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三色団子布団幽霊博士ガールと全裸委員長と不眠少年  作者: がっかり亭
第一章:ボーイミーツ三色団子
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首なしライダー

 深夜……はまだ怖いので、夕暮れ。

 オレンジ色の夕焼けが、少しずつ紫に変わってくる黄昏時。


 俺と三色団子は、山中にある旧・矢車やぐるまトンネルへやって来た。


 このトンネルは、その名の通り、今ではもう使われていないものだ。

 

 近くに新しい――と言っても俺らが生まれるずっと前だが――トンネルができ、使われることの無いルートだ。

 

 だが、近隣でも有名な心霊スポットであり、ひと昔前はテレビの心霊番組でも頻繁に取り上げられていた。

 

 そんなところにタクシーで行ったわけだが、カップルが肝試しによく行くらしく、意外なほどすんなり連れて行ってくれた。

 

 もはや旧道ごと使われていない場所だが、実は近くの高速道路のパーキングエリアから徒歩で移動するとすぐに行ける位置だったりする。

 

 タクシー運転手のおじさんは「期待しすぎちゃダメだよぉ? 僕もたまにしか見たことないからねぇ」と怖いことを言っていた。

 

 たまには見るのかよ。

 

 そんな本当に出るらしい心霊スポットに、俺はやたら重いキャリーバッグを持って立っている。


 隣には相変わらず布団をかぶり、三色団子頭にライトつきヘルメットを被った霊子がいた。


「で、実際何やるんだ? 誰かさんが、説明もせずに車内で爆睡してたせいで、こっちは何もわかってないんだぞ」

「幽霊を捕獲すると伝えていただろう」

「それが意味不明なんだよ。肝試しってんならまだわかるが……っていうか、お前、科学部なんだよな? 幽霊なんか信じてるのか?」


 コイツの勢いに流されすぎてそんなことすら聞き忘れていた。


 どう考えてもまず最初に聞くべきだったのに、我ながら間抜けなことだ。


「新種の魚が目撃されたとしたら、魚類学者はどうする?」

「え?」


 突然何を言い出すんだ。魚?


「科学的ではないからと存在を否定するか?」

「いや、それはしないだろうが……」

「目撃例だけはある。ならば実在を検証することから始める。幽霊も同じだ」

「なるほど……筋は通ってるか」


 科学者としてのスタンスを保ったまま、幽霊と向き合うってことか。


 正直、検証なんかし尽くされていると思うが、自分でやらなきゃ納得できないという奴もいるだろう。


「で、なんでこのクソ重いバッグがいるんだ?」

「んふふふ……それは秘密にしておこう」

「何でだよ」

「それより、今日は【首なしライダー】の捕獲を行う」

「話聞けよ……っていうか首無しライダーって……」


 噂くらいは聞いたことはある。


 確か、暴走族の一人がバイクで走行中、何者かに張られたワイヤーに突っ込み、首が跳ね落とされた――以来、首無しライダーが目撃されるようになった、とかそんな怪談だったはずだ。


「……うっ」


 頭に首のない姿を思い浮かべた瞬間、胸元に気持ち悪さがこみ上げた。


 ……なんだろう。心当たりはないが何か嫌な感じだ――


「気になるだろう? 首が無いということは、脳がないということだ。だというのに、動いているなら、それはどういう原理なんだろうね? 首無し鶏マイクのように、脳の一部が残っているのかな? そもそもバイクに乗っているということは、バイクは実体なのか? 実体なら、バイクを動かしているのはガソリン? 幽霊にもガソリンはあるのかな? それに――」

