えていた。主導者というくらいだから、リーダーで、皆を導いていく魂のことだと思う。僕が、これから挑戦しようとしていることと同じだ。でも、どうしておじさんは、その魂の意味を言ってくれなかったのだろうか。
僕は、机に広げていた、資料やノートをカバンに入れてオフィスを出た。
夕暮れの町は、仕事を終えてカプセルチューブの駅に向かう人で、少し賑やかに感じる。しかし、東京とは比べ物にならないくらい、ここは穏やかで静かな町だ。
僕は、この町がきらいなわけではない。こうやって、思いっきり息を吸うと心も体も元気になっていく。人の少なさも、静けさも、さわやかな風も、本当に大好きだ。
だけど、僕は、あの心の振動を今もリアルに思い出すことができる。
あの振動を忘れることができないんだ。
「シンジュ、久しぶりだな」
声をかけてきたのは、僕より十歳年上の兄だった。兄は警察官で、このあたりをパトロール中のようだった。
「シンジュは、まだ勉強しているのか?」
この星では、概ね二十歳になると、皆仕事を持っていた。僕が二十五歳になっても仕事をしていないことに心配、いや、怪訝に思って、そう言っているのは知っていた。
「仕事をするための勉強中なんだ」
「へー、何年もそう聞いているが、本当にその仕事に就けるのか?」
「わからないよ。でもやりたいんだ」
「ふん、まあ、頑張りな。じゃ、気をつけて帰れよ」
そう言うと、兄は、駅とは反対側へ歩いて行った。
「本当に、その仕事に就けるのか、か……」
2028年夏、東京。
アスファルトから熱気が立ちのぼり、息をするだけで体力が奪われるような猛暑だった。
「この度、都知事に立候補した、石山真治です。東京をもう一度、日本人が誇れる日本の首都にすべく、3つの公約を掲げました。
一つ、東京をテクノロジーの力で経済成長させます。
二つ、東京の一極集中を是正します。地方の成長により、継続的な東京の安心と発展を実現します。
三つ、東京の環境を改善し、自然と一体化した未来都市を作ります。
政治に、誠実さと新しさを。合理性と信用を!」
街のいたるところに、僕の選挙ポスターが貼られていた。
『石山真治 政治に信頼を 東京を未来へ』
石山真治か……
僕はまだこの名前がしっくりきていなかった。
「シンジュ、どうした?」
「いや、シュリ、なんでもないよ」
「午後も八か所回るぞ、ぼーっとするなよ」
「わかってる」
僕は、十六日もの間、来る日も来る日も街頭に立ち、公約を訴え続けた。
街宣の動画は、SNSで拡散された。若いというだけでなく、ルックスや言葉のチョイス、分断を煽らない戦略が高評価を得ていた。
そして、最終日。マイク納めには、東京駅に一万人以上が集まった。
翌日、開票日。午後七時
メディア十社ほどが、選挙事務所に集まっていた。
支援者やスタッフたちも開票速報を今か今かと待っていた。もちろん僕も、胸が高鳴るのを感じながらその瞬間を待っていた。
午後十一時。
開票結果は、既に出そろっていた。
「いい布石でしたよ」
選挙特番のインタビューが終了し、記者たちが事務所から引き揚げたころ、シュリは静かにそう言った。
「布石? どういうことだよ」
「本番は、このあとの衆議院選挙ですよ」
「衆議院選挙? 都知事にも選ばれなかったのに?」
「たった一人を選ぶより、簡単なことさ」
僕は、真夜中の選挙事務所を後にして、一人、東京の街を歩いた。悔しさで、街灯がにじんで見える。こんな時、兄のあの言葉が脳裏によぎった。『本当にその仕事に就けるのか?』
僕は、その言葉を必死に振り払おうとしたが、何度も何度も繰り返された。
ついに僕は、自分自身に問うてみた。
「シンジュ、おまえは政治家になれるのか?」しかし、魂は何も答えてはくれなかった。
どのくらい歩いただろうか、街灯もしっかりと見えるようになったころ、前方から美しい歌声が聞こえてきた。
その声は、どこか物悲しく、僕の心を締め付けるような響きだった。だんだんとその歌声に近づいていった。
「ダメだ!」
僕はとっさに駆け出し、欄干によじ登ろうとする彼女の体にしがみついた。
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