第九話「Aランクの実力」
荒野は、静かだった。
街からかなり離れたその場所は、風が吹き抜けるだけで、人の気配も、建物もない。
「……ここで、ですか?」
ジークが周囲を見渡す。
「はい。」
レインは淡々と頷いた。
「巡回業務は終わりました。ここなら人も来ないでしょう。」
その言葉と同時に――
空気が、変わった。
『……来るぞ。』
我がそう呟いた瞬間。
レインの魔力が、跳ね上がった。
「っ!?」
ジークが反射的に後退する。
魔力そのものは荒々しくない。
イズナほど魔力量が規格外な訳でもない。
だが、研ぎ澄まされ、無駄がなく、圧がある。
「安心してください。」
レインは静かに言った。
「殺しませんので。」
その言葉が、逆に恐ろしい。
「では、ジークさん。」
レインが一歩踏み出す。
「私と一対一で、模擬戦を。」
「い、いきなりですか!?」
「実践が一番です。」
剣に手をかける。
「マーシャさんとダイオウさんは介入禁止でお願いします。」
「了解……。」
マーシャが距離を取る。
我も少し離れて動きを見る。
ジークが剣を抜き、構えた。
「……行きます!」
踏み込み、渾身の一撃。
――だが。
カン、と乾いた音。
レインは半歩ずれ、軽く攻撃を受け流していた。
次の瞬間。
「ぐっ!?」
腹部に衝撃。
短剣を使わず、蹴りを入れられる。
「はい、終了です。」
「は、早すぎません!?」
「魔王軍幹部との戦闘であれば、これで瀕死になる可能性もあります。」
レインは冷静だった。
「ジークさん。」
近づき、問いかける。
「今、何を考えて攻撃しましたか?」
「え……当たれ、って……」
「剣は“当てる”ものではありません。“通す”ものです。」
「通す……?」
「相手がどう動くか。どう避けるか。
こちらが攻撃すべきなのか、受け流すべきなのか。
そこまで想定して、初めて剣になります。」
ジークは唇を噛みしめた。
「もう一度お願いします!」
「…無論、そのつもりです。」
ジークとレインが再び構える--
「攻撃を完全には受け流せていません。次。」
「カウンターを警戒し過ぎて攻撃に迷いがあります。次。」
「剣の動きに集中し過ぎています。体術も警戒してください。次。」
何度も-
何度も、何度も--
ジークはレインと模擬戦を続けた。
「…ハァ…ハァ…まだ行けます…!」
息を切らしながらも、強く剣を握る。
「…次に移りましょう。」
レインはマーシャを見ながら言う。
「二人で来てください。」
「連携、ってことですか?」
ジークとマーシャが並ぶ。
「役割は固定しません。」
「え?」
「以前、マーシャさんに前に出すぎたと言いましたが…」
レインが二人を交互に見つめ、続ける。
「戦場では状況が常に変わります。
前衛・後衛を固定しすぎたパーティは、壊された瞬間に壊滅します。」
『……容赦がないな。』
「ダイオウさんは、戦闘には参加しないでください。アドバイスはお好きに。…では、行きます。」
宣言と同時に、レインが踏み込む。
速い。
マーシャが即座に魔法を放つ。
だが――
「遅い。」
短剣で逸らされ、懐に入られる。
「っ!?」
ジークが割り込む。
剣と剣が交錯。
だが、その瞬間。
「連携失敗。」
蹴りがジークを吹き飛ばす。
「ぐあっ!」
「ジーク!」
「止めません。続けてください。」
ジークは必死に立ち上がる。
だが、二人の攻撃が噛み合わない。
互いを気にするあまり、判断が遅れる。
『これは…守ろうとして、互いを縛っているのか?…ジーク!』
「な、なんだダイオウ!」
『お前はマーシャを守ろうとしすぎだ。
マーシャもお前を気にしすぎている。』
「でも――」
『信じろ。任せろ。
それができない連携は、ただの足手まといだ。』
一瞬の沈黙。
「……分かった。」
ジークは深く息を吸う。
「マーシャ。俺は前しか見ない。」
「……私も。」
再開。
今度は、動きが違った。
マーシャは詠唱に集中し、
ジークは剣に集中する。
互いを“信じて、任せる”。
「……少し、マシになりました。」
レインの評価は辛い。
だが――確かな進歩だった。
「最後です。」
レインが真正面に立つ。
「ジークさん。本気で来なさい。」
「……はい。」
覚悟を決める。
踏み込む。
今までで一番、考えた一撃。
仲間を信じて、踏み込んだ一撃。
レインは避け、距離を取る。
だが――
「……ほう。」
避けた先にマーシャの魔法が放たれている。
レインは体を捻り、交わす。
「そこだぁッ!」
ジークが強く踏み込み、こちらに向かってくる。
視線を逸らすと、マーシャが再び魔法を放とうと詠唱を始めている。
一瞬、目を瞑り考える。そして-
短剣を、ジークに向けて投げた。
「「なッ!?」」
予想外の行動に、ほんの一瞬。
ジークとマーシャの動きが止まる。
その隙を見逃さず、レインは魔法を使用する。
「加速魔法〈アクセル〉」
次の瞬間。
レインの動きが加速し、ジークの懐に入り込む。
投げた短剣がジークに当たる前に手に取り、ジークに蹴りを入れる。
「ぐぉッ!?」
倒れたジークの喉元には、短剣が向けられていた。
「…敗北です。」
だが、ジークは笑っていた。
「……でも、今のは、前より届いた気がします。」
沈黙。
風が荒野を吹き抜ける。
「……えぇ。」
レインは小さく頷いた。
「強くなるとは。」
レインは言う。
「才能によるものではありません。」
一歩近づく。
「考え続けること。
仲間を信じること。
そして――折れないことです。」
ジークは深く頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「……今日はここまでです。」
背を向け、歩き出すレイン。
だが、最後に一言だけ。
「次があれば……もっと地獄ですよ。」
と、振り向いて言う。
「…!はい、ありがとうございました!」
ジークが頭を下げる。
その時だった。
ウゥゥゥ……ウゥゥゥ…!
我らが拠点としている街、リューグラードの方向から、叫び声のような音-
サイレンの音が鳴り響く。
「なんだ、この音!?」
「これは…」
サイレンの音に、レインの表情には焦りのようなものが見える。
『…この音について、何か知っているのか?』
「…えぇ。街が、何かしらの危機にある際に鳴り響くものです…。」
「危機って…災害とか敵襲とか!?」
マーシャが問う。
「原因は不明ですが、急いだ方が良さそうです。」
そう言い、レインは背を向ける。
「待ってください、俺達も行きます!」
「…そうですね。敵襲だった場合、戦力は多い方がいいです。私は先に向かいます。どうか、ご無事で。」
「えぇ。レインさんもね。私達もすぐに向かうわ。」
マーシャの言葉にレインは頷く。
「それでは。加速魔法〈アクセル〉…!」
レインの動きが加速し、どんどん離れていく。
「よし、俺達も急ごう!」
「えぇ!」
『フン。拠点が無くなると困るしな。…ジーク、背負え。』
「お、おう!」
ジークの背中にしがみつき、街へと向かう。
夕日がリューグラードの方向を不気味に照らしていた。




