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ビジネスホテル殺人事件

 チンと、音が鳴ってエレベーターの扉が開いた。純白のドレスを着た背の高い女性が現れると、エレベーターを出て、辺りを見渡した。ここは、都内の某所にあるビジネスホテルの1階のロビーだ。赤絨毯が敷き詰められて、至るところの壁に、巨大な鏡がある。まだ、朝早いからか、フロントのカウンターに人の姿はない。寂しく、カウンターの上に、呼び出し用のベルが置かれている。

「やあ、由紀子君、こっちだ」

 ロビーの玄関近くのソファに深々と身を沈めて、薄荷菓子を口に入れながら、吉山刑事が、山科由紀子に手招きして呼んでいた。

「ああ、吉山さん、ここにいたんですね。このホテル、すぐ見つけられました?わざわざ、来ていただいて、どうも」

「何せ、新進気鋭の人気ファッションデザイナーの山科由紀子と来れば、朝早くも、何のその、馳せ参じますとも」

「うふふ、ありがとうございます。で、御用件というのは、いったい、何ですのかしら?」

「例のバラバラ殺人の一件ですよ。良ければ、本署のほうで、詳しく容疑者の目撃に関して、お話をお聞きしたいとー」

 その時である。ロビーのエレベーターの扉が開いたかと思うと、中から、狂ったようにあわてて、ひとりの若いサラリーマン風の男が、飛び出してきて、大声で、

「ひ、人殺しだ!こ、殺されている!だ、誰か!誰か!」


 そこは、ホテルの12階のフロアであった。問題は、エレベーターのすぐ傍の、床の上である。紅い絨毯が敷かれた床の上に、無惨にも、男の生首が血まみれで転がっている。そして、すぐ傍に、その場で切断したように、男の首なし死体が、ごろんと横たわっている。その死体は、派手なアロハシャツを着ていた。しかし、首を切断した凶器は、どこにもなかった。

「あたし、学生の頃に」

と、由紀子が青白い顔で言った。

「機械工のアルバイトをしてて、エレベーターに挟まれて、切断された作業員の手首を見たことあるけど」

「うん?」

「生首なんて‥‥‥‥‥‥‥‥」

「殺人事件とみて間違いなさそうだな、今、鑑識を呼ぶよ」

 そして、吉山刑事は、連絡を終えると、そばで、ぶるぶると震えている若いサラリーマンに訊いた。

「失礼ですが、あなたは?」

 すると、男は、困ったように、

「これから、出勤です。でも、こんな怖い目に遭って‥‥‥‥‥‥、誰です?この、殺されてる男は?」

「これから調査します。辺りに手を触れないで下さいね。あなた、お名前は?」

「僕、磯崎啓介って言います。昨日、名古屋から出張で来ました。ただの平凡なサラリーマンですよ。この男とも、関係ありませんし」

 そう言って、黙り込んだ。よく見ると、怪我でもしたのか、磯崎の右手首に、包帯が巻いてある。

その時である。エレベーターのすぐ近くの部屋の扉が開くと、中から、ひとりの老婆が顔を出して、我々を観て、ニッコリと微笑んだが、床の生首に気づくと、ぎょっと驚いたようだった。

「あんたら、警察?これ、事件だよね。この死んでる人、誰?捜査はどうなってるの?」

 吉山刑事が、すかさずに、

「あなたは?」

すると、老婆は、扉から、一歩前へ出てくると勇ましげに、

「あたしは、大島カヨ、このホテルには、旅行でね。格安で行こうと思ったから、このビジネスホテルに来たんだよ。東京観光ってやつでさ、これでも、あたし、北海道の網走から来てんだよ。そこで、精肉業やってんだ。それにしても、おっかないね、旅先の殺人事件ってやつは。くわばら、くわばら」

 そう言い残して、大島カヨは、バタンと扉を閉ざして姿を消した。

 さっきから、いやに、山科由紀子が、怯えている様子だ。それで、吉山刑事は、気をきかせて、

「大丈夫です。警察には連絡しましたから」

「そうじゃないんですの」

と、由紀子が、

「ここ、あたしの部屋のフロアなんです。さっき、吉山さんに会うために、このエレベーターに乗った時は、何も異常はなかったんです。それが、あたしが、ロビーにいた間に‥‥‥‥‥‥」

「それは、恐ろしいでしょうな。でも、すべて、我々に任せてくださいな。悪いようにはしませんよ」

 辺りは、血が多量に飛んで、血まみれだった。凄惨な光景に、うんざりした様子で、吉山刑事が待ち呆けていると、やがて、現場に、大勢の鑑識の連中が現れて、仕事を始めた。その中を、人々を、かき分けるようにして、若い背広姿の平井刑事が顔を見せた。