「待った待った!」


 こっちの逡巡などお構いなしに怒涛の勢いでまくしたてる三色団子にストップをかける。


 ここから五時間くらい語り出しそうな勢いだった。


 だが、こんなところで時間を使っていたら、真っ暗闇になってしまう。


 そうなったとき、自分が平静でいられる自信は、正直ない。


 一応、タクシーは近くのパーキングエリアで待ってもらっているので、最悪そこに戻れば済むぶん、まだ心にゆとりはあるが――


「時間が無い。とにかく行こう」

「それもそうだね。目撃例が一番多いのはトンネル内だ。さっそく確認してみようじゃないか」

「わかった。よいっしょっと……」


 フレンチクルーラーばりのデカタイヤに改造されたキャリーバッグを引っ張る。


 タイヤがあっても女子高生が気軽に持ち運べる重さじゃない。


 そりゃ、助手が必要だわなと思う。何が入ってるのかわからないが。


「見てごらんよ」

「ん?」

「トンネルの前に柵も何もない」


 霊子が示した先には、ぽっかりとトンネルが口を開いている。


「そういうもんじゃないのか?」

「いいや。ここは心霊スポットとして話題になりすぎたからね、老朽化していることもあって入ると危険なので、柵が設けられた――と過去にウェブ報道があったんだ。だが、見当たらないね」

