第十二話「王都へ」
リューグラードを発ってから、半日が過ぎた。
街道は王都へと続く太い一本道。
商人の馬車、巡回兵、冒険者の一団――
人の往来は多く、街と街を結ぶ血管のようである。
王都アルカディアまでは徒歩で約五日。
いつ王都に魔王軍が攻めてくるのか分からない以上、少しでも早く王都に着きたいところだが-
『……馬車を使った方が早いだろう。なぜ歩くのだ?』
「いやぁ…金欠でさぁ…」
ジークが目を泳がせながら答える。
『……森の調査依頼で金貨を貰ったよな…?』
「……ふ……し…した。」
我の問いに対し、ジークは何か呟く。
『…なんだ?聞こえんぞ。』
「……寄付…しました。」
『なるほど寄付か。……寄付?』
「リューグラードの復興に少しでもお金が必要だろ!?だから…!」
『旅の資金はどうするのだ!?』
「銀貨がまだ少しあるから!多分何とかなるから!」
『その銀貨で馬車に乗ればいいだろう!』
「馬車乗ったら一文無しだよ!!」
『寄付する前に相談せんか!』
「…うるさい!!」
我らの言い争いを、マーシャが大声で制す。
「あ、あぁ…。ごめん…。」
『ム…悪かった…。』
普段より圧があるマーシャに驚きつつも謝罪をする。
少し気まずくなったのか、ジークが周囲を見渡しながら話を振る。
「……思ったより、平和だな。」
「…王都に近づくにつれて、警備も増えるはずよ。」
マーシャの声は、どこか硬い。
『……王都が襲撃されれば、大事件になるであろうな。』
「……そうね。」
返事はあったが、歯切れは悪い。
マーシャの足取りは重く、魔力が微かに揺れている。
恐れではない。
戦いへの緊張でもない。
恐らくマーシャは、王都に何かがある。
我はそれ以上踏み込まず、ただ隣を歩き続けた。
二日目の夜明け前。
森を抜ける街道で、異変が起きた。
『……止まれ。』
我が声を落とした瞬間、草むらが揺れる。
「魔獣か!」
ジークが剣を抜き、マーシャが杖を構える。
姿を現したのは、四足の狼型魔獣が三体。
リューグラードを襲撃したゾルヴァーンが引き連れていた魔獣によく似ている。
「数は少ない……行ける!」
ジークが踏み込む。
『無理に前に出るな。囲まれる。』
我が忠告するより早く、一体が側面から我の方へ跳んだ。
『速いな…ッ!』
「水弾魔法!」
マーシャの魔法が正確に魔獣を撃ち抜く。
それとほぼ同時に、ジークが一体を素早く仕留める。
残り一体。
我は魔力を練り、低く詠唱した。
『獄炎魔法。』
炎が魔獣を包み込み、燃やし尽くす。
「……終わりね。」
「連携、だいぶ良くなってきたな!」
『……悪くない。』
二人の成長は確かだ。
かつての我の配下に比べれば未熟だが――
それでも、生き残る力は備えつつある。
三日目。
街道は徐々に石畳へと変わり、建物の数も増えていく。
その頃から、マーシャの魔力の乱れは顕著になった。
詠唱の前に一瞬の間が生まれる。
歩調が僅かに遅れる。
視線が、遠く王都の方角へ向くことが増えた。
『……無理をしているな。』
「え……?」
『魔力が安定していない。王都が、嫌か。』
マーシャは一瞬言葉を失い、視線を逸らした。
「……嫌、というか……。」
言葉を探すように、唇を噛む。
「王都には……凄い魔術師がたくさんいるの。私より、ずっと優秀で……。」
『……比較されるのが、嫌か。』
「……そんなとこ。」
短い返事。
それ以上は、何も聞けなかった。
四日目の夕刻。
王都アルカディアが、地平線の向こうに姿を現す。
高い城壁。
幾重にも張られた結界。
巡回する兵士の数――
多い。
『……少し早く到着したな。』
「でっか……。」
ジークが息を呑む。
『ここが…』
「……王都、アルカディア。」
マーシャの声は、もう震えていない。
だが魔力は、静かに張り詰めている。
城門前には、検問が設けられていた。
「冒険者証を提示してください。」
ジークとマーシャは問題なく通過する。
そして――我の番。
警備員の視線が、一斉に集まる。
「……魔獣?」
ざわめきが広がる。
「おい、連れてきたのか……?」
「王都に、魔獣を?」
槍が我に向けて構えられる。
『……我は冒険者パーティーの一員だ。敵意はない。』
「なんだコイツ!?」
「声が脳に響いてるぞ!?」
「落ち着け、規則では――」
空気が張り詰める。
マーシャが一歩前に出た。
「コイツは…姿は魔獣ですが、私達のパーティメンバーです。」
ジークも続く。
「保証します!コイツがいなきゃ、リューグラードは――」
警備員は少し考え、上の者に確認すると言いその場を離れる。
少しして、一人の男がやって来る。
「見たことの無い魔獣が王都に入ろうとしていると聞いて来てみれば…」
黒い長髪、右目は前髪で隠れている。
黒い眼鏡をかけ、全身を黒い制服で包んだ男が我を見つめる。
「私は王都警備兵団の副隊長、アルスティアという者だ。」
『…ダイオウだ。』
「そうか。ではダイオウ、お前は魔法が使えるらしいな。」
『…あぁ。主に火属性魔法が使える。』
「リューグラードを襲撃から守ったというのは本当か?」
『…我一人の力ではないがな。』
アルスティアは見定めるようにしばらく無言で見つめる。
「…いいだろう、通るといい。」
『…いいのか?』
「…いいんですか?」
「…また隊長に怒られませんか?」
アルスティアが通行の許可を出すと、部下達が不安そうに声をかける。
「大丈夫だ。私が許可する。」
「知りませんからね…」
「あの…それじゃあ、通っていいですか?」
ジークが恐る恐る尋ねる。
「あぁ。」
アルスティアが即答し、我らは城門を通ろうとする。
「……城を目指せ。」
すれ違う瞬間に、横から声が聞こえた。
「…アルスティアさん、今何か…」
「私は何も言っていない。行きたまえ。」
「は、はい…。」
確かにアルスティアの声で聞こえたが、口元は動いていないようにも見えた。
それ以上は何も聞けず、そのまま城門を通過し街へ入る。
我らは襲撃前に王都へとたどり着いた。
――また戦いが始まる。
不安を抱えながら、我は空を見あげた。




