古田門那珂
「いいえ、違います」
委員長・古田門那珂が滅茶苦茶変顔したが、時すでに遅し。
というかその程度の変顔では誤魔化せるはずもない。
変顔する暇があったらいろいろ隠してほしい。
5Qも担ぐ気力すら失せ、下にそっと置いた。
「古田門那珂じゃないか。全裸で奇声を発して何をしているんだい? 早く服を着なよ。青少年には目の毒だ」
マジレスは容赦がなさすぎる……。
「なるほど、見抜いていましたか……」
観念したように変顔をやめ、どこからか取り出したメガネをかける委員長。
顔立ちの整った、ありていに言ってド美人だけに、この状況とのギャップがすごい。
いい意味でのギャップではないけども。
長い黒髪で巧みに体を隠しているが、それよりさっさと着て欲しい。
クラスメートの全裸かと思うと、ちょっとその、困る。
「そんなに目のやり場に困りますか?」
「なんでそんな確認の必要が!? 早く着ろよ!?」
「本当はもっと見たいのでは?」
「どういう感情なんだよ!?」
もう、委員長の全部が怖いよ!
「えい!」
見かねた霊子が布団をむりやり被せる。
少なくとも、これで露出しているのは足くらいだ。
それはどこか、警察に連行される容疑者の姿を想起させた。
いやまぁ、公然わいせつの現行犯なんだが。
「全く、何をしていたんだい」
意外にも、霊子の口調は厳しい。
こんな常識を明後日方向に室伏ばりの回転とパワーで放り投げたような奴でも、流石に同意は出来ないか。
「それはこちらのセリフでもありますが」
「ボクたちは幽霊を捕まえにきたのさ」
「幽霊を捕まえる? そんな非科学的な」
「科学的だよ。存在しているのならば捕まえられる道理だ。それでキミは全裸で何を?」
「……幽霊退治です」
「は?」
俺と霊子は同じ母音と子音を吐いていた。
「全裸でか?」
「はい」
「あの奇声でか?」
「はい」
ああ……やはりそうだ。
前にネットで見たことがある……。
「全裸で尻を叩きながら、びっくりするほどすっぱだかと叫ぶと、悪霊が逃げて行くとかなんとか……」
「エグザクトリー! それです」
「それですじゃねえよ!! 何あんなの真に受けてんだ!! どう考えたって与太話だろ!!」
「いいえ。私はこれで実際に悪霊を退散させた実績があります」
ふふんと胸を張る。
そういう動きをすると布団の隙間から色々見えてしまうから自嘲してくれ。
「本当かい? あの珍妙な行動と、退散との相関関係が見えないのだけど」
「その昔、私は、幽霊に遭遇しました。怖くて怖くて仕方がなかった。念仏を唱えてみても、神に祈っても効果がなかった……おかしいですよね。普段は神仏を信仰していないのに、そういう時は頼ってしまう」
その気持ちはわかる。
俺も暗闇の恐怖に押しつぶされそうなときはそうやって必死に祈ったものだ。
無論、効果はなかったが……。
「このままでは憑り殺されるのではないか、そう思ったとき、不意に脳裏に閃いたのです。あれだ、と」
あー、閃いちゃったか。
「そこで、おもむろに服を脱ぎ、びっくりするほどすっぱだかと叫びながら尻を叩いていると、幽霊は消えていました。ふふん」
なぜそこで鼻を鳴らす。
「偶然ではないのかい? その行動と幽霊の退散に因果関係を見出せないのだが」
そうだ言ってやれ。
こういう時、科学者の視点は頼りになる。
「いいえ。何度も試したので、効果には再現性があります。首なしライダーと遭遇したときも一発でした」
あんたもあそこ行ってたのかよ!?
っていうかあそこでもやったのかよ!?
「首なしライダーね……顔がないのに、キミの行動をどうやって見て、どうやって聞いたんだい?」
「……」
それは答えられないようだ。
というか、霊子はあれが擬態だって知ってるんだから、意地悪で言ってるわけだ。
これも意外だった。そういうことをするタイプには見えなかったから。
なんだろう、機嫌が悪いのか?
「……こう、気合で」
委員長の返しも雑!
