幽霊講義
担任のハンハン先生――どう見ても見た目がその筋の人なので、半分反社が由来のあだ名で本名・神田幸太郎――に滅茶苦茶怒られ、お調子者の蒟蒻山には「委員長の胸を見たんか!」、「生着替えを見たんか!」、「なんでワイを呼ばへんねん!!」としつこく絡まれて、気力をのきなみ失って過ごした一日が終わりを迎えた頃、俺は再び三色団子に引っ張られて科学部の部室に連れて来られていた。
相変わらず激狭な部室だが、よくよく見ればキャリーバッグがいくつかある。
幽ぱっくの試作品かもしれない。
「それでは、先日の成果と状況のまとめからだ」
「俺は科学部の部員でもなんでもないんだが」
「帰宅部でヒマじゃないのかい? 運動しなくてももう眠れるんだろう?」
「それはそうだが……部員扱いの理由にはなんねえだろ」
そう言うと、子どものように聞こえないふりをしやがった。
「すひゅーすひゅー」
口笛を吹いて誤魔化しているが、やはりヘタクソで全然音がしていない。
「っていうか他に部員はいないのかよ」
「そんなメジャーな部活でもないだろう」
「お前についていける人間がいないからじゃないのか?」
「んふふふ。ボクの天才性をそこまで褒めなくても構わないよ」
「皮肉で言ってんだよ!」
ダメだ。まともに相手してたら更に気力を奪われる。
「……で、本当に何の用なんだよ」
「だからさっき言っただろう。昨日の件の再検討さ」
「俺がいたってしょうがないだろ。お前の言ってることはちんぷんかんぷんなんだから」
「いいや、複数の視点があるほうがありがたい。それにキミにもメリットはある」
「メリットってなんだよ?」
「キミは暗闇を克服しつつある。いまだ悪夢は見るようだがね。暗闇の奥にいるものの正体が明らかになるほど、キミは安心できて快眠できるはずだ」
「……なるほど、な」
実際、昨日の首なしライダーとの遭遇とその結果で、納得できる話ではある。
暗闇が怖かった俺が、暗闇から出てきたお化けと戦えたのだ。
恐怖の根っこや正体を知ることが、安眠に繋がる可能性は高い。
「まぁ、暇つぶしとでも思って聞いてくれよ」
「わかったよ。確かに別に用があるわけじゃない」
中学では野球部に入っていた。
体を動かさないと寝れない俺には最適だったし、俺ほど真剣に鍛えている奴もいないから、活躍はした方だと思う。
しかし、逆にどうしても眠れずに寝不足の時もあって、そういう時は足を引っ張ってしまう。
試合中にベンチで寝落ちしそうになったこともあれば、頭がぼんやりして失投したこともある。
だから、高校では部活に入らなかった。
同じ中学の蒟蒻山――ちなみに俺たちは散切中学ではなく、開花中学という近隣の別の中学だ――は引き続き野球部なので「やろうややろうや! やらんの? やろうや? やらんの……?」と、だいぶ誘われたが断った。
この体質だと、やはり集団競技は向かないと思う。
自己の責任に尽きる個人競技のほうが気は楽だ。
そんなわけで、もっぱら近所の古武術の道場に顔を出しては鍛えている。そこはおじいさんの師範がやっていて、月謝さえ払えばいつ顔を出してもいいシステムなので、時間の融通はきく。
逆に言えば、科学部の誘いも断るほどでもないわけだ。
「よし、それじゃあ、一から始めよう」
激狭物件な部室の、壁にかけられたホワイトボードにペンを走らせる霊子。
そこには、ヘタクソなタッチで首なしライダーの絵が描かれていた。
首なしライダーというより、ビニール袋が引っかかった自転車だ。
「今回の目的は首なしライダーの捕獲だった。理由は、アクセスがいいこと、そして脅威度が低いこと」
「脅威度が低い? 襲って来ただろ」
幸いかわすことが出来たが、あのバイクにまともにぶつかられたら大怪我していただろう。
「ケガをしたという証言は全くなかったからね。流石に人の首を狩るような噂があれば一番目にはいかないさ」
「一番目じゃなきゃ行くのかよ!」
俺の言葉もまともに届いているものか、口笛を吹く三色団子。なんか音が出ていないが単純に下手なのだろう。
「さて、この首なしライダー、目撃例がそこそこあった。無論、黒いヘルメットをしていれば夜中に首なしライダーに見える可能性があるが、そもそも場所が旧道だ。見間違いが多発するほど、訪れるライダーがいるとも思えない。いつ来るかわからない物好きを驚かすために悪戯というのも考えにくい。つまり、本当に幽霊が現れているのではないかと仮定した」
「まぁ、実際、いたわけだしな……」
「そう。そこが問題なんだ。じゃあなぜ、そんなものが現れたのか。首なしライダーの出現前、あのあたりでバイクの単独事故、それも死亡事故があったのは確かだ。しかし、だからといって、死亡事故はそこでしか起きていないわけじゃない。例えば警察の安全情報のマップを見ても事故多発地帯は別にある」
「そうなんだよな……」
事故死で幽霊になるなら、もっと交通量の多い街中が幽霊だらけのはずだ。
