表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

存在しなかった医師の夜



**医療は進歩した。**

**仕事は、もっと楽になるはずだった。**


AIとロボットが進化した。

劇的に、だそうだ。


手術はロボットがする。

看護もロボットがする。

診断はAIが出す。

検査も、治療計画も、退院日も、全部自動で回る。


医療は完成した。

少なくとも、システムとしては。


だから政府は整理を始めた。

保険点数で一番高い分野。

つまり——人。


病棟は日勤も夜勤も、看護師一人。

医者に至っては、病院に一人。

それで「十分」だと判定された。


夜はさらに効率化される。

一人の医者が、複数の病院を担当する。

AIが判断し、ロボットが動く。

人は承認するだけでいい。


その結果、

夜の当直室には、僕一人しかいない。

正確に言えば、人間が一人しかいない。


鏡を見る。

ぶしょうひげが伸びている。

三連直の三日目。

剃る理由も、剃る気力もない。


医師十五年目。

研修医の頃は、医療ドラマを見ていた。

夜の病院を走り、

患者を救い、

朝焼けの中で缶コーヒーを飲む医者。


あの世界には、

まだ人がたくさんいた。


今は違う。


---


夜は、静かだ。

音はほとんどしない。


その代わり、

モニターがひっきりなしに切り替わる。


画面が分割され、

別々の病院、別々の病室、別々の顔が並ぶ。

どこかで必ず、何かが起きている。


小さな病院一つだけを担当していた頃は、

夜に一件あれば多い方だった。

あとは仮眠して、

「何も起きなかったな」と思えた。


今は違う。

十七ある。


どれか一つが落ち着くと、

別の画面が点灯する。

毎回だ。


診断も説明も、

すべてAIが行う。


モニターの一つに、

**急性虫垂炎**の文字が表示される。

CT、血液データ、経過。

一致。


年齢、二十代。

性別、女性。


若い、という情報も、

女性だという情報も、

判断には関係ない。


画面の下に、

**承認**のボタン。


僕は押す。


ロボットが患者を運び、

手術の準備が始まる。

術中のバイタルはAIがリアルタイムで監視する。

異常があれば自動補正。


そこに、

僕のやることはもうない。


---


午前三時過ぎ。


一つの画面が、

他より遅れて点灯する。


市中病院。

末期癌を扱っているところだったはずだ。

はず、というのは、

眠い頭の中で病院名がもう思い出せないからだ。


モニターの中央に、

患者の顔が映る。

ベッドの横に、家族が数人立っている。


バイタルが表示されている。

心拍、呼吸、血圧。

すべてゼロ。


AIの判定は完了している。

**死亡確認:実施要**。


画面の向こうで、

誰かが小さく頭を下げる。


僕は画面を見る。

眠っているようにしか見えない。


昔なら、

ベッドサイドに立って、

家族の後ろに立って、

聴診器を当てていた。


今は、

数値と映像だけだ。


「……三時十五分死亡確認します」


そう家族につげ承認を押す。


時刻が自動で記録される。

家族が頭を下げている途中で、

映像は閉じられる。


死を確認した感覚はない。

誰かを看取ったという感じもない。


ただ、

画面が一つ、消えただけだ。


---


少しして、

別のウィンドウが立ち上がる。


**死亡診断書(案)**


AIが作成した書類。


氏名、時刻、場所。

すべて入力済み。


視線が、

自然と「ア」の欄に行く。


**ア 大腸癌**


それを、ぼんやりと確認する。


間違っていない。

たぶん、そうだ。


この患者の声も、

表情も、

もう思い出せない。


あるのは、

この一行だけだ。


「ア 大腸癌」


承認。


書類は自動送信され、

次の画面が開く。


---


オンラインだけで夜が終わる日もある。

歩かない。

触れない。

ただ、画面を見る。


人は助かっている。

それは事実だ。


でも、

助けた感覚はない。


夜を過ごした感覚でもない。


ただ、

眠れなかったという事実と、

疲労だけが溜まっていく。


ロボットは疲れない。

AIは迷わない。


だから夜は、

完璧に回る。


その代わり、

人間だけが

何もしていないのに疲れている

という状態で

朝を迎える。


---


書類上は、

宿直という扱いになっている。


軽微な業務。

仮眠可能。

実働は想定されていない。


十七病院同時対応という文字は、

どこにもない。

承認の回数も、

説明の数も、

死亡確認の数も、

評価項目には含まれていない。


だからこれは、

働いていない夜だ。


明日も、朝から夜まで承認が続く。

それが通常業務だ。


ここ数日、

当直室から出ていない。

出る理由がない。


画面は回っている。

医療は滞っていない。

数字は良好だ。


書類上、

問題は何も起きていない。


だから今日も、

この夜は

存在しなかったことになる。


**……また、次の承認だ。**



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