「しかし、だとすると、いまキミは悪霊を退散させていたのかい?」
「確かに叫んでたもんな」
「いえ、階段のほうに気配があったので」
「俺らに反応してんじゃねーか!! 人間だったらどうするつもりだったんだよ!! いや、どうにもなってねーな!!」
「てへぺろ、というやつですね」
「久しぶりに聞いたなそれ!!」
「そんなに叫んで疲れないのかいキミは?」
「お前らのせいだろうがっ!!!」
疲れるなんてもんじゃない。
もう肩で息をしてるし、顔に血液が集まってほてってるのがわかるくらいだよ。
「とにかく、幽霊の正体見たり枯れ尾花と言うが、最近の幽霊騒ぎの正体は、全裸委員長だったわけだね」
「はい?」
布団委員長はきょとんとしている。
「知らなかったのか? 最近、白い女の幽霊が心霊スポットでたびたび目撃されてるんだよ。要は、色白な委員長の裸を、幽霊だと思ったってことだ」
「なんと。そんなに見られていたのですね」
表情をあまり変えないまま口をOの字に開いている……。
「その割にはあまりショックそうじゃないな……」
「別に見られて減るようなものでもありませんから」
「おいっ! だからって見ようとするんじゃないぞ!!」
「見ようとはしてねーよ!!」
興味が無いとは言わないが!!
「だいたい、なんでお前がキレてんだよ!!」
「馬鹿者ぉ!! 助手がおかしな道にはまるのを防ごうとする親切心じゃないか! 学問とは誘惑に打ち勝ってこそなんだよ!」
「何です? お二人でイチャついています?」
「イチャついてない!!」
「イチャついてはいない!!」
「もはや何かのプレイとしか」
「露出趣味のやつに言われたくねえよ!!」
「心外ですね。露出趣味などではないですよ」
全裸に布団かぶっただけの人が何か言ってる……。
「人々を惑わす悪霊を退治しているのです。正義のヒーローと言えるでしょう」
だとしても限りなく変態仮面寄りの存在だと思うが。
「委員長は正義のつもりでも公然わいせつで逮捕されるぞ」
「こんな所に来るのは物好きかカップル。カップルはすぐさかるので人のことは言えませんし、一人で来るのは男くらいでしょう。それも若さゆえの行動がほとんど。そして、この辺りを校区とするのはうちの高校くらい」
「余計ヤバいだろ……顔バレするじゃねえか」
「私でシコったことのある男子は、仮に全裸の私を見かけても訴えることはないでしょう。利益に与っているのですから」
「シコったとか言うな!」
「だから、わざとチラリをして、男子が帰ったら思い出しシコりをするように仕向けていました」
「何を考えているんだ……」
じゃあ、あのスカートをパンツに巻き込んで丸出しになってたり、サイズの小さい制服着て胸ボタンを炸裂させたのも、作戦だったっていうのか!?
スカートを踏まずに後ろ全開状態で自転車に乗っていたのも?
真っ赤なブラが思いっきり制服から透けてたのも?
転んだ拍子にお尻丸出しで倒れたり、ペットボトルの水でむせてこぼして色々透けさせてたのも――
いや多いな!!
わざとやってるって言われて納得だわ!!
「でも、私でシコったことくらいあるでしょう?」
「……」
「おい、否定しないか! この裏切者!!」
「いてっ!?」
三色団子にケツを蹴り飛ばされた。
「裏切者ってなんだよ!?」
「崇高なる科学の徒であると誓っただろう!!」
「誓ってねえよ!!」
「助手になるとはそういうことだろうが!!」
「景品表示法違反だ馬鹿野郎!」
「科学は全てに優先する!!」
ばしばし尻を蹴られる。
別にたいして痛くはないが、気持ち良くもない。
「だから、そんなに目の前でイチャつかれても困るのですが」
「どこが」
「イチャついているというのだ!!」
「その息の合い方とかでしょうか。そもそも廃墟に来るのなんかカップルのやることでしょう。幽霊を捕まえるなんて言い訳が雑過ぎると思いました」
してやったりみたいな顔してるけど、たとえそうだったとしても全裸で尻叩きに来てる奴よりマシだからな!!
「カップルなわけねえだろ!! 三色団子布団だぞ!!」
「そう強く否定されるのも気にくわないのだが!!」
「またイチャついていますね……」
「イチャついてねえ!!」
「イチャついてなどいない!!」
すると、委員長がニヤニヤと笑い出した。
口の両端が上がって半月状になるほどの笑み。
目もどこを見ているかわからず、正気の色が無い。
明らかに異常だ。
まさか――
「お、おまえ、幽霊に憑りつかれて――」
「失礼ですね。素の笑い方です」
「余計やべえよ!!」
「とにかく、お二人は付き合ってはいないのですね?」
「ああ」
再び、妙な笑い方をする委員長。
「では、ちょうどいい。私と付き合いませんか?」
「はぁ!?」
「ファーーーーーーーーー!!」
突然の発言に、頭が真っ白になる。
えっ、何?
