七・五・三・十五
きゃいきゃいきゃいと、頭の上から降ってくる華やかなおばさんたちの声。
もう用事が済んだのだから早く帰ってこの恥ずかしすぎる格好を止めたいと手を引っ張るけれども、逃さないよと握り返されるだけだ。
11月の空気は肌寒いし、周囲を見回してもうんざりした顔の子が多いし、早く解散すれば良いのにと思うのに延々と長話が続いている。
流石にこの衣装のまま一人で帰る気にもなれないし、帰れる気もしない。
高校受験の勉強していないといけない時期に、本当俺何をやっているんだか……
「本当に可愛いわねえ」
「色白で、ママに似て器量よしだし、将来すっごい美人になりそう」
俺に視線が集中したので思わず母親の影に隠れると、「かっわいー」という歓声が上がる。
お前らアラサーかアラフォーだろうに落ち着きのない。
「ねえ、お名前は?」
「大森ひな……」
「ひなちゃん、って言うんだ。似合ってて可愛いねえ」
『陽向』とつい本名を口走りかけて止めたら、『ひな』と言う名前だと勘違いされたのか。
まあ俺が男とうっかりバレなくて良かったけど、なんかちっちゃい女の子扱いが加速して屈辱感が溜まる。
周囲には、七五三の格好で母親に連れられたちっちゃい女の子や男の子が多い
振り袖を着せられ、頭には飾りを付けて化粧までさせられた、『七』の女の子たちの一員扱いされているこの理不尽感。
本当は10歳近く年齢が上の15歳の男子だとバレないのは喜べば良いのか悲しめば良いのか。
なんとかという特殊な病気で、昔から一向に成長しない自分の体が恨めしい。
鬘の上に何本も簪を挿した頭が重い。ヌメヌメとした顔が気持ち悪い。掻きたくても掻けないのが地味に辛い。
ピンクに花柄、少女用の振り袖を着せられている自分がなんとも恥ずかしくてたまらない。
ただの背景になりたいのに(それでも地獄だが)、注目を浴びていることがもっと辛い。
返事することもなく適当に首を振っているだけなのに、どうにも話題の中心から抜け出せない。
しかし頷くだけで簪がチャラチャラ音を立てて鬱陶しいこと。
なにか『七歳の中で一番可愛い女の子』扱いされているようだし。
俺は15歳の男なので、その座は喜んで他の人に渡します。
そう、例えば……
と、周囲を見回して新しくやってきた一人の女の子と目が合う。
うん、この子のほうがずっと適切だ。
彼女は、というか彼女の母親はおばさん軍団の中のひとりと知り合いだったらしく、立ち話の環の中に参戦してくる。
空みたいな淡い水色の振り袖に身を包んだ、俺よりも少し背の高い少女。
俺みたいなイレギュラーじゃなくて、本来の衣装の主目的の六-七歳の女児が着ていると安心感がある。
幼いながら整った可愛い顔立ち。
背筋がしゃんと伸びて落ち着いた感じは大人びた印象を抱かせる。
ハキハキした声でおばさん軍団と受け答えしているのもなんか凄い。
山村リコ、って名前なのか。いや知ったからといってどうなる知識でもないのだけれど。
「リコちゃん、何月生まれなのかな?」
「数えで7歳の5月生まれです」
「えっ、じゃあまだ幼稚園生なんだ。しっかりしているから小学生かと思ってた」
「本当、立派ねえ」
「じゃあうちの子より歳上なんだ」
話題の中心から離れてほっと一息していたのに、最後の母の言葉にまた俺に注目が集まってくる。
いや俺その子よりも倍以上年上なんだけど! そんな子を年上扱いするなんてまっぴらなんだけど!
「リコお姉ちゃん、って呼んでみてよ」
「……」
「ね?」
「……リコ……お姉ちゃ……ん」
なんの羞恥ゲームだと母親の陰にまた隠れようとする。たぶん顔は真っ赤になっているだろう。
そんな俺に「はいっ!」と元気よく返事して、俺にニッコリと微笑みかけるリコちゃん。
心臓が高鳴るのを自覚して、どんなロリコンだと次の瞬間に落ち込む。
そしてその「ロリ」と俺が外見的にはほぼ同じか幼く見える事実を思い出して更に凹む。
「かわいいなあ! もうっ! あなたのお名前は?」
「……大森ひな……」
「ひなちゃん、かーいいっ!」
挙げ句抱きついて来るし。
俺男なんだって。絶対バレるよどうしよう。
心配と不安でますます縮こまって、助けを求めて見回すけれども、返ってくるのは微笑ましそうな視線ばかり。
そりゃ振り袖姿の幼女二人が抱き合っている様子とか、俺でも外から見れば微笑ましいと思うだろうけれども。
でも本当は俺は男なんだぞと。なんなら15歳なんだぞと。
しかし俺、この子よりも背が低いんだよな……
ちょっと見上げる位置にある、濃いめに化粧された整った顔。
今抱きついて相手が男だとも知らないで、ニコニコと笑っている。
……本当に気がついてないのかな? 安心したら良いのか、落ち込んだら良いのかどちらか悩むのだけれど。
そんなに待つことなく、ようやく解放される。
少し残念、と思ってしまった自分が信じられない。
10歳以上年下の女の子に抱かれて嬉しく思うなんて、そんなことあるはずがない。絶対に。たぶん。
流石にもうへとへとで退散したい……と思うけれども、長話はまだまだ尽きる様子はない。
この手は使いたくなかったのだけど、仕方がないか。
母親の手を引っ張って、届く最小限の声をあげる。
「ママ……おしっこ……」
想像していたよりずっと恥ずかしくて、まともに顔も上げられない。
「あらあら、ヒナちゃん。ごめんなさいね。……じゃあ、申し訳ないけど、私はここで」
「そうね。私たちもここらで」
まだ話し続ける人も多いけれども、半分くらいがぞろぞろと帰途につき始める。
「ヒナちゃーんっ! またねー!」
そう言って手を振るリコちゃん。長い袖がブンブンと揺れる。
千歳飴袋を持った手で小さく振り返すと、大喜びしてくれた。
この振り袖幼女装男の何が気に入ったというのだろうか。
……しかし『またね』か。
もう二度と会うことともないだろうし、仮にあっても分からないだろうな。
そう思っていた時期がありました。
____________
「わあ、ヒナちゃんだ。お久しぶりー。また会えたねー。私のことおぼえてる?」
「う、うん。リコちゃん……だよね」
「あーっ、おぼえていてくれたんだ、ありがとう! これからよろしくねっ」
それから約半年後。
高校受験にもなんとか受かって、3年間の学ラン生活の始まりだ……と思っていたのに。
なぜか小学生の女子制服に身を包んで、ピンクのランドセルを背にして。
少しだけ成長したリコちゃんにブンブンと手を振り回されている自分がいた。
本当は高校生なのに。本当は男なのに。
スカートを履いて、髪も伸ばして、女の子たちに混じってその一員になって、小学一年として授業を受けて。
果たして俺、この生活に耐えられるんだろうか……?