神樹神䛡大