第八話「強くなるためには」
翌日、朝。
ギルドの掲示板前で、ジークは落ち着きなく立っていた。
「……いざってなると緊張するなぁ。」
「ジーク…言い出したのあんたでしょう?」
マーシャが呆れたように腕を組む。
『……ギルド職員にAランク冒険者がいるとはな…。ジークとあの女は前から接点があったのか?』
我も首を傾げる。
ジークは少し気まずそうに頭を掻いた。
「いや、その……聞いたんだよ。レインさん、実はAランク冒険者だって。」
「……は?」
マーシャの声が一段低くなる。
『…おい待て、本人から聞いたとかではなく、噂を聞いただけとは言わないよな、キサマ。』
「…それは…噂で聞いた…んだけど…。」
「根拠もなくギルドまで来たってこと…?」
「いやいや!たしかに根拠は無いけどさ!でも昨日のイズナさん見ただろ? ああいう“隠してる系”の強者って、実在するんだなって思うと信じちゃうじゃん!」
『隠してたか…?魔力量とんでもなかったぞ。』
「そう思うのは、ダイオウが魔力とか感知できるからだろ?俺から見たら見た目は幼そうなのに規格外の強さだったし!そういう意味での隠してるだから!」
マーシャは少し考え、ため息をついた。
「……まぁ、確かに否定はできないわね。」
そこへ。
「……何か御用ですか。」
背後から、淡々とした声。
振り向けば、 黒く短い髪。感情の読めないジト目。 ギルド職員の制服を着た女――レイン・フェルドが立っていた。
「れ、レインさん!」
ジークが勢いよく振り返る。
「はい。なんでしょうか。依頼、ですか?」
「あ、えっと…レインさんに聞きたいことがありまして…。」
「私に、ですか。」
ジークは思い切って質問を声に出す。
「その…Aランク冒険者って噂…本当ですか?」
「……えぇ。それが、何か?」
レインの眉が一瞬ピクリと動くが、すぐに淡々と返事をする。
「本当なんですね!?その、お願いが-」
「お断りします。」
即答だった。
なんならジークが頼む前に返事をした。
「…ふぇ!?いやいや!まだ言ってないですって!」
「ジークさん。…数日前に魔王軍幹部と戦闘、力の差を痛感した。違いますか?」
「そうですけど!だから俺がお願いしたいのは-」
「昨日、ダイオウさんがイズナさんに魔法について修行をしてもらうのを見て、自分も強くなりたいと思った。そして、私がAランク冒険者であるという噂を聞き、私に鍛えてもらいたい、というお願いだと思ったのですが、違うのですか?」
レインは淡々と言葉を紡ぐ。
「全部合ってますけど!?なんで知ってるんですか!?怖いよこの人!?」
ジークはマーシャの後ろに隠れる。
「ちょっとジーク!もう!…レインさん…なんで昨日のこと知ってるんです…?」
「…昨日の仕事帰りたまたま食事処でイズナさんに会いまして。自慢げに語っていましたよ。期待している奴らがいる、と。」
『…アイツ…』
期待している、という言葉。
魔王であった時には言う側だった我が、
まさか言われる側になるとは。
だが不快感はない。
それどころか胸の奥が熱く-
「まぁ、金欠と言って食事代を私に払わせてきたので台無しですが。」
『アイツ…』
本当に台無しである。
「話を戻しましょう。」
こほん、と咳払いをし、レインが続ける。
「私はギルド職員です。冒険者の指導は業務外です。」
レインは書類を胸に抱え直す。
「それに、今日は巡回業務がありますので。」
『……巡回?』
「街の各区画を回り、治安と物資流通を確認するだけです。」
淡々とした説明。
「他に用がなければ、これで。…ついてくるのであれば、ご自由にどうぞ。」
そう言って歩き出す。
「ま、待ってください!」
ジークは反射的に後を追った
「俺達も行きます!ついでに街のことをもっと知りたいですから!」
その言葉に、レインは一瞬だけ目を細めた。
◆リューグラード巡回
街・リューグラード。
王都に次ぐ規模を誇る交易都市であり、 冒険者ギルドを中心に発展した街だ。
「東区は職人街です。」
レインは歩きながら淡々と話す。
「鍛冶、魔道具、薬師。冒険者の装備はほぼここで揃います。」
「西区は?」
マーシャが聞く。
「居住区。治安は比較的安定しています。」
「南区は食堂街と宿屋。」
一瞬だけ、視線が泳ぐ。
「……騒がしい場所です。」
『北は?』
「倉庫街と検問所。魔物の素材や危険物の管理区域です。」
説明は簡潔。 だが、無駄がない。
「……なるほどな。」
ジークが感心したように呟く。
「街全体が、冒険者前提で作られてるんだ。」
レインは歩みを止めずに答える。
「元々は、冒険者が拠点とするために作られた街ですからね。」
「…レインさんは、もう冒険者には戻らないんですか?」
ジークが疑問をぶつける。
「……街の危機となれば冒険者として戦います。ですが今はただのギルド職員です。」
「でも、Aランク冒険者ってことはめちゃくちゃ強いんですよね?少しもったいないような-」
レインが足を止め、振り返る。
「いえ。私には…冒険者として生きる資格も、笑う資格も無いのです。」
レインはきっぱりと言う。
「それって…何で…」
「…すみません。忘れてください。」
「……」
『……』
3人とも、何も言えなくなる。
「…話を変えましょう。ダイオウさんは、魔法において大事なものを聞いたんですよね?」
『…あぁ。想像力と魔力だな。』
「その想像力は、魔法を使用しない剣術においても非常に重要なものになります。大まかに言うと見方・考え方の変換ですね。」
「見方と考え方の…変換?」
「はい。」
レインが再び歩きだし、3人もそれに続く。
「昇格試験の際に思ったのですが、ジークさんはただ魔物を斬る、ということに囚われていませんか?」
「え?」
「確かに、剣を使っているので斬る、ということ自体が間違っている訳ではありません。ですが-」
レインはジークの目を見て、言葉を紡ぐ。
「相手の攻撃を防ぐ、受け流す。次の一手に繋げるための行動ができていないように見えました。」
「確かに…俺は…倒すことばっかり考えて、ただ斬っているだけ…でした…」
「それが悪い訳では無いのです。ただ、見方を変えれば勝ち筋も見えることもある。考え方を変えれば選択肢が増やせるのです。そうすれば…仲間を守ることも、できるでしょう。」
「見方…考え方…なるほど…」
レインの言葉に、ジークは自分の手のひらを握りしめ、一人で頷いている。
『…ふむ…』
我も口には出さないが、この女の、レインの言葉を胸に刻んでいた。
イズナに教わった想像力と、今新たに学んだ視点と発想。
どちらも、ただ力を振るうだけだった我はそんなとこと考えていなかったのだろう。
「レインさん!」
ジークが声をあげる。
「はい?」
「ありがとうございます!俺、頑張ります!」
「…?えぇ。急にどうしたんですか?」
「レインさんが街の巡回に同行させた意図が分かりました!普段意識していなかった街を回ることで、街に対する視点を…考え方を学ばせていたんですね!強くなるために!」
ジークの言葉にレインが立ち止まり、振り返る。
「…いえ、これはギルドの業務です。」
静寂-
「……え?」
「私は、『ついてくるのであれば、ならご自由に』と言いました。同行させたかった訳では無いですし、視点と考え方についてはただのアドバイスです。」
「じゃ、じゃあ…え?あれぇ?」
ジークが、混乱している。
「…強くなりたいというのなら、今から鍛えてあげましょう。」
レインの言葉にジークは目を輝かせる。
「え!?本当ですか!?」
「えぇ。丁度巡回も終わりですし。」
「よっしゃあ!!」
「…レインさん、鍛えるって、どんな風にです?」
マーシャが問う。
「鍛えるといえば、やはり実践、ですよね?」
「Aランク冒険者と手合わせってこと!?二人とも、頑張ろうな!」
この時のジークはまだ知らない。
この実践稽古が強くなるための
地獄を見ることになるとは--




