なぜ我が家は貧乏なのか
始まりましたー!
ゆっくり投稿していきますが、よろしくお願いします!
「シェイラ嬢ちゃん!」
いつものように、王都の薬局に薬を納めに行った帰りのこと。シェイラは王都の商店街で突然呼び止められた。
「……あら、パリスのおばさま! 嬢ちゃんはやめてって言ってるじゃない」
「私らからすりゃ、嬢ちゃんはいつまでも嬢ちゃんだよ」
パリスのおばさまこと、マニーラは商店街の仲間たちに「ねぇ?」と同意を求める。
「まったくもう……。おじさんの腰の調子はどう?」
「嬢ちゃんの湿布薬を塗って二日も安静にしていたら、俺は無敵だって言って朝からパンを作ってるよ! 嬢ちゃんにまた助けられたねぇ! はい、これ。本当は本人から手渡したかったんだろうけど、あの人、照れ屋だからさ。私が代わりに持ってきたんだ」
パリスのパン屋といえば、王都で知らない者はいないパン屋である。ここのパンは、シェイラも大好きだ。
「まぁ、嬉しいわ! おじさんにありがとうって伝えてくださる? それからくれぐれも無茶はしないでって。今度また様子を見に来ますね」
「あぁ、伝えとくよ。ハサキ夫人にもよろしくお伝えしておくれ」
ここはユターダル王国、王都ユタル。周辺国の中では、そこそこ歴史のある国だ。この百年は、大きな戦争もない穏やかな時代だったが、そんな王国にも七年前に前代未聞の疫病が蔓延し、その影響は王国全土にまで広がった。
終息におよそ一年以上の月日を要したこの疫病では、平民から貴族を含め多くの人が亡くなった。また、当時の国王夫妻や王女殿下はお亡くなりになり、当時二十一歳の王太子殿下と公爵位を与えられていた王弟殿下が、産業も政治も荒廃しきったこの国をなんとか立て直されて今に至る。
シェイラはユターダル王国において、侯爵位を与えられたホルマード家の娘だった。由緒正しい歴史ある家ではあるのだが、当のシェイラ本人はそれには相応しくない少しくたびれた服を身に着けている。
ホルマード家は今、この国のどの貴族よりも貧乏だ。その理由もやはり、七年前の疫病にある。
疫病の際、貴族の多くは感染の広まっていない地方へと避難したが、ホルマード家は当主である父スカイラの判断で王都に留まった。
「侯爵位を賜るホルマード家において、王家の皆様方を置いて逃げるようなことはできない。文武において精通した我が家が王都から立ち退けば、この国は立ち行かなくなる」
そう言って、父スカイラは王都に残った僅かな近衛隊とホルマード家の私兵を使って、治安の悪くなった地域を巡回し続けた。王都に残った母ハサキやシェイラ達は、ホルマード家を民衆に開放し、飢えや病に苦しむ人々に食料や薬剤を提供できるようにした。
どれだけお金を持っていても、荒廃した国では使う場所すらなかった。経済が止まれば飢えはますます加速した。冬が来れば寒さに耐える薪も手に入れるのが困難となり、ホルマード家にあったそれなりの値がする芸術作品はほとんど燃やしてしまった。
疫病が終息し、ホルマード家は王都の復興に必要なお金を惜しみなく工面した。その時点で、我が家に残ったお金は無くなったのだ。ただし、ホルマード家でこの父のやり方に文句を言う者は一人もいなかった。あの時代、誰もが必死だった。救えない命もある中で、救えた命もあった。やるべきことはやりきったと、胸を張って言える。
終息して少しした頃、スカイラは過労で突然倒れてから目覚めなかった。あまりの突然のことに一族は嘆き悲しみ、母ハサキはそれ以来すっかり気落ちしてしまった。
当時のシェイラで十九歳。弟カミーユが十五歳。以降は弟カミーユを当主とし、叔父のテガンが後見を務めてくれている。
そうして七年の歳月が経ち、シェイラは二十六歳となった。貴族の娘としては、所謂行き遅れと言われる歳である。疫病は何もかもを奪っていった。本来なら七年前のあの頃には、婚約者と出会って結婚……なんて未来もあったはずなのだ。
疫病が終息してから遅れつつも結婚する友人達もいたが、シェイラは父から引き継いだ王都の復興に取り組み、医師であった母から学んだ医学の知識で薬が買えない人への手助けに力を注いだ。それ自体を後悔はしていない。
今では、医者として一人前になることが夢でもある。
自分の手で誰かの力になれる。疫病の際、貴族は無力だと痛感した。同じことを繰り返させないために医者として生きたい。そう思うのはとても自然なことだった。
疫病さえなければ……違う未来もあったかもしれない。
それほどにあの疫病は、何もかもを変えてしまったのだ。