祝賀会
投稿遅くなりました
お楽しみください
祝賀会へ向かう時刻となったのか、レイヴィスの側近が部屋に呼びに来た。
「では行こうか……シェイラ」
「はい、陛下」
レイヴィスは家名で呼ぶか、名前で呼ぶかを少し考えて名前を呼ぶことにした。シェイラの反応が気になって確認するも、当の本人に変化はなさそうである。思わず安堵してしまったレイヴィスだが、すぐにこれからの自分の責務を思い出して、シェイラに手を差し出した。
しかし予想外にも、そっと添えられた白い手に、先程レイヴィスが渡した指輪が光っているのを見て、妙な多幸感を感じたのである。
「あの……陛下」
手を差し出して受け入れたにもかかわらず、いつまでも歩き出さないことに疑問を持ったのだろう。シェイラがこちらをじっと見ていた。
その瞬間、血の気が引くような罪悪感をレイヴィスは感じた。
これは政略的に必要だから行う結婚で、そもそもレイヴィスはエイミーのことを忘れたことなど一度たりともなかった。たった一瞬でも感じた嬉しさは、エイミーと築くはずだった未来を否定し、それがとても恐ろしい罪のようにさえ感じられる。
いったいいつから、こんなにも未練がましくなってしまったのか。一国の国王としてはあるまじきことだともわかっている。
「ああ……悪い、行こうか」
レイヴィスは、何事もなかったかのようにそう告げて祝賀会に向かった。それに合わせるかのように、シェイラも何も尋ねてこない。そればかりか、シェイラの振る舞いはずっと王妃として完璧なものだった。非の打ち所がないとはこのことだろう。
覚悟を持ってきてくれた彼女に対して自分は何だ。彼女に責務だのなんだの押し付けておきながら、自分は何と情けないことか。
先程とは違う、別の罪悪感がレイヴィスの心を蝕んだ。
「陛下、もしや体調がお悪いのですか?」
突然、シェイラが口を開く。
「申し訳ありません。このような往来でお聞きすることではないとは分かっているのですが、先程から顔色がよろしくないように思えて……」
「……祝賀会のために時間を空けようと少し無理をしただけだ。問題ない」
「無理は……なさらないでください。たった一つの、大切な御体ですから」
表情からわかる。これは本気で心配している目だ。
(……さすが、エイミーの親友だ)
そう納得したところで、レイヴィスは安心させようと笑いかける。
「わかった。無茶はしない。この祝賀会が終われば、少し休むことにする」
「……必ず、そうなさってください。過労は侮ってはいけません。残された者はとても悲しい思いをするものです」
そう言われて、ホルマード家の前当主は、疫病の際の過労で失くなっていたことを思い出した。
「約束しよう。必ず休む。貴女のような美しい人をおいて死んでしまっては、あの世でエイミーとホルマード侯爵に怒られる」
やがて、祝賀会の会場に到着した二人は、歓声の沸き起こる広間へと足を踏み入れた。
疫病があってからというもの、金銭的にも余裕がないホルマード家は、社交界からも足を遠ざけていた。しばらくぶりの公の場であったにもかかわらず、本当に喜んでいる者とそうでない者、無関心な者の視線とはいつになっても判別できる。
あの壁際の令嬢たちの集団は、ひそかに独身である国王の婚約者の座を狙っていた、シェイラより六歳ほど年下の令嬢たちだろう。国王であるレイヴィスには憧れの目を、シェイラには嫉妬と苛立ちの目を向けている。
これほどわかりやすいものはない。
一応、シェイラはこの国でも歴史のある侯爵家の令嬢なのだが、彼女たちからしたら突然現れてレイヴィスの婚約者という立場を奪っていった仇のようにも見えるのだろう。
レイヴィスから一歩下がって歩いていたシェイラは、久々の空気に早くも精神的疲労を感じていた。
すると突然、シェイラの腰にレイヴィスの左手が添えられる。自動的にシェイラはレイヴィスの横を歩くことを許されたことになり、会場はワッと歓声を上げた。
(顔色を変えずにそれをやれるのがすごいことよね)
そう思いつつも、端から見たらシェイラも驚きはしたが、特に表情を変えることはなかった。
国王であるレイヴィスが立つことを許された場所から少し離れた位置に案内され、そこで、レイヴィスの挨拶を見守る。
レイヴィスの挨拶は完璧なものだった。
レイヴィスが若い貴族に人気があることは、噂に聞いていた。古い体制を変え、新しい改革を行ってきたことで、一部の貴族からは反感を買っていたことも。
ただしそれは、国王となって間もない頃の話。
改革が軌道に乗りだして、あらゆる分野でうまく機能しだすと、反感を持っていた貴族たちの声は小さくなっていった。
ふと気がつくと、レイヴィスがシェイラの方を見て微笑んでいた。そして、促すように手を差し伸べる。応じるように手を重ねると、優しく隣へと誘導される。