「タチの悪いユーチューバーかなんかがどかしたのかもな」

「どうやらそうではないようだよ」

「え? ……あ」


 トンネルの中が暗くて見えていなかったが、近づいてみると、内側に柵が散乱していた。


 工事現場によくある緑色のプラスチック製フェンスの残骸だ。


「この散らばり方、何かが猛スピードで突っ込んだように見えないかい?」


 言われると、そうとしかもう見えない。


 徒歩で来た俺らは別だが、旧道はもう使われていないから、車両はまず来ないはずだ……。


「……首無しライダーが突っ込んだって言うのか?」

「いいや。必ずしも、そうとは言っていないよ。ただ事故ではないだろうね」

「どういうことだ?」

「ブレーキ痕が全くない」


 確かに、地面には急ブレーキをかけたときの、黒いタイヤの焦げ付きが見当たらない。


 ということは――


「フェンスを壊すために突っ込んだってことか」

「その仮説が成り立つね。……となると、幽霊どうこうというより、危険人物がいる可能性が高くなる。さて、君は何人までならぶちのめせる?」

「物騒なことを聞くな。素手なら二、三人じゃないか?」


 喧嘩なんかしたことはないが、古武術の組手の経験から考えて、そのくらいは出来そうだ。


 ファミコンみたいに前から一人ずつ突っ込んで来るならもっと行けるだろうが、実際には囲まれた時点で終わりだろう。


「わかった。最悪の場合は、ボクが作った【ジョロキア氏】を使うから心配はしなくていい」

「なんだよジョロキア氏って」


 布団の中から取り出した鉄の筒をカラカラと振る三色団子。


「スコヴィル値が猛烈に高いスプレーだよ」

「全く未知の物差しだが、お前の方が物騒なのはわかった。だいたい、普通そういう発明品って、ナントカ君とかじゃないのか。氏て」

「当初は【トウガラ氏】だったのさ。ついつい、興が乗ってどんどん強くしていったらそうなったんだ。まぁ、首がない相手には効き目が薄いかもしれないがね」


 冗談なのかどうか判断に迷うので、曖昧に相槌を打ちつつ、トンネルに向かう。


 そして、トンネルの入り口に足を一歩、踏み出そうと持ち上げる。


「……よし」


 呼吸を落ち着ける。


 中は真っ暗だが、背後はまだ茜色だ。


 大丈夫、大丈夫のはずだ。


「心配なら手を握ろうか?」


 傍らの霊子から差し出された手。


「……い、いやいい」


 情けない話だが、反射的にそれを取ろうとしてしまった自分がいた。


 慌ててそれを押しとどめ、一歩踏み込む。


「ふぅ……」


 大丈夫。問題ない。


 暗闇に放り込まれると出て来る動悸や脂汗も、いまのところない。


 まだ明るい入口周辺なら、問題はないらしい。


「寒いね」

「あ、ああ。それになんか、ジメジメしてるな……」


 僅か1メートル程度の差しかないというのに、急激に気温が下がったのがはっきりわかった。


 そして、空気が異様にじっとりとしている。


 サウナじゃないが、肌に水滴がつくんじゃないかという湿度だ。


 廃トンネルでシイタケ栽培をするニュースなんかも見たが、こんなに気温や湿度が違うものなんだろうか。


「この空気は――仮説が正しかったのかもしれない……」


 ぽつりと霊子がつぶやいた。


 どういう意味か尋ねようとしたが、それより先に暗闇の先でチカッと何かが光った。


「ん? 今何か光ったか?」

「ああ、ボクにも見えた。ということは見間違いではないわけだ。複数の視点というのは大事だ。さて、光は一つだったね?」

「ああ」

「ということは少なくとも、トンネルの反対に車が来ているというわけではないね」

「バイク……かもな」

「可能性はある。だが――」


 言って、ヘルメットのライトをチカチカさせる霊子。


「こういう可能性もある。心霊スポットとして有名だしね。反対側から入ってきた物好きがいてもおかしくはないさ」

「……いや、待て。反対側って確か……」


 背筋を、外気より更に冷たいものが走って行く。


「なんだい?」

「お前は爆睡してたから知らないだろうが、タクシーの運ちゃんが言ってたんだ。トンネル抜けた反対側の道は先日の大雨で崩落してるからあんまり奥まで行かない方がいいって……」

「なにっ」


 布団が一瞬浮かび上がるほど足をピンと伸ばして驚く霊子。


 コイツでも驚くんだな。


「お、落ち着くんだ。一応、先に侵入した人間が引き返してきているという可能性もあるからね」

「そうだな……けど、いったんトンネルから出てもいいか?」

「う、うむ。そうしよう。仮に車両なら危険だしな」


 二人して外に出ると、陽が落ちかけてもはや紫色のグラデーションになっている空が見えた。


 移動のたびに、ゴロゴロと例のクルーラーなでかいタイヤが音を立てるのが嫌だ。


 何かに気づかれそうで。


 とりあえず、奥に動きはなく、何事もなく出られたが――


「おい、大丈夫かい?」

「え?」

「震えているじゃないか」

「なに……?」


 全く自覚なく、足が震えている。


 なんだ。まだ真っ暗というほどじゃない。


 なのになぜこんなに怖い。映画館では平気なのに……。


「君もつけた方がいい」


 バンドに取り付けられた四角いライトを渡される。


 おでこにこれを撒くのは恥ずかしくもあるが、そんなことを言っていられない。


 側面のスイッチを入れると、それなりの光量が出て、少し安心する。


「ふーっ、ふーっ」


 呼吸を深くする。


 酸素を体に沁み込ませるイメージ。


 大丈夫だ。頭が回るうちは、大丈夫。


「これも渡しておこう」

「なんだこれ?」


 純白のボールだが、球技のものではなく、目が粗い。


 見た目だけで言えば、おしゃれなバスボムに似ていた。


「塩化ナトリウムだよ。食塩だね」

「塩おにぎりはよくあるけど、にぎり塩は初めてだな……なんだこれ」

「古来より幽霊に塩が効くと言うだろう? それは合成された塩だからね、昔とは比べ物にならない純度だよ」

「気休めってことか……」

「いいや、ボクの仮説が正しければ効果がある」


 自信満々に胸を張り、鼻を鳴らす霊子。


 科学者どころか年齢よりずっと幼く見えるが、それは言わないでおこう。


「よくわからないが、一応もらっとく」


 塩玉を制服の上着のポケットに入れ、顔を上げた直後、心臓が跳ねた。


 いた。

 はっきり、それが。


「あ、あ……」


 声が、出ない。


「おい、どうしたんだい?」


 答えたいのに、心臓を鷲掴みにされたようになって、視界が狭窄する。


 怪奇現象でもなんでもない。


 極度の緊張で頭と体が一致しないのだ。


 なんとか必死に脳から指令を飛ばして、指を持ち上げる。


 霊子の後ろの空間を指して。


 彼女の背後に浮かぶ、首なしライダーを指して。


「あ、あ……」

「おい、脅かすのはやめてくれよ。まさかそんなベタなことが……」


 どこか緊張の色が浮かぶ霊子の声。


 その声を、バイクのエンジン音が切り裂いた。

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