第一話「その日、我は敗北した」
――カサカサ。
低い。
視界が、やたらと低い。
『……ム?』
我は、思考を巡らせる。
『……なぜだ。我は、もっと高い場所から世界を見下ろしていたはずだ』
動こうとする。
だが、体が言うことを聞かない。
代わりに、聞き慣れない音が鳴った。
――カサ、カサカサ。
『…………』
嫌な予感がした。
視界の端に映るのは、黒く光る装甲のようなもの。 いや、装甲ではない。
脚だ。
やたらと、多い。
『……待て』
数える。
一、二、三――
途中でやめた。
『……なぜ、我には脚がこんなにもある?』
その瞬間、記憶が蘇る。
「ク、ハハハ!!勇者よ!よくぞここまで強くなったものだ!だが、ここまでのようだな!」
我は勇者パーティーと戦い、壊滅に追い込んでいた。
「ぐッ…!ここまで…なのか!?」
「貴様との長い戦いもこれで終わりだ。この世界は我が支配するのだ!」
「まだ…負けていませんよ…」
「ム…?」
倒したはずの僧侶がふらつきながらも立ち上がってくる。
「そうね……私もまだ勇者に伝えたいこと、あるから、負けられないわ……」
僧侶に続き、魔術師も地面に落ちた杖を拾い立ち上がっている。
「俺様達で…魔王を倒して、英雄になるんだろ…!」
それに続き戦士も立ち上がり斧を構えている。
「何だと…?貴様ら……なぜ立ち上がれる!?」
「お前ら……そうだよな!俺たちはまだ負けていない!いくぞ!」
三人の言葉に鼓舞されたのか、勇者も再び剣を向ける。
「おのれ…!」
壊滅に追い込んだはずの勇者パーティーは再び立ち上がり、我に向かって総攻撃を仕掛けてくる。
形勢は逆転し、我は次第に追い詰められていった。
魔法障壁を張るが、勇者たちの連携の前に砕かれていく。
「この……!我が……!」
ついに我の魔力は尽き、魔法で障壁が作れなくなる。
最期に見たのは、魔力の尽きた隙を見逃さず、我の胸元に剣を突き刺す勇者の姿だった。
「これで!終わり…だぁ…ッ!!」
「おの…れぇ……!!」
こうして、我は勇者たちに敗北した。
『………………ム?』
勇者に敗れ死んだはずの我は目を覚ます。
とても暗い闇の中…いや、まるで海の中のようだ。
『生きて…いる…?』
違和感。
確かに意識は我のものだが、体がまるでいうことを聞かない
『というか……ここ、海の中だな…だが呼吸はできている……』
すると突然、頭の中に声が聞こえてくる。
「魔王よ……聞こえますか…?」
『誰だキサマ!?脳内に直接!?』
「私は女神。あなたは前世で魔王として多くの罪を犯しました。その罪を償うため、この世界で悪を、魔王を倒すのです。ダイオウグソクムシとして。」
『魔王である我が魔王を倒すだと…?…というかオイ!なんだダイオウグソクムシとは!しれっと流しそうになったが、何なのだ!?』
「ダイオウグソクムシとは、等脚目スナホリムシ科に属する甲殻類の……」
『待て待て分からん!!何を言っとるのだキサマ!?』
「まぁ、自分の体を見てみなさい。」
目の前に、光る鏡が現れ、我の姿を映し出す。
そこに映るのは脚が多く、身体は鎧のようなものに包まれた…見たことの無い魔物(?)の姿だった。
『何だぁ!!この体は!!?』
「ダイオウグソクムシです。」
『それは聞いたわ!!』
「安心しなさい。魔王討伐の手助けとなるよう、いくつか加護を与えます。1つ、あなたは海の中でも、陸の上でも呼吸ができるようになります。魔王は深海にはいませんからね。」
『オイ!話を進めるな!そもそも、深海に魔王がいないのならなんで我を……』
「2つ、念話、つまりテレパシーで会話ができます。喋れないままでは不便ですからね。」
『だから、それならわざわざダイオウグソクムシに転生させなくても……』
「最後に3つ、特別に魔法の使えるダイオウグソクムシにしてあげましょう。さぁ、これで魔王を倒す準備は整いました。」
『訳が分からん!認めん!魔王討伐など我はしないからな!!』
「もし、この世界の勇者とともに魔王を倒したのなら、あなたを元の世界の、勇者と戦う前に戻してあげましょう。今即決していただければ魔力三倍サービスもお付けします。」
『何をしている!さっさと我を勇者のもとに案内しろ!』
「成立ですね。では、いってらっしゃい。」
体が光に包まれる。
転移魔法だろう。
気づけば我は、知らぬ街にいた。
『…ここは…どこかで見たような…ム?』
我の目に映ったのは、街に入ろうとしている男女…
腰に剣を携えた男と、片手に杖を持った女だった。
『フン。聞いてみるか。』
我は2人組に近づく。
足元からはカサカサと音が鳴る。
『ム?これは…威圧になるかもな。…オイ、キサマら…』
カサカサと相手を威圧しつつ声をかけた我は、数分後
裏返しにされてお腹をつつかれていた。




