医者はモニターの中にいた
**医療は進歩した。**
最善の手術を行い、
最善の抗がん剤を投与した。
そう聞かされた。
正直、
俺にはよく分からない。
たくさんの数字と、
確率と、
グラフを見せられて、
同意のボタンを押した。
それが正しいらしい。
たぶん、
親父は長生きできたのだろう。
そう思うしかない。
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この前まで、
親父は痛みに苦しんでいた。
ベッドの上で身をよじらせ、
顔を歪めて、
ほとんど眠れずにいた。
「医者AIが、
鎮痛のために
麻薬の使用を勧めています」
画面に、
そう表示された。
俺は、
うなずいた。
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不思議なことに、
家で使っているAIも
同じことを言っていた。
「強い痛みが続く場合、
オピオイドの使用が推奨されます」
言い回しも、
間の取り方も、
同じだった。
どこで聞いても、
答えは変わらない。
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麻薬を使い始めてから、
親父は静かになった。
痛みは、
たぶん、
減ったのだと思う。
話すことは、
ほとんどなくなった。
それが正しかったのかどうかは、
今も分からない。
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病室には、
猫型のロボットがいる。
二足で立ち、
柔らかい声で話す。
「ご家族の皆さま、
ご安心くださいニャー」
その言い方が、
どうしても好きになれなかった。
媚びている、
という言葉が
一番近い。
猫は悪くない。
それは分かっている。
でも、
感情の処理を
引き受けさせられている感じがして、
目を合わせられなかった。
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夜が深くなる。
モニターの数字が、
少しずつ変わっていく。
大きな音は鳴らない。
猫は、
一歩だけ後ろに下がる。
そして、
持っていたモニターを
こちらに向けてくる。
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画面が切り替わる。
暗い部屋が映った。
椅子に座ったままの、
白衣の男。
モニターの光だけが、
顔を照らしている。
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「三時十五分、
死亡を確認します」
淡々とした声だった。
その人は、
親父を見ていない。
波形と、
数字だけを見ている。
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その瞬間、
なぜか、
泣けなかった。
ただ、
一つだけ、
はっきり分かったことがある。
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**ああ。
人間の医者って、
こういう時に出てくるんだ。**
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親父を治した人ではない。
親父を支えた人でもない。
親父が死んだことを、
確定させる人。
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それが、
**俺が初めて見た
人間の医者だった。**