いま、えっと、その。
「なななななななななななななななな! 何を言っているんだ古田門那珂!!」
「そっ、そうだぞ!?」
「私もボディガードが必要だと思っていたところです」
「え?」
「心霊スポットとはここのように廃墟ですから、治安が良くはありません。身の危険を感じたこともあります。しかし、貴方の屈強さがあれば恐れる必要もない。それに、布団まで用意した女と夜中に逢引きという、スーパー据え膳シチュエーションでも手を出さないヘタレさ……完璧な人材です」
「単なる護衛役ってことじゃねーか!!」
「そうだぞ!! 何て身勝手なことを言い出すんだい!!」
「それはお前も同じだ!!」
助手かボディガードかの違いしかねえじゃねえか。
モテ期が来たかと思った自分が情けなくなるわ。
いや、廃墟で全裸絶叫する人から言われてドキッとした自分もどうかと思うけどな!!
「悪い取引ではないでしょう? 貴方は全裸が見れる。私は安全に全裸になれる」
「なんでそんなに自信満々なんだよ……」
「なぜ乗ってこないのです? 客観的に見て、なかなかいい体をしていると思いますよ? 鍛えていますから」
それは否定できない……。
グラマラスという言葉を使うと陳腐に聞こえるが、彼女の言葉通り、第三者視点で見ても、グラビアアイドルのように見事な体型だ。
気にならないと言えば噓になる。
いや、気にならないなんて言葉は、体裁を気にしてのものだ。
だが、それに乗っかるってことは、男子高校生が一番いやな「エロ野郎」のレッテルを貼られるってことなんだよ。
エロ全開で生きている蒟蒻山の仲間入りなんだよ。いや、開き直れるアイツすげえな……。
「そもそも、なんのために鍛えたというんだい?」
「美術品のような均整を取れた裸を目指しているからです。美であれば全裸でもセーフ。全裸を鑑賞するためにみな美術館へ行くのですから、違うとは言わせませんよ」
「いや違うだろ」
何がセーフだ。
どうにかして全裸になることしか考えてねえ。
「いいや違わないよ。それ自体は正しい。本質的に人間は均整の取れた裸を美と感じるようにできている。優秀な遺伝子を持っているということだからね。それをわいせつと捉えるのは、一部の宗教の価値観に過ぎない」
「話が合いますね」
非常識同士で通じ合ってしまった。
水と油なのか仲いいのかどっちなんだよ。
どっちも法というレイヤーをどかしたその下の話しかしてねえ。
違法だよ?
「まぁ、それはそれとして助手を渡すことは出来ないな!」
いや、結局そこに落ち着くんかい!!
「これは、柳谷くんの意志で決めることでしょう」
それはそう。
「同じことだよ! キミは色欲の権化となって、古田門那珂の裸が見たいがためにその尻を追いかけていくような非科学的助手ではないだろうね!!」
男子高校生の逃げ道を的確に塞いでくるなコイツ!!
エロいと思われるのだけは、防がなくてはならないのだ!!
「も、もちろん断る」
「信じていたよ科学の徒!!」
「しょぼーん」
委員長、口で言ってる……。
そして、あの顔文字みたいな顔してる……。
「えー、タダで裸が見れるんですよ?」
そしてしつこい。
わざとらしく布団の裾をチラチラさせてくるし。
心が揺れるから勘弁してくれ。
「それはそうと、お二人は二人きりで来たのですよね?」
「もちろんそうだよ」
「いや待て。三色団子。そういう質問が出るってことは」
「出るってことは、なんだい?」
コイツ、ホラー映画とか詳しくないんだっけか。
全然ピンと来てやがらねえ!
「後ろに人がいますが」
「なに?」
振り向いた俺たちの目線の先には、真っ赤なネグリジェを着た女がいた。
いや、返り血を浴びて、真っ赤になった服だ。
右手には同じく血がこびりついた出刃包丁が握られている。
そして、その位置は上り階段の途中であるから、目線の高さに人がいるとは考えにくい。
「うわあああああああああああああああああっ!?」
「平定だ!!」
死人の顔色のそれに、生首の悪夢がフラッシュバックして全身から汗が噴き出す。
「なんと本物ですか」
『アアアアアアアアア……』
空中に浮かんだそれが、鬼火を纏って輝きだし、うつろな目で包丁を振りかざした。