子育てがひと段落したアラフォーシングルマザーですが、なぜか年下の騎士団長様に溺愛されています。
「アリア、綺麗よ」
「ありがとう、ママ! いままでひとりで私を育ててくれてありかとう。私、幸せになるね」
今日は娘の晴れの日。純白のドレスに身を包んだアリアは我が娘ながら輝いている。
満足に学校にも行かせてやれなかったアリアが、ようやく見つけた仕事場は、街はずれの駐屯所の賄いの仕事だった。まさかそこで騎士様に見初められ、こうして結婚式を挙げる日が来るなんて信じられない。
お相手の騎士様は、若々しく逞しい胸板に引き締まった体。乗馬が得意な騎士団のホープだという。そんな彼に対して密かな恋心を抱いたアリアは、彼にこっそり夜食を届けたりしているうちにいつしか恋仲になったとか。
そして、私は二十年ぶりに、ひとり暮らしをすることになった。
◆
「クレアさん、皮むきが終わったら、洗い物手伝ってください」
「はい、ただいま」
「それから、お皿もお願いします」
「はい、あちらに」
「えっ、いつの間に。あれ? お洗濯もですか? いつの間に……。クレアさんが来てくれて、ホント助かります」
「そんな、私なんて年がいってるだけですよ」
「いえいえ~。頼りになります」
「ずっといてくださいね」
ここは、街はずれにある騎士団の駐屯所。
アリアが結婚して仕事を辞めたものだから、私が代わりに働きに行くことになったのだ。
最初は慣れない環境に戸惑ったものの、すぐに馴染むことができた。
ここでの仕事は、炊事と洗濯など、家庭で主婦がやるようなことが主である。私はシングルマザーとして二十年近くやってきたのだから、できるのは当然だろう。でも正直、娘くらいの歳の女の子たちから頼られるのは悪い気はしない。
◆
「クレア、ちょっといいか?」
「はい、何でしょうか」
今日は初めて、ダニエル騎士団長に声をかけられた。ここに駐屯する騎士様の中では一番年長なのだが、私から見ればそれでも若い。娘と結婚したクランツよりひとつ年上というから、まだ二十代の後半のはずだ。
「実は、この駐屯所に空き部屋が出来る。副団長のクランツが、ついに近衛騎士団に選抜されたんだ。アリアと共に王都に行くことになる」
「それは、おめでとうございます。アリアもきっと喜ぶことでしょう。代わりの副団長はいつ頃来られるのですか」
「補充する予定はないよ。何しろ、こんなことがあろうかとハイツにも副団長を務めてもらってるのだから」
ここに駐屯する騎士団員は、独身の者は基本的に四人部屋の共同生活。結婚した者は近くに家を借りて通うのが通例になっている。
ただし、団長と副団長にはそれとは別に個室が与えられているのだ。
「では、空いた副団長室の掃除ですね。かしこまりました」
「え、い、いやそれが……」
「はい?」
いつもは、はきはきして凛々しい騎士団長様。何だか今日はそわそわしている。
「……一体何でしょう」
「い、いやそれが……実は、せっかくだから、クレアに住み込みで働いてもらいたいのだが、い、いいかな……」
「はい。承知しました」
「え? 本当に……」
「はい、お仕事ですから」
何しろ若くて逞しい男の人たちとひとつ屋根の下で暮らすのは、独身女性には難しい。
賄いの者をひとり住み込みで働かせるとなると、私のような四十近いおばさんなら、間違いなど起こり様がないということだろう。
とっくに女性として見てもらえていないことは分かっていた。それでもこうして、はっきりと現実を突きつけられるのは少しショックだった。
ダニエル騎士団長は、申し訳なさそうに顔を真っ赤にしている。職務とはいえ、言いにくいことだったに違いない。
彼の顔を見るうち、何だかこちらの方が申し訳ないような気がしてきた。
「私のことでしたらお気遣いなく。見てのとおりのおばさんですから」
「い、いやそんなことはないぞ」
「お心遣いいただき、ありがとうございます」
「い、いやクレア、俺はそんな……」
何か言いたそうなダニエル騎士団長に対して耳をふさいだ私は、こうして副団長室に住み込みで働くことになった。
◆
ところが副団長室に住み込むことになって、一週間が過ぎた頃。何だか妙なことが起こりはじめた。
一日の仕事を終えて部屋に帰ると、テーブルの上に花瓶が置かれており、小さな花がいけてある。
「まあ、どういうことかしら」
誰かが部屋に入ってきたことは明白。しかし部屋は物色された形跡もなく、ただ花瓶が置かれているだけ。
