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透明人間の殺人

「透明人間が、人を殺した?訳が分からん、どういうことだ?」


 そこは、警視庁の捜査第一課の刑事部屋だ。窓際の陽の当たる机に両足を組んで乗せ、ふんぞり返っているのは、吉山刑事だ。


 彼の言葉に、圧倒されまいと、必死にこらえて、平井刑事が言葉を続けた。


「目撃者の証言によれば、そうなります。被害者に指一本触れる者もなく、被害者は、ひとりで階段から墜落死したものと思われますね。僕にも、理解できませんが」


「で、事件の起きた現場は?」


「テレビ帝都の収録スタジオです。‥‥‥‥‥‥‥、吉山さん、どうします?」


「どうって、行ってみるしかないだろうさ、よし、平井、車の準備だ」


「また、僕の運転ですか?まったく、吉山さん、人使いが荒いんだから‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


約1時間掛けて、二人はテレビ帝都の収録スタジオに到着した。


「こちらの方です、吉山さん。事件を目撃されたのは」


 そこは、収録スタジオの別棟にあるビルの1階にある応接間だ。二人の後を追けるように、のっそりと部屋へ入ってきたのは、若い丸眼鏡を掛けた神経質そうな青年だった。彼は、二人を疑わしげに覗き見て、ポツリと言った。

「‥‥‥‥‥‥、僕のこと、犯人だって、疑ってるんでしょ。分かってるんだから」


 それで、吉山刑事が、なだめるように、言った。

「いやいや、まだ、そう決まったわけではありませんから。‥‥‥‥‥‥、それで、あなたが、事件を目撃された経緯をお聞かせ願えますかな?」

「そうですねえ、‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

と、その青年は、ずり落ちた丸眼鏡を指で上げながら、まだ疑わしげな目つきで、二人を眺めながら、

「まず、自己紹介しましょう。僕は、ここの撮影所で、衣装係で働いている香川京介って言います。事件があったのは、今から一週間ほど前の事です。その日の午後、僕は担当してるドラマの俳優さんの衣装合わせで、たまたま、現場の丘乃上スタジオの近くを通りがかったんです。あの丘乃上スタジオって、ご覧になったらお分かりだと思うんですが、玄関まで、高い昇り階段がついていて、玄関を入ると、奥の撮影スタジオまで、短い廊下になってるんです。それで、僕、あの時‥‥‥‥‥」

と、香川は、ちょっと口を濁らせて、言いにくそうに、

「あの、言わなきゃ駄目ですよね?」

「ええ」

と、平井刑事が言葉を添えた。

「辛いのは、充分、承知しておりますが、職務なものでね、すいませんが」

「ごめんなさい、それで、その問題の廊下に窓があって、そのそばを通りがかったんです。そしたら、例の俳優の嵐野光太郎が、やって来て、玄関まで昇って来たところでした。それで、彼、扉を開いて、廊下に踏み込んだと思ったら、急に、前から、見えない人間に押された感じで、後ろにのけ反ってしまって、そのまま、ひらいた扉から、後ろ向きに階段を墜落していきました。その一部始終を僕、その廊下の窓から、目撃してしまって‥‥‥‥‥‥‥」

 すると、吉山刑事が身を乗り出して言った。

「間違いないんですな、彼の回りに、彼を突き飛ばした人間はいなかったと」

「ええ、だから、言ってるんですよ。あれは、透明人間が殺したんだって、でも、信じてもらえないでしょ?だから、僕なんでしょ、今度の事件の犯人って?」

「いえいえ、そうは言っとりませんよ。何分にも、職務上の質問でして、ご協力願います。その時、あなたは、ひとりでしたかな?」「ええ、そのスタジオを越えて、丘の向こうの衣装倉庫へ向かうところでした。そうそう、そう言えば、現場へ来る前に、俳優の橘ユリコに出会いましたよ。彼女、大きな花束抱えて、これから、楽屋へ戻るところなの、って言ってました。‥‥‥‥‥‥‥‥‥、刑事さん、もういいですか?何だか、僕、気分、悪くて」

「ええ、結構です。ありがとうございました。また、何かありましたら、ご連絡いたします、どうも」

 二人は、応接間を出ると、廊下の長椅子に腰かけた。吉山刑事が、平井刑事に言った。

「お前、どう思う、さっきの証言を?」

 すると、平井刑事が、悩ましげな顔つきで、

「嘘には思えませんね、僕の印象じゃあ、それよりも、殺人の動機はどうなんです?被害者の嵐野光太郎に殺意を抱いている人物とか?」

「あらかた、裏は取れてる。二人いてね、ひとりは、人気競争しているライバル俳優の大河内三郎って人物で、事件当時のアリバイはない。ひとりで、近くの飲み屋で飲んでいたっていうけど、証人がいない訳だ。もうひとりは、ドラマ監督の林雄二だ。彼は、嵐野にかなりの額の借金をしていたらしい。返済に困っていたそうだ。ただ、彼にはアリバイがある。事件と同時刻に、彼は北海道の札幌にいたらしい。事件と同じ日に、時計台の前で写真を撮影している。撮影に協力した地元の商店の店主にも証言してもらったが、彼はどうも疑いようがないよ。‥‥‥‥‥‥、今のところ、最も有力な容疑者は、大河内だな。でも、決め手がなくてな‥‥‥‥‥‥」

「これから、どうします?吉山さん」

 吉山刑事は、長椅子を立ち上がると、

「楽屋へ行くか?今ごろ、大河内がいるだろう、話しでも訊くか」

 

 その広い楽屋には、大きな鏡台がいくつもあって、その前で、テレビで顔馴染みの役者が、皆、難しい顔で、化粧している最中だった。そのなかで、大河内三郎は、鏡に背を向けて、仕出しの弁当を食べていた。

「アリバイがないから、俺が犯人ってのは、ちょっと短絡的じゃないかい?他にもアリバイのない関係者って山ほどいるだろう。とにかく、俺は、事件当時、飲み屋の「升屋」で、一杯、やってたよ。俺、人気あるもんで、変装して行ったから、誰も証人にはならんよ、でも、本当の事だ。俺は、神に誓って、人殺しはしとらんよ」

 吉山刑事が悲しげに首を振って、二人は楽屋を出た。

「僕、思うんですが、今度の事件の場合、動機もですが、殺人方法ですよ。香川の話だと、透明人間だという。どうなんでしょう?」

 吉山刑事は、コートのポケットから、薄荷菓子の袋を取り出すと、口に放り込んで、

「それさ。それが、皆目、見当もつかん。しばらく、署で考えてみるか‥‥‥‥‥‥‥‥」

 廊下を歩いていると、バラエティ番組の収録中のスタジオの光景を見かけた。覗いて、見ていると、「芸能人一発芸」の特集らしく、ちょうど、林雄二が、彼の得意技らしい合気道の技を披露しているところだった。そして、それも、終了して、今度は、橘ユリコが、テーブルクロスを引っ張って、上の食器を落とさないという妙技を披露して見せるところだった。そこで、吉山刑事は、あることにひらめいた様子で、平井刑事に言った。

「ちょっと、気になることに思いついたよ。悪いが、一緒に殺人現場へ行ってみよう。大きな事が分かるかもしれん」

 やがて、二人は、丘乃上スタジオの玄関にいた。吉山刑事は、床にしゃがんで、辺りを調べていたが、やがて、立ち上がると、会得顔で平井刑事に告げた。

「ようやく、犯人のトリックが分かったよ。これで、ほぼ、この事件も解決の見込みがついた。さあ、これから、事件の真犯人に会いに行くか?」


 そこは、狭い個人用の控え室、兼、楽屋だった。部屋のなかには、華やかなステージ衣装や小道具の類いが所狭しと並んでいた。

 吉山刑事は、きょとんとした顔つきをしている橘ユリコに向かって、ゆっくりとした口調で話した。

「あなたは、殺された嵐野光太郎と不倫な関係にあった。そして、あなたの人気を妬んだ嵐野は、互いの関係を世間に暴露すると告げた。これは、さっき、本庁に連絡して、裏を取りましたよ。人気タレントの男性との婚約中の貴女としては、とてもまずい状況になったわけだ。そこで、嵐野をひそかに殺害する計画を立てた。

 とても、単純なトリックですな。わたしは、現場の床を調べて確信を持ちましたよ。あの廊下の床に敷いたカーペットが、固定していないから、ずらせることが出来ると分かりましてね、つまり、貴女は、被害者の嵐野に口実をもうけて、現場へ呼び出した。その時、貴女は、廊下の奥のところにいて、嵐野が階段を昇って、玄関のカーペットを踏むや否や、さっき、スタジオで見せていただいたテーブルクロスの妙技の要領で、思いきりのちからを込めて、カーペットを手前に引っ張った。それで、嵐野は足元のバランスを崩して、階段を墜落死していった。‥‥‥‥‥‥‥‥、では、ありませんかな、お嬢さん」

 とたんに、橘ユリコは、顔に両手を伏せて、シクシクと泣き出した。

「‥‥‥‥‥、あの男、許せなかった。たった一度の関係で、あたしを脅すなんて、‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、あれで、よかったのよ、あたし、後悔なんか、してないわ」

 吉山刑事は、ユリコとともに、立ち上がって、

「詳しくは、署のほうで、お聴きしましょう。では、参りますかな?」

 三人は、静かに、楽屋を去っていった‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。





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