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第七話「気まぐれトレーニング」

森での一件から、三日後。


我らは、街外れの荒れ地にいた。


人気はなく、魔法の練習にはちょうどいい場所だ。


「……で?」


マーシャが腕を組む。


「なんで俺たち、ここに呼び出されてるんだ?」


ジークが首を傾げる。


今朝、ギルドの受付でイズナからの呼び出しがあると言われたので来てみたが、誰もいない―


「誰もいないし…なんのようなのかさっぱり分からないんだけど?」


マーシャが言った瞬間、背後から声がする。


「お主らは分からんでもいいのじゃぞ。」


ひょい、と音もなく岩の上に現れたのは、

金髪に狐耳、尾を揺らす女――イズナ。


「今日は儂の気分で呼んだだけじゃからな」


「気分!?」


ジークが声を上げる。


「急に大声を出すでない。気分と言うのは冗談じゃ。」


イズナは軽く手を振る。


「じゃが…今回お主らは置物じゃ。

今日の主役は――」


視線が、我に向く。


「お主じゃ、ダイオウ。」


『…ム…我か。』


「そうじゃ。お主は魔法の扱いが散々じゃったからのぅ。」


にやり、と悪戯っぽく笑う。


「魔力はある。頭も回る。

じゃが、上手く制御できていないようじゃな。」


『……否定できんな。』


「じゃろ?」


イズナは地面に落ちていた小枝を拾う。


「では、簡単な問題じゃ。」


小枝を、空中へ軽く放る。


「この枝を、魔法で燃やしてみよ。」


『…うむ。』


我は魔力を練る。


「枝だけ燃やすのじゃ。失敗すれば儂も燃えてしまうからのぅ。」


火球――

いや、今回こそ魔力の制御を意識して―


『……火炎魔法(ファイア)ッ!』


わずかに嫌な予感を覚えながらも、魔力を解放する。


火が生まれ、次の瞬間。


ドンッ!!

爆ぜるような音と共に、


小枝だけでなく、地面まで黒く焦げた。


「うわっ!」


「……また派手にやったわね。」


煙が晴れる。


枝を持っていたイズナは火傷どころか傷一つ無いまま、ため息をついていた。


「ほれな。」


『……』


「お主は、“火を出す”ことしか考えておらん。」


イズナは尻尾を揺らしながら言う。


「どの程度の大きさじゃ?形はどんなじゃ?火力は?それがまるで想像できておらん。」


『……』


胸に、痛いほど刺さる。


「よいか、ダイオウ」


イズナの声が、少しだけ低くなる。


「儂は魔法を使う上で大事なのは二つだけじゃと思っておる。」


『…二つ…?』


「魔法の完成系をイメージするための想像力と、それを実現させるための魔力じゃ。

ほとんどの者は、ああしたい、こうしたいという想像ができても、魔力が足りないが故に失敗する。」


一拍。


「じゃが、お主は逆じゃ」


視線が鋭くなる。


「想像が雑で、魔力だけが多すぎる」


『……』


「それは魔法を使っているのではなく、ただ魔力で殴っているだけじゃ。

雑な想像で作り出した半端な魔法の形を、魔力で無理に出力を上げて撃ち出しているだけなのじゃ。」


――図星だった。


「まぁ、敵を殲滅するだけなら、それでも良いがな。それでは敵以外にも被害はでるであろうよ。」


イズナは、再び小枝を拾い上げる。


「もう一度やってみぃ。」


『…想像力…』


魔力を練る。

今度は火そのものを想像しない。


あの枝を燃やすためだけの大きさで、

必要最低限の火力で燃やす。

魔力も、それに必要な分だけ考え、

イズナの持つ枝が燃える未来を、

結果だけを思い描く。


魔力を流す。


火炎魔法(ファイア)!』


火は音もなく灯り、

小枝を黒く染める。


「……」


ジークが息を呑む。


「すげぇ……」


「……無駄が、ない。」


マーシャが小さく呟く。


イズナは満足そうに頷いた。


「うむ。それでよい。」


『……魔力は、ほとんど使っておらん。』


「当然じゃ。」


イズナは笑う。


「想像が明確なら、魔力は最小で済む。

想像が曖昧なら、魔力で殴るしかなくなる。」


近づき、我の額を指で軽く突く。


「お主は、ずっと後者じゃった。」


『無駄に魔力を使い失敗していたな。』


「じゃがな。」


イズナは一歩引き、尾を揺らす。


「これからのお主は、ちゃんと考えられる」


「魔力を上手く制御できれば――

幹部相手でも、主導権を握れるじゃろうな。」


『……それは…』


「儂が保証する。」


きっぱりと、言い切った。

その言葉が、不思議と胸に響く。


『…その、なんだ。礼を言おう。』


「ん。よいよい。同じ冒険者じゃからのぅ。まぁ、今日の修行はここまでにするかのぅ。」


イズナは背を向ける。


「近いうちまた修行をつけてやるのじゃ。

…冒険者ジーク、マーシャ。そしてペットのダイオウ。それまで元気でのぅ。」


『我はペットではないわ!』


「冗談じゃよ。」


くすりと笑った後、狐は軽く跳ね街の方へ消えていった。


残された我らは、しばらくその場で立ち尽くす。


「……なぁ、マーシャ、ダイオウ。」


ジークが言った。


「何?」


「明日、ある人のところに行きたいんだけど…いいかな?」


「誰よそれ?」


「ギルド職員の、レインさんのところ。」


「レインさんって…昇格試験の時の?」


「あぁ。」


『…あの女か。』


何となく、覚えている。


短い髪に無表情な顔。

一瞬だが我をジトっとした目で見ていた女だ。


「なんで突然…」


「いや、俺も強くならないとなぁって思ったからさ。」


「……それでどうしてギルド職員に会いにいくのよ。依頼を大量に受けるわけ?」


マーシャの言葉にジークは一瞬キョトンとしてから答える。


「知らないのか?実はレインさん、Aランクの冒険者なんだってさ。」


「はぁ!?」


『Aランク…だと!?』


ジークの一言に我らは驚きを隠せなかった。


―――


「くしゅんっ」


「レインさん、風邪?」


「…いえ。少し寒気がしただけです。」


同僚の言葉に淡々と無表情で答えたレインは、嫌な予感を感じながらも黙々と仕事をするのであった。

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