「吉山さん、またですか?よく、居合わせるんですね、現場に」

「事件が俺を呼ぶんだよ。で、死因は?」

「頭部切断による失血死です。しかし、神川医師の見立てによれば、殺害前に睡眠薬を飲まされていた痕跡があるそうです。スムーズに切断したかったのかな?分かりません」

「それで、被害者の身元は?」

「佐田竜一、37歳。都内の千代田区に住んでます。やつ、札つきのワルですよ。大勢の女性をたらし込んだり、ドラッグに手を出したり、恐喝まがいのこと、しでかしたり。とにかく、どこに、敵がいても、おかしくありません」

「被害者の死亡推定時刻は?」

「ほぼ、山科さんの証言に一致します。今から、数10分前ですね」

「ありがとう、今はそれくらいだ、引き続き、捜査に当たってくれ」


それから、しばらくして、吉山刑事は、由紀子と共に、ロビーにいた。ロビーのフロント係の匂坂浩一郎は、苦虫を噛み潰したような顔つきで、

「だから、さっきから、言ってるでしょう、僕は知らないって」

「被害者とは、面識がない、と」

「ええ、一度も会ってませんよ。どこから、来たんです、本当のところは?」

「住居は、都内の豊島区らしい。まだ、はっきりせんが、一人暮らしのようだ。君、まさか、彼に脅されていたとか?」

「脅さないで下さいよ。そんなこと、あったら、とっくの昔に警察に届けてますよ。冗談じゃない」

「どうやら、彼は大勢の人を恐喝していた疑いがある。君も何か気づくことがあったら、俺に連絡くれたまえ。そうそう、このホテルの補修道具を置いた部屋の鍵を持ってるのは?」

「私ですが、何か?」

「いや、ちょっとね」

 吉山刑事と、由紀子は、ロビーのソファに並んで腰かけた。

「由紀子君、君は今度の事件、どう観てるね?」

「あたし、かなり、犯人は強い殺意を抱いていたと思うんです。でなきゃ、首を切り落とすって真似、できないと思うんですの。血もたくさん飛び散ってるしね。あの関係者の中に、案外と、隠れて殺意を持った人物がいるってこと、ないかしら?」

「ううむ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 と、吉山刑事は、唸り声をあげると、由紀子に詰め寄って、

「君には、今度の事件の真相が分かるかね?」

「さあ、あたしには、さっぱり‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 吉山刑事は、それを無視して、

「ようやく、分かってきたよ。それじゃあ、じっくりと君に説明すると、するか?」


「山科由紀子君、君は、何故、佐田竜一を殺害したんだね?」

 すると、由紀子は、狼狽して、

「な、何をおっしゃるんです?あたしが?な、何を証拠に、そんなこと、じょ、冗談じゃないわ!」

「最初、あなたは、ロビーにエレベーターで現れたとき、純白のドレスを着ていらした。まさか、血まみれの現場と関わりがあると、誰が疑いますか?あなたは、非常に頭の切れる女性ですな。しかし、あなたも、うっかりと失言をしでかした。昔に、エレベーターの機械工をやってたってね。この殺人事件は、エレベーターの知識がないと無理だからね。つまり、君の殺害方法はこういうことだ。

君は、このホテルで、被害者と落ち合い、そして、言葉巧みに彼に睡眠薬を飲ませて、眠らせた。そして、今朝、眠った被害者を、12階のエレベーターの前で床の上に横たえて、彼の首に輪にしたワイヤーの鋼鉄性の紐を掛けておいた。そして、そのワイヤーのもう反対の端は、エレベーターの扉と壁の隙間から、エレベーターの上に上げておいて、エレベーターの上部に、通気口から、潜り抜けて上がると、ワイヤーの端をくくりつけて、また下に降りた。ワイヤーを短めにしておけば、エレベーターを1階まで降りるだけで、自動的に、12階の床の上の被害者は、降りていくエレベーターの動力で、ワイヤーが引き込まれて、首が切断され、首を切ったワイヤーは、エレベーターの上部に収納されてしまうという寸法だ。そうしておいて、君は、純白のドレスに身を包んで、首切りエレベーターに乗って1階ヘ降りてきた。さぞ、いい乗り心地だったろうね。自分が、ボタンひとつで、被害者を殺したんだからねえ。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、で、君の反論は?何か言うことは?」

 いつの間にか、由紀子はすすり泣いていた。そして、涙ながらに言った。

「あの男、あたしを暴行しておいて、そのいかがわしい写真をネタにゆすって来たんです。お前の社会的立場も吹き飛ぶぜ、って。それが、何度も‥‥‥‥‥‥‥‥。あたし、もう、こうするしかない、と決意して、今朝‥‥‥‥‥‥‥。もう、思い残すことはありません。吉山さん、参りましょう、同行してくださるわね?」

「ええ、喜んで」

 二人は、並んで、仲良く、ホテルをあとにして、去っていった。あとから、1階に降りてきた平井刑事が、慌てた様子で、いなくなった吉山刑事の姿を追いかけていた‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


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