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消えた拳銃の謎

「奴が殺したのは、間違いないんだがね」

と、吉山刑事は言った。

「問題は、殺人に使った拳銃の行方なんだ。犯行後に、どこに消えたのか、皆目、見当がつかないんでね。困った問題だよ」

 そこは、第一捜査課の刑事部屋だ。窓際の机で、まるで自宅で寛いでいるような気楽さ加減で、両足を机の上に乗せ、両腕を組んで吉山刑事は渋い表情だ。対する平井刑事は、立ったまま、これもまた、腕を組んで思案投げ首の様子だ。平井刑事が言った。

「殺られたのは、誰なんです?」

「五月雨判事だよ。君も知ってるだろう?鬼の五月雨ってね。そこんじょ、そこらのお堅い裁判長と違って、五月雨は容赦なく厳しい判決を被告に言い渡すので有名だ。当然のごとく、容疑者は、その容赦ない判決を申し渡されて、傷害罪で二十年の刑に服して、出所したばかりの男で、蟹江隆三っていう、これもまた冷酷な性格の男でね。そいつの親父さんは、建設業界ではちょっと名の知れた人物なんだがね。とにかく、蟹江は、刑務所から出所した、その足で、五月雨宅へ向かった」

「つまり、蟹江は五月雨に復讐するために、密かに拳銃を持って殺意を抱いて、五月雨宅へ向かった訳ですね。でも、どうやって拳銃を入手したんです?」

「たぶん、一旦、闇ブローカーと接触して、手に入れたんだろう。奴も、裏世界の事情通だからね」

「それで、現場は?」

「判事の書斎だよ。昨日の午後、書斎の机で書類の分類の作業をしているところに、突然、部屋へ飛び込んできた蟹江に射殺されたらしい。彼の書斎は。純西洋風でね。広い空間の中央に机、見上げんばかりに高くて薄暗い天井、吊り下げられた豪華なシャンデリア、ペルシャ織りの重厚なカーペット、その他、一級品揃いだよ。とにかく、彼は机に座ったまま、頭のひたいに、一発の弾丸を食らって即死した。そして、すぐに、銃声を聞いて書斎に駆けつけた女中の日野辺かよが、殺されている五月雨判事の死体と、そばで呆然として立ちすくんでいる蟹江を発見したということなんだ」

 腕を組んで、しばらく思案していた平井刑事が口を開いた。

「それで、蟹江は、どう弁明しているんです?」

「それが、どう解釈すればいいのか、分からんのだ。彼が言うには、確かに、自分は、衝動的に、復讐心に駆られて、拳銃を持って、五月雨邸まで行った。そこまでは、覚えている。しかし、書斎に入って以後の記憶がまったくないというんだよ。もちろん、判事を殺したなんてことも覚えがないってね」

「急に記憶が消えるなんて、都合よすぎますね。何だか怪しいなあ。記憶喪失を装っているんじゃないですか?蟹江って男は」

「俺もそうじゃないか、って踏んではいるんだが、とにかく肝心の凶器が見つからんことにはなあ。付近を探したんだが、どこにもないんだよ。現場は、昔から、いわくつきの風変わりな邸宅ではあるのだがね」

「いわくつき?と、言いますと?」

「幽霊屋敷っていわれてるよ。たとえば、殺人現場でもね、突然に誰もさわってないのに、天井からぶら下げたシャンデリアが、勝手にひとりでゆらゆらと揺れたり、開いていた扉が、急にバタンと閉じたりね、不思議なことが起こるらしい。どうやら、邸宅の主の判事は、そのからくりを知っていたらしい、先代の邸宅の所有者からその秘密を聞き知ってね。それで、時々、屋敷を訪れる客を、悪戯心で、心霊現象を引き起こして、からかっていたって、噂だよ。悪い判事だよ」

「それは笑えますね。でも、そのからくりって、どうなってるんです?僕には、全然、見当もつかなくて‥‥‥‥‥‥‥‥」

「ああ、不思議だな。でも、今じゃ、張本人が殺されたんでは、分かりっこないよ。でも、そのからくりと消えた拳銃の間に何らかの関係はあるんだろうか?」

 しばしの間、コートのポケットに手を突っ込んだ吉山刑事は、中から、薄荷菓子を取り出して、白い飴を舐めながら、いがぐり頭を撫でていた。集中する時の癖である。

 しかし、漸くすると、晴れ晴れとした表情で、平井刑事を見上げて、こう言った。

「ようやく、分かったよ。消えた拳銃の行方がね。まさにダモクレスの剣の心境だな。君も考えるといい。良い頭の体操になるよ」


「そもそものきっかけは、あの屋敷に仕掛けられた、あのからくりだよ。シャンデリアや扉がギッコンバッタンするって代物だ。なんだろうって思ったがね、我々と同じ推理小説の世界では、ちょっと、名の知れたトリックだよ。へっ、へっ、簡単に言ってしまえば、電磁石だよ。電磁石を部屋の壁や、天井に仕掛けておけば、電磁石のスイッチを入れれば、磁石の働きで、扉に埋め込んだ鉄板の作用で扉は勝手に閉まるだろうし、天井の電磁石のスイッチをオンオフしていれば、鋼鉄性のシャンデリアは、ゆらゆらと揺れるだろうさ。簡単なトリックだよ」

「なるほど。でも、吉山さん、それと消えた拳銃の行方とどう関係あるんです?」

「君も鈍い男だな。天井に電磁石だぜ。と、なれば」

「ああ、天井の電磁石のスイッチをオンにしておいて、上へ放り投げられた鋼鉄製の拳銃は、今でも天井に貼り付いたままなんですね。でも、犯人の蟹江は、どうやって屋敷のからくりを知ったんでしょうか?」

「やつの親父さんは、建設業界で、いっぱし、名の知れた人物なんだぜ。裏から手を回せば、それくらいの情報は入手できたろうさ」

「なるほど、なるほど。あの部屋の天井は、高くて、薄暗いから、天井に貼り付いた拳銃は、下から見えにくいか」

 それから、しばらくして、蟹江は、証拠不十分として釈放された。確かに名目上はそうだが、実質には、やつを泳がせておいて、尻尾を捕まえる算段である。そして、蟹江をこっそりと監視していた。すると、案の定である。蟹江は、しばらく成りを密めていたが、やがて、行動に出た。

 降りしきる雨の中を、五月雨邸まで赴くと、こっそりと屋敷に忍び込み、殺人のあった現場で、暖炉の隅に隠しつけたスイッチを押すと、天井についた拳銃を落として、両手で受けた。それが、決定的瞬間だった。途端に、辺りから、刑事たちが現れると、お縄頂戴となった次第である。

 やはり、蟹江の記憶喪失は、真っ赤な嘘であった。しかし、五月雨判事の判決に関する記憶だけは鮮明で、いかに人間の復讐心は恐ろしいものだと、思い知らされる吉山刑事であった‥‥‥‥‥‥‥‥。




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