また別の日は、王都で今はやりの焼き菓子店『マトリモニー』のマカロンの詰め合わせの小箱が置かれていたこともあった。細い字で「クレアさん、いつもありがとうございます」と書かれたメッセージカードが添えられていたから、おそらく、賄いの誰かのお土産だろう。
「誰か知らないけど、いつも悪いわね。私になんて気を遣うこと無いのに」
ところが、賄いの女の子たちは、自分たちじゃないという。
「私じゃないですよ」
「私も違うわ」
「なら、今日お休みの子かも……」
結局、誰からの物か分からないまま、謎のプレゼントはそれからも数日おきに続いたのだった。
◆
「クレア、ちょっといいか?」
この日、やけにそわそわしたダニエル騎士団長に久しぶりに声をかけられた。
「実はな。昨日たまたま任務で街へ行ったのだが……」
「はい」
「そこで、たまたま、馴染みの商人に会ってな」
「はあ」
「彼の話を聞くと、今王都では青い装飾品が流行っているらしい」
「そうなのですね。知りませんでした」
私は、住み込みで働くようになってから、それまで身につけていた装飾品は全部処分した。どうせ女性として見られることのない自分なんて、着飾っても無駄。最低限の化粧と髪を整えるだけにしているのだ。
「で、やけにすすめるものだから、つい買ってしまったのだが、俺は独身で交際している女性もいない」
「……」
「で、この髪飾りの使い道を考えたところ、たまたま俺の近くに女性がいた」
「……は?」
「クレア。これをもらってはいただけないだろうか?」
ダニエルはそう言うと、懐から大事そうに小さな箱を取り出すと、私にトルマリンの髪飾りを見せた。
「そ、そんなご冗談を。私がそんなの髪に付けたって笑われるだけですよ」
あまりのことに、両掌をぶんぶん振って辞退したのだが、私の胸は早鐘を打っていた。男性からのプレゼントなんて、いつ以来だろう。
「クレアの美しい髪によく映えると思うのだが……」
「私なんて、とっくに女の盛りを過ぎたおばさんですのに」
「そ、そんなこと無いぞ! 俺は一目見た時から、そ、その……」
「からかわないでください!」
そんなこと、あり得るはずがない。私を女性として見ていないから、住み込みさせておいて、からかうにも程がある。
失礼は承知でダニエル騎士団長の顔を睨みつけた。ただ、腹立たしい気持ちとは裏腹に、心臓はますます早鐘を打っている。
「本当だ。結婚式の会場で一目あって、俺の心はクレアに奪われた。自分の傍に居て欲しくて、ここで働いてもらったし、他の男に取られたくなくて、副団長室に住んでもらったんだ」
「そ、そんな……信じられません」
「本当だ。信じてくれ!」
「じゃあお花やお菓子は……」
「少しでもクレアの気をひきたくて置いたんだが、恥ずかしく言い出せなかった。ひょっとして、迷惑だったかな」
「そ、そんな。とんでもないです」
「クレア。実は、髪飾り以上に、君にこれを受け取って欲しい」
ダニエル騎士団長はそう言うと私の前に片膝をついて目の前に小さな箱を差し出した。
「俺の甲斐性ではこれくらいしかできない。そんな俺でも君を幸せにすると誓う。どうか受け取ってくれないか」
ダニエルはそう言うと、震える手で小箱を開けた。
中に入っていたのはトルマリンの台座に乗った小さなダイヤの指輪。
私だって、この指輪がどれ程の値打ちなのかは大体わかる。
そして何より、竜を駆り魔物を討つ騎士団の皆さんが、どれだけの薄給で王国に尽くしているかということも。
そんな、、私のようなおばさんのために、ダニエルはこんなことを……。
「は、本当に、私なんかでいいのでしょうか」
「もちろんだとも。愛している。君のこと誰にも取られたくはないんだ」
そダニエルはそう言って、嗚咽する私を強く抱きしめてくれたのだった。
◆
「ママ、綺麗よ」
「ありがとう、アリア! 私に幸せを運んでくれてありがとう。私も、アリアに負けないくらい幸せになるね」
私は、純白のドレスに身を包んで、キラキラのバージンロードを歩く。
アリアが、運んでくれた幸せ。まさか自分が騎士団長様に見初められるなんて信じられない。
「クレア、綺麗だよ」
ダニエル様は、そう言うと、逞しい腕で私を抱き寄せた。
なんて厚くて温かい胸なのだろう。
そしてひな鳥をいつくしむ親鳥のように、優しく口づけを繰り返してくれたのだった。
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