隣に立ったというだけで、すぐ近くでレイヴィスを見ていた時とは違う視線の熱さに、思わず気圧されてしまいそうになる。そっと、レイヴィスの手がシェイラの腰に添えられる。それだけで、少しの安心と勇気が得られる。
「……長らく、疫病からの復興のため、王国全土の発展のため、私は王妃を据えてこなかったが、この度シェイラ=ホルマード嬢を王妃を迎えることとなった。彼女は疫病の際、民への食料や住居、医療支援に携わり、今もなお医療を受けることが困難な民への支援を行っている。それらの功績を今後は王妃の立場から、国の発展に生かしてもらいたいと思う。この祝賀の場を借りて、ここで紹介させてもらう」
レイヴィスが挨拶をすると、会場からは拍手が起こった。シェイラはその場でひとつお辞儀をする。
この祝賀のメインはほぼ終わったも同然だった。残りはレイヴィスの横で各人の挨拶を受ける程度だ。
「疲れてはいないか?」
様々な貴族からの挨拶を受けたあと、レイヴィスが尋ねる。
「大丈夫です。久しぶりの社交界ということで緊張はしていますが……」
「貴女でも緊張するのだな」
「私を感情なしの鉄仮面とでもお思いですか?」
「いいや。それだけ、貴女の所作には非の打ち所がないということだ」
「……ありがとう、ございます」
驚いた。褒められるとは思っていなかったのだ。
レイヴィスを見上げているシェイラの表情にそのまま書いてあったのだろう。
「……そなたこそ、私を冷血漢とでも思っていたのではないか?」
少しからかうようにそう告げられて、シェイラは思わず赤面した。
「お似合いですね、御二方」
すると、シェイラたちの前に一人の男が現れた。
「遅いぞ、ジェローデル。筆頭公爵のお前の順番は一番最初だろう」
「人気者《ヒーロー》は遅れてやってくるってね。それなりに忙しくしていたんだから大目に見てくれない?」
すると、ジェローデルと呼ばれた男はシェイラに一礼する。
ジェローデル=ユターダル=エヴァンズといえば知らぬ者はいない。国名であるユターダルの名と公爵家序列一位の称号である『エヴァンズ』を与えられる、今現在王国内で国王に次ぐ権力を持ち、本人了承の上で秘密の花園までできているという、まさに社交界の華という存在である。
「ご挨拶が遅れましたこと、申し訳なく思います。妃殿下におかれましては、我が甥にして国王であられる陛下を末永くよろしくお願い致します」
「妃殿下とはまた気が早いな」
「事実だろう。呼び方が少し早まるだけのことだ」
国王であるレイヴィスに対して、こうも砕けた話しぶりな理由は、ジェローデルが先々代の王が晩年になってから生まれた王子であったことにある。レイヴィスとの歳の差は六つ。レイヴィスの父である先王も歳の離れた弟を可愛がっていたため、二人は兄弟のように育ったと聞いている。
「ジェローデル様、ご挨拶申し上げます。シェイラ=ホルマードと申します。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
「……あなたが覚悟を持ってこの場に来てくださったことに、私は王家の人間として、この場の貴族の代表してあなたに感謝申し上げます」
(ユタ語……! )
ジェローデルはその一瞬、これまで全員が使っていた大陸公用語ではなく、ユターダル王国の前進であるユタ王国の言語を使ってそう告げた。
「……亡き父は常々、貴族の役目とは何か、その役目を果たすよう申していました。その役目を果たしに私はここに来ました。感謝されるだけの王妃になりに来たわけではありません。ですから、ジェローデル様」
シェイラは、一歩後ろに下がると深く頭を下げた。
「私がこの国の王妃として間違いを選択したのであれば、それを戒めてください。陛下とともにこれまでこの国を支えていらしたあなた様にそれをお頼みしたいのです」
シェイラも同じくユタ語で返す。先に仕掛けてきたのはジェローデルの方なのだが、その表情には驚きがみえる。
「……ッハハ! ジェローデルにそれを頼める時点で、王妃として十分な資質を持っているのではないか? なぁ、ジェローデル」
「はい。妃殿下、どうぞこれよりは私に敬称は必要ございません。この先もこのジェローデル、両陛下の支えとなることをお約束致します」
筆頭公爵がシェイラを王妃と認めた。
それは瞬く間に社交界に広まり、貴族達は表向きには国王と新しい王妃に従う意思を見せ始めた。
ジェローデルがあえて遅れて出席し、目立つような姿を見せたのは、ある種の仕掛けだったのだろう。
祝賀会は無事に終わった。
結婚式まで一ヶ月。おそらくはあっという間にその時は来るだろう。シェイラもそれまでにやれることを済ませておかなくてはならない。
屋敷に戻って、寝台に倒れ込む。
この屋敷にいるのも、残り三日。そう思うと眠るのも惜しく思えてくるが、久々の社交界は想像よりも疲労を感じていたらしい。いつの間にか瞼を閉じて、そのまま眠ってしまった。