「あの形で現れたこと自体は理解できるんだ。バイクに執着を持っている存在が、幽霊の状態でも乗れるバイクを作るためにあの形に擬態したんだろうからね。まぁ、乗ることはできないから自分が変化しているだけだが。そういう意味では、首なしライダーには由縁とか因縁というものがないわけだ」
「死んでもバイクが好きなだけってことか」
それで、自分でバイクになってまで走っていた……。
そう考えると、恐怖は薄らいでいく。
理解を深めることが、安心につながるのは事実らしい。
「いずれにせよ、人物が特定できない以上、そちらを調べるのには限界がある。だが、一方で、原因があるとすればあの場所という可能性がある。前述のように事故多発地域ではないだけにね」
人が原因か、それとも場所か。
心霊スポットなんてものがある以上、少なくとも出る場所と出ない場所があるのは確かだ。
「そこで今回の実地調査だったんだが、トンネル内は明らかに湿度が高く、温度が低かった。湿度は関係あるかもしれない。一般の道路で湿度が高い状態はまずないからね」
「湿度ねえ……まぁ、塩も効いたか」
「有名な怪談でも、タクシーに乗ったはずの女が消え、シートがびしょ濡れになっていた、とうのがある。それも同じ原理なのかもしれない」
ああ、聞いたことがある。
子どもの頃はおねしょして逃げた、みたいな風にふざけて話してたな……。
怖い気持ちから茶化してたのかもしれないが。
「湿度が関係あるんなら、雨の時はどうなんだ?」
「雨の勢いで形をとれないのかもしれないね。……ふむ、これは面白い実験テーマだ。次は高圧洗浄機を持って幽霊に水を浴びせてみようか」
「ワクワク顔して無茶苦茶言うのはやめてくれ」
マジでほっとくとひとんちの墓に水ぶっかけたりしかねない。
水をかけるべきはコイツの頭だ。
「それより、幽霊についてもうちょっと教えてくれ。湿気の塊みたいに言ってるが、空間に焼き付いた残像とかなんとかも言ってたろ」
「おお」
ポンと手を鳴らす霊子。
「そうだね。その説明が必要だろう。しかしそれら二つは矛盾しないんだよ」
「どういうことだ?」
「ちょっと順を追って説明しようか」
ホワイトボードの絵を消し、代わりに円を描く。
シンプルな図形だけに画伯ぶりは発揮しておらず、なぜか無性に寂しくなった。
「では幽霊がいるとして、それは物質かな? 一旦、焼き付きだの、水分子だのという話は忘れて、それを知る前のキミだったらどう思うかを答えて欲しい」
「……んー、物質とは思わないだろうな。霊的なものだと思う」
「うん。きっとみんなそう言うだろうね」
頷きながら円の上にビニール袋――おそらく幽霊――を描いていく霊子。
「さて、その【霊的なもの】とやらは重力の影響を受けると思うかい?」
「存在してないようなもんだからな……受けないんじゃないか?」
重力と言えば科学の基本だ。
幽霊と馴染む単語とは思えなかった。
「地球は公転をしている、これは知っているね?」
「ああ流石にな」
霊子は、円が楕円に動いているような軌道を描いた。
なるほど、あれは地球か。
「あ」
「気づいたかな? 幽霊が重力の影響を受けないのなら、地球の公転についていけないはずなんだ」
円を消して、ビニール袋だけを残し、円は楕円の別の位置に描き直される。
つまり、宇宙空間に取り残された幽霊の図か。
「そう、地球上で目撃された時点で、少なくとも重力が作用することは確定しているんだ」
「なるほど」
素直に感心してしまった。
だが、実際、この論理には説得力がある。
「これはまた、もう一つの結論をも導き出す」
にぃ、と笑う霊子。
「な、なんだよ、もったいぶるなよ」
「キミは知っているはずだよ。幽ぱっくさ」
「え?」
「幽霊は重力で捕獲できるってことさ」
「ああ!!」
アホみたいにまた普通に感心してしまう。
そうか。
地球上に居続けている以上、重力の影響下にあるのは間違いない。
だから、重力を使えば拘束できる。
ああ、理に適っている。
「どうだい? こうやって考えると恐怖心は消えてきたんじゃないかい?」
「確かに……」
幽霊から超常性が剝がされるほど、怖さは消えていく。
暗闇への恐怖は、そこから出て来るかもしれない何かへの恐怖だとすれば、その何かが明らかになるほど、それは解消されるのは道理だ。
「でも、重力制御なんて聞いたことがないけど、それ、とんでもない発明なんじゃないのか?」
「うん。発表すればノーベル賞はカタいね」
「おぉい!? 何サラっと言ってんだ!? 滅茶苦茶有用な発明ってことだろ!?」
「今のところプラス方向でしか重力を操れないから、用途はある程度限定されるけどね。マイナスの重力が操れるようになれば、人類は飛躍的に発展できるだろう。荷物の重力が無くなれば車両の燃費は極限までよくなるだろうし、ロケットも燃料による打ち上げも必要がなくなる。他にも使い方は山ほど考えられる。まぁ劇的に人類文明は発展するだろうね」
何、午後の天気の話くらいのテンションで喋れるんだよ……?
コイツ、俺が思っていた何倍も天才なんじゃないか……?
マジかよ……。
「そんなのさっさと発表して特許とった方がいいだろ!」
「いずれ特許は取るつもりだよ。だけどこの段階で発表などしたら規制をかけられるのは目に見えているからね。満足するまではするつもりはないさ」
「富よりも名誉よりも、人類の発展よりも趣味優先かよ……」
「当然さ! 自分で使うために発明してるのだから!」
「才能がもったいねえよ!!」
ドラえもんみたいなやつだとは思ってたが、超科学を自分のためだけに使う上にすぐ寝るとか、もはやのび太くんじゃねえか。
「まぁ人類は後から発展すればいいさ。それよりこれだ」
奥から持ち出されてきたのは、見覚えのある四角い箱だった。
「それは、首なしライダーを捕まえた……」
「そう。幽ぱっくボックスさ」
「ヘンな名前だな。本体に別の名前つけてそれを幽ぱっくにしたほうがいいだろ」
「!!」
目をまんまるに見開く三色団子。
「素晴らしいアイデアだ!! 天才じゃないか?」
「ノーベル賞級の発明する奴に言われても嫌味にしか聞こえないんだよ!」
「とりあえず、本体はゴースト吸引装置、略してゴーキューとでもしておこう」
ホワイトボードに大きく5Qと書き、ご満悦フェイスな三色団子。
「話聞けよ」
「聞いているさ。今からこの箱は幽ぱっくだ。で、本題なんだが、昨日捕獲したものを分析してみたんだ」
「なに?」
つまりは、首なしライダーをってことだな。
「話は前後するが、ボクの仮説では、幽霊とは空間の焼き付きだと考えている。わずかに思考を残しているのは、脳の回路も焼き付いているからに過ぎない。だから本人でもないし、質量も無いはずだ。しかし、物理的……正確には物質的性質を持っている」
「フェンスもぶっ壊してたからな」
「その通り。だから、本体を形成している大部分は、水だと考えられる。霧をスクリーンに、残像が投影されているイメージだ」
「幽霊が水だったり残像だったり言ってたのはそういうことか……」
「例えるなら、映画館のスクリーン自体が盛り上がって飛び出している3Dといったところだね。そして実際、この箱の中に回収した物質を調べてみたところ、ほとんどH2Oだったんだ。ぬふふふ、説が立証されたね!!」
「水だけ? じゃあ幽霊はどうなってんだ?」
「そこがミソでね……」
幽ぱっくを無造作に開く霊子。
あまりに自然な動きだったので、一瞬思考に空白が生まれ、その後に驚きが襲ってきた。
「うおあ!?」
思わず背後に飛びのき、そのせいで激狭部室の壁で頭を打ってしまった。
「つっ……何やってんだお前!! 幽霊出て来るだろ!!」
「心配はいらない。残念なことだが、幽霊はいないよ」
「え……?」
言われて箱を覗き込むと、中には水が薄く溜まっているだけだった。
そこから鬼火が立ち上ることもない。
「捕まえるのに……失敗してたってことか?」
「わからない。肉眼の観測では吸引には成功したように見えた。箱も鉛などを重ねて放射線も通さないようにしているし、抜け出せるとも思えない。一つ考えられるのは、吸引で分子構造が破壊されたことで再現性を失った可能性かな」
「水の他には何もなかったのか? そもそも水には投影されてるだけなんだろ?」
「いいところに気が付いたね。水を捕まえるだけなら、シリカゲルでいい。焼き付いた空間ごと回収するために重力を使用したんだが……少なくともここの設備でわかるレベルの物質は見つからなかったね。大気と同じ組成の気体と、土埃程度だった」
「捕獲失敗か……」
やはり幽霊を捕まえるなんて、無理な話だったんだろう。
捕獲に抵抗があった癖に、どこか少しがっかりしている自分がいた。
「早合点はよくないよ。判断材料が増えることは失敗とは言えない。前進だよ。少なくとも、ルシフェリンとルシフェラーゼのように、発光に必要な物質は見つからなかった。あれほど、はっきり光っていたのにだよ?」
「見つからなかったんなら、意味なくないか?」
「そうじゃない。水だけで光っているとすれば、素粒子が関係している可能性がある。例えばニュートリノが水に衝突すれば光る。以前ノーベル賞で話題になったカミオカンデはそれを観測する施設だけど、聞いたことはないかな?」
「やめてくれ。ちんぷんかんぷんで眠たくなってくる」
「変わってるね! ボクは逆に目が冴えてきているよ! 今眠っても悪夢を見るだろうから、結論を言おう。幽霊は未知の素粒子を放っている。それが水とぶつかって光るのだ。ボクはそれを【確率子】と名付けた」
変わってるのは間違いなくお前だ。
今度はホワイトボードに「確率子」と大きく書きこまれる。
「拡張子くらいなら聞いたことがあるけどな……」
「電子ならわかるだろう? あれが一番わかりやすい素粒子だろうね。確率子はそんな素粒子の一種で、本来、超低確率でしか起きないことに作用して発生させる素粒子……とボクは仮定している。ボクの想像が正しければ、幽霊とは確率を歪めて存在していると言えるね」
「確率を歪めるって言うと、サイコロでぞろ目を連発するとかそういうことが起きるのか?」
「ああ。端的に言えばそうなる。だが実際にはもっと常識外れに低確率なことを引き起こす作用がある。例えば、エネルギーの低い量子が、本来超えられない高いエネルギーの壁を通り抜ける現象にトンネル効果というものがある。究極的にはコップの水が、外に漏れだすということも理論上あり得るが、超超低確率なので、実際には起こりえないと断言すらしていい。しかし、この確率子が偏在するとき、全ての粒子がエネルギーの壁を――」
「例えば以降が難しすぎて何言ってるかもうわかんねえよ!」
「幽霊とは本来起こりえない超低確率の産物であり、それを確率子が引き起こしているという意味だよ。だから場所やタイミングが重要だと考えられる」
「宝くじみたいなもんか。当たる売り場みたいな」
「まるで違うよ。宝くじをどこで買おうが当選確率は変わらない」
冷たく言い放たれた。つらい。
「素粒子や量子のスケールになると手持ちの検査器具では検証が難しい。とにかく、もっとデータが必要だ。今日も心霊スポットに行くよ!!」
「はぁ!?」
何を言い出してんだこの三色団子は。
「ふざけんな! 何であんな怖い思いをまたしないといけないんだよ!」
「ぐぅ……」
「寝るな! 起きろ! 起きないとスコヴィル氏とやらを口に流し込むぞ!」
近くの段ボールに挿しこまれていた金属製のボトルを掴んでカラカラと鳴らす。
するとその音に気づいてカッと目を開く霊子。
「それだけはやめてくれ」
いま寝ていた人間とは思えない目のギラつき具合。
額には脂汗が浮かんでいる。
「本当にヤバいんだなこれ……」
「冗談で使うと傷害罪になるだろうね」
「そんなもん作るな!」
「そんなことより、最近、女の幽霊の目撃が多発していてね。心霊スポットに真っ白い女の姿が見えるそうなんだが、出現パターンから考えてここだ、というところまで絞り込めたんだ」
「だから何で俺が行くこと前提で話してるんだ」
「行かなければ、今日も悪夢を見るだろうさ」
「ぐううう……!」
業腹だが、あの悪夢は二度と見たくない。
せっかく、暗闇恐怖症が薄まって来たんだ。
恐怖症か悪夢かの二択みたいな現状はごめん被りたい。
「悪魔め……」
「言いがかりはやめてくれよ。悪夢を見るのは計算外だったさ。責任は感じないでもないから解決策は講じるよ。つまり恐怖の解体だ。いよいよキミのトラウマの根源は幽霊にありそうだしね。もしも、幼少期に見たであろうそれを、科学的に解明できるなら、キミの恐怖症も悪夢も劇的に軽減できるだろう」
「……安眠のためには、行くしかねえってことか」
「運命というやつさ」
「科学者が言うセリフじゃねえだろ」
「科学者はロマンチストなんだよ」
これで三色団子布団じゃなければ、グッとくるセリフかもしれないけどな……。