陛下のお願い
第3話!お楽しみください。
祝賀会に出るとなれば、それ相応の身なりを整えなくてはならない。しかしながら、ホルマード家にそれを整えるための資金も使用人もいるはずがなく……などと思っていたら、結婚に同意した次の日には、王家から毎日のように流行のドレスや装飾品が送られてきて、側仕えの女官までもが派遣されてきた。
そうして、派遣されてきた女官や教師達から王妃教育を施される。元々、侯爵家の人間として貴族の模範となるべきシェイラは、王妃教育に近しいものはすでに習得をしていた。では、何を勉強するかといえば現在の王宮の体制と諸外国の関係値、そして淑女としての手習いの再確認程度である。
そんな日々を過ごして、あっという間に訪れた祝賀会。これは元々建国の日を祝うものであったが、疫病があってからはその復興を祝う会ともなっている。
この祝賀会が終われば、数日のうちにシェイラは婚約者として王宮に住まうことになるため、王都での生活もあと少しである。
「姉上がそのように着飾っていらっしゃるのを久しぶりに目にしました」
王宮へと向かう馬車の中で、カミーユは言った。
「ねぇ、カミーユ。このドレス、少し歳若すぎないかしら? 一応、私は二十六歳なわけで。祝賀会には私より若い方々もいらっしゃるのよ」
「姉上は昔から自分を下げるところがありますが、誰の目から見ても立派な次期王妃殿下ですよ。とてもよくお似合いです」
「……それなら、良いのだけれど」
「あとは気持ちの持ちようです。そのように自信なさげでは王宮で生きていけないことは、お忘れではないでしょう? 今回の結婚、我が家をよく思わない家はたくさんあります。まぁ、当主が若い僕ですから、多少舐めているところはあるのでしょう。僕もまだまだということです」
こうはいいつつも、全くそうは思っていなそうな笑顔を浮かべる弟を少し複雑な気持ちでシェイラは見守る。
実際、カミーユは若き外交官として王宮ではみるみるうちに出世しており、何より後見に叔父がついているとはいえ、ホルマード家の当主として申し分のない働きをしている。
疫病で貴族の数もかなり減った。権力を狙う者は、侯爵家であるホルマード家がかつての勢いを取り戻し、力を持つことはよく思わないだろう。シェイラが知らなかっただけで、未婚の国王であれば妃の座を巡って、争いが起こっているのかもしれない。王宮とはいつだって、権力争いの舞台だった。
「そうね……。忘れていたわ」
「お任せください、姉上。きっと心無い言葉も聞こえてくるでしょう。そのような声は僕と叔父様に任せて、王妃となる未来を考えて動いてください」
「ありがとう、カミーユ。でも、無茶はしちゃ駄目よ?」
そんな話をしながら王宮に到着する。
馬車の着いた先は祝賀会の開場前ではなく、王宮の通用門の方であった。
「シェイラ=ホルマード嬢。よくここへ来てくれた」
馬車の外でシェイラを迎えたのは他でもない、この国の国王レイヴィスその人だった。
「国王陛下にご挨拶を」
馬車を降りてシェイラが挨拶をする。
「堅苦しい挨拶は無しだ。シェイラ殿、カミーユ殿、突然の結婚の申込みに応じてこれまで準備を進めてくれたこと感謝する」
「いいえ、私共もこれほどたくさんの品々を送っていただきありがとうございました」
「当然だ」
シェイラが顔をあげると、レイヴィスはシェイラをじっと見ていた。
「よく似合っている」
「あ、ありがとうございます」
「少し貴女と話がしたい。カミーユ殿、良いだろうか」
「はい」
レイヴィスはシェイラに手を差し、シェイラがそれを受けると宮殿の奥の部屋に案内された。
案内された部屋で、シェイラは席へと案内される。その対面にレイヴィスが座ると、シェイラは深々と謝罪をした。
「突然の結婚の申込みを受け入れてくれたこと、この国の王として感謝する。同意を示してくれたあともなかなか会う時間を得られず……このように祝賀の直前となってしまい申し訳ない」
「おやめください。私も私なりに覚悟してここに来ているのです。王宮は今もなお人材不足と聞いております。この国の王たる御方が、そう簡単に時間を作ることなどできないことも理解しております」
「理解が得られるのは嬉しいことでもあるが、これは私が一人の男として、これから自分の妻となる女性への誠実さに欠けると判断してのことだ。伝え聞いたことだろうが、この結婚は諸外国の情勢を鑑み、そして私も決して若いわけではないから釣り合う貴女を選んだという……貴女を政治の道具とでも言わんばかりの選考だった。それに、親友の婚約者だった私に嫁げと言われるのも良い気持ちはしないだろう」
「……」
「貴女のことはいつもエミリーから聞いていた。なお一層、侯爵家の人間の責務などと言われても複雑な心はあるだろう。それでも先程のように覚悟を持って来てくれたのなら、私にとってはありがたいことだ」
レイヴィスは懐から小さな小箱を取り出した。
「これは、今では亡き母の唯一の形見となったものだ」
中にはサファイアの青色が輝く指輪が入っていた。レイヴィスはそれを手に取ると、シェイラの指に通した。
「本来、この国には代々王妃に受け継がれる指輪があるのだが、亡き母は例の疫病の際もそれを身に着けていらしたため、病の蔓延を防ぐためだと家財すべてを処分しなくてはならなかった。この指輪は私が幼いときに強請って、いつか私の妻になる者にと思い、手元に持っていたものだ。由緒あるものではないが、これを貴方に」
「そのような大切なものを……」
するとレイヴィスは穏やかな顔から一変、王としての表情を見せた。
「我々が王妃に何を望んでいるか……わかるか?」
一見試しているようにも聞こえるそれは、王妃としては当然答えられなくてはいけないことだ。シェイラがこの一ヶ月で決めた覚悟にも当然含まれている。
「一つは、現在の不安定な諸外国の情勢を乗り切れる王妃でなくてはならない。もう一つは……一刻も早いお世継ぎ」
「その通りだ。さすがだね」
「……いえ」
「……この結婚はまさに政治のための結婚で、巷の恋愛小説などとはかけ離れたものではある。それを強いておきながらこの上、なんて押しつけがましいことかと思うのだけれど、一つお願いがある」
「願いですか」
「……私と家族になってほしい」
そう告げられて、シェイラは驚いて声が出なかった。
「驚かせてしまったかな?」
レイヴィスはまた、少しだけ王の仮面が取れたかのようにふにゃりと笑った。
「疫病で両親を亡くしてからというもの、親戚も叔父一人だけでね。君達ホルマード家のような家族の在り方を見ていると何度か羨ましく思ったんだ」
とても貴族のような生活とは程遠い、毎日家の修繕か薬草の管理に悲鳴を上げる我が家の様子を思い出す。
『貧乏だったから、生きるのに精一杯だったのです』
などとは口に出せなかったが、確かに目の前の王はずっと一人で戦ってきたのだろうことは想像できた。
「王妃となるからには背負ってもらわなくてはならないたくさんのものがある。シェイラ嬢、貴女のことは私が守ると約束しよう。私と家族になってほしい」
「……正直、義務を果たすためだけの存在だと思っておりましたから驚いてしまいました」
話しながらでもわかる。
自分の頬が少し、熱を帯びていることが。
「家族になってほしいというお言葉……素直に嬉しく存じます、陛下」
「ほ、本当か?」
何故か子どものように驚くレイヴィスに、シェイラは思わず笑ってしまう。
「はい。少しだけ、肩の荷がおりたような気がいたします。指輪、ありがとうございます。大切にいたしますわ」
「うん。どうぞよろしく、シェイラ」
この結婚に愛はない。
でも、『家族』という言葉だけで大切にされているように感じられた。そんな単純な思いでも胸いっぱいに広がって、この結婚を義務以上に感じていなかったシェイラは、その時とても嬉しかった。
数日前、シェイラに会ったときのことを考えるレイヴィス
「なっ! 『あなたしか考えられない。俺にあなたを守らせてほしい』だと! いやいや無理無理恥ずかしすぎる。大体どの口で……。ん……『わたしの隣を歩いてほしい』……いやぁ……なんだか熟年夫婦みたいな……世の恋人って難しすぎる……」
部下に集めさせた恋愛小説のプロポーズを読み葛藤する陛下でした。