AIだらけの世に爆誕したアーティスト
素晴らしい! これがアートか!!
新星あらわる!
「……は?」
朝起きてモニターでニュースを見た瞬間、俺は一発で眠気が覚めてしまった。
先ほどのコメントと共に、俺が描いた絵がでかでかと載っていたからだ。
そして今気づいたことだが、ベッドのそばに置いてある俺のデバイスからずっと通知音が鳴り響いている。
どうやら、俺がSNSでフォローされたことを示す通知のようだ。これまでは月に一件あれば良かったくらいのレアな通知が、今はゲームのノーマルキャラのような頻度で俺がフォローされたことを知らせてくれる。
俺の絵ははっきり言って下手くそだ。
今まではSNSに投稿したことはなかったんだが、昨夜、酒に酔った勢いでついにアップロードしてしまった。
その後、どうやら寝落ちしてしまったようだが……。
しかしその投稿した絵が、なぜか大勢の人の琴線に触れたらしい。
今はもはや、絵も小説も漫画も映画も音楽もすべてAIが作りだす時代。
AIによって生まれる絵はハイクオリティだ。
それに比べると俺の絵なんてミジンコみたいなものである。
AIが台頭していることもあり、自分の手で創作しようという人間はほとんどいなくなってしまった。
絵をアップロードしても見向きもされず、そのうち姿を消したアーティストを何人も知っている。
俺の絵だって、そうなるのが普通のなりゆきってものだが。
どうやら、今回は一人のインフルエンサーが俺の絵をシェアしつつコメントしたのがきっかけのようだ。
なんでも、AIでは表現できないような、独特な絵柄だとか。
それからトントン拍子に世界の隅々へと俺の絵が広まっていき、しまいにはニュースで取り上げられるまでになったらしい。
世の中何が起こるか分からないものだ。
絵描きとも呼べないような俺の絵が、かつてのゴッホやピカソの絵よりも有名になったなんて。
あの日以来、俺がSNSで絵をアップロードするたびに賞賛のコメントが届く。
俺だってやっぱり絵を見てもらえるのは嬉しい。褒めてもらえるのは嬉しい。
最初は有頂天になっていた。
調子にのって自分の絵についてあれこれ語ったりしていた。
でも、なんか違うんじゃないか?
ある時から、そんな違和感が俺の中に泥のように堆積しはじめた。
もちろん理由は分かっている。
俺の絵が稚拙だから。
そのことを俺は痛いほどに知っている。
SNSで俺の絵に寄せられた好意的なコメントをざっと目でなぞる。
なぜ、この人たちは俺の絵なんかを褒めるんだ?
もはや人々がありがたみを感じなくなったAIの絵は、俺なんかじゃ逆立ちしたって勝てないくらいに美しい。
そんなAIが生み出す絵と比べて……いや、比べるまでもなく、俺の絵に芸術的価値なんてあるわけないのに。
……ああ、そうか。
象に鼻で絵筆を持たせ、絵を描かせて出来た作品を素晴らしいと褒めそやす場面を見たことがある。
それと似たようなものなのかもな。確かにAIには出来ないことだ。
象が描いた絵のように、俺の絵は珍しいだけ。ただそれだけ。
そんな結論に達してしまった俺は、賞賛されるたび、もはや刺されるような痛みを感じるようになった。
「突如現れた芸術界の新星にトロフィーが授与されます! 盛大な拍手を!」
今日は、俺の活動を讃える式典が行われている。
俺はぎこちない笑みを浮かべ、トロフィーを受け取った。
正面に向き直った俺を、多数のカメラが追いかける。
目の前には俺の一言一句を逃すまいと備え付けられたマイク。
遠くに目をやれば正装を着た男女の群れ。全員が、映画の中から抜け出してきたんじゃないかと思うくらいに美しい。
本来なら、俺程度の人間はここに立っていちゃいけないんだ。
俺は、誰かが表彰されるのをモニターの前で眺めるのがお似合いの人間なんだ。
その時、ついに俺の中で何かが切れてしまったらしい。
俺は、手に持っていたトロフィーを勢いよく床に叩きつけていた。
派手な音と共に、繊細な装飾が無数の欠片となってあたりに飛び散る。
場が、静まりかえった。
皆、目を丸くして俺を見ている。
俺はそんな連中をぐるりと見まわし、とうとう口を開いた。
「お前らはおかしい! 俺の絵が、そんなに素晴らしいわけないだろう!! それくらいのことも分からないのか!? お前らはAIに毒されちまったんだ! AIが作り出したものばかり見すぎて、頭が変になっちまったんだ!!」
ついに本音をぶちまけてしまった。
ああ、これで俺も、以前のように誰からも見向きもされない人間に逆戻りだな。いや、むしろ炎上でさらに有名になっちまうのか?
いずれにせよ、栄光の日々とはおさらばだ。
叫んだ瞬間はすっきりしたものの、すぐに後悔と恐怖とが押し寄せてきた。
トロフィーを壊してしまったことにも申し訳なさがこみ上げてくる。せっかく、俺なんかのために用意してもらったというのに。
高揚感は去って今では震えはじめた身体をなんとか両足で支え、聴衆の反応を恐る恐る見守った。
やがて、手を叩く一つの音が静寂を破った。
それらはいつしか無数に重なり、拍手となってあたりを覆いつくす。
俺がトロフィーを受け取った時のそれとは比較にならないような、万雷の拍手。
スタンディングオベーションというやつか。
皆が競うように、我先にと立ち上がり。
どいつもこいつも、顔に作りもののような大仰な笑みを貼り付けて。
怖いくらいに、俺を、俺だけを見ている。
予想と違う光景に俺がたじろいでいると、視界の中で数多の口がさまざまな形に動く。
「最高だ!」
「これも、新たなアートなのだな!」
「素晴らしい! 素晴らしすぎる!!」
「見てください! あの顔! あの壊れたトロフィー! そして先ほどの全てを振り絞ったかのような叫び! これこそまさに芸術ですよ!!」
「さすがね! きっと、ここに来る前からそうしようと考えてたのよ! AIには出来ない高度な表現だわ!」
「彼こそ千年に一人の逸材!」
……俺は、悪夢でも見ているのだろうか?
いや、むしろそうであってくれ。
さっきまで俺の中にあった様々な感情が、新たな感情によって塗りつぶされていく。
絶望、という暗い一色に。
「違う、違うんだ……これはアートなんかじゃないんだ……俺はただの未熟な……」
俺はうずくまり、すすり泣いた。
ますます激しくなった拍手とカメラのフラッシュとが、そんな俺の上に降り注いだ。




