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なんでもない夜

医療は進歩した。


いつからだろうか、

患者と話すことがなくなったと感じるのは。


必要な説明は、

すでに終わっている。


問診は来院前に済み、

診断はAIが出し、

治療方針も自動で決まる。


私は、病室には行かない。

行く必要がないことになっている。


ここに座って、

モニターを見る。


病棟に、看護師は一人だけだ。


それが、この病院の標準配置になってから、

もう何年も経つ。


壁一面に並んだ画面。

それぞれに、猫型ロボットが映っている。


各病室に一台。

それが基本だ。


「三号室、着替え対応」

「五号室、バイタル確認」

「七号室、そのまま搬送継続で」


ヘッドセット越しに、

淡々と指示を出す。


猫たちは、文句を言わない。

疲れない。

感情もない。


だから、クレームは来ない。


人がやるより、都合がいい。


猫型ロボットは、休まない。


正確に言えば、

休む理由を持たない。


突然の体調不良もない。

朝起きて

「今日は仕事したくなくて」

と連絡してくることもない。


仕事したくなくて、

ばっくれたりもしない。


ロボットは優秀だ。


休憩に入りたい。


画面の端に表示された時刻を見て、

そう思う。


でも今日は、

夜勤の中で一番下だ。


休憩に入るには、

先輩に声をかけなきゃいけない。


それが、

少しだけハードルが高い。


どう切り出そうか考えていると、

画面が光る。


メッセージを受信する。


「今から少し席を外します。

その間、

こっちの病棟も見てもらえますか」


一瞬、画面を見つめる。


休みたいと思っていたことを、

誰にも言っていない。

たぶん、

言わなくてよかったんだと思う。


「はい、大丈夫です」


そう返信する指は、

もう慣れている。


誰かが休むと、

別の病棟が増える。


猫型ロボットの画面が、

いくつか追加される。


病室番号。

アラート。

対応待ち。


正直、めんどくさい。


直接会って

「ちょっとお願い」

って言えたら、

もっと早い。


細かいニュアンスも、

伝わる。


でも今は、

全部がモニター越しだ。


表情も、

声の間も、

分からない。


アラートが一つ、

色を変える。


緊急入院:承認済


詳細を開く。


疾患名。

虫垂炎。


入院手続きは、

すでに終わっている。


病室の割り当て。

ロボットの配置。


私は指示を出す。


「バイタル確認」

「点滴準備」

「術後プロトコル開始」


猫は

「ニャーん」

とだけ返して動く。


患者の顔は、

ここからは見えない。


夕飯は、

モニターの前で食べた。


冷めたコンビニ弁当。


画面を一つ閉じ、

また一つ開きながら。


朝も、

同じ場所で食べた。


カップのスープを飲みながら、

数字を確認する。


味は、

よく覚えていない。


病棟は静かだ。

猫たちは動いている。

アラートは出ていない。


問題は起きていない。


それで、

この夜は

うまく回ったことになる。


私は椅子から立たず、

誰とも話さず、

朝を迎える。


医療は進歩した。


看護師は一人でいい。

患者は安全で、

システムは正常だ。


だから、

この夜も

なんでもない夜として

記録される。


休憩には、

入れないままだった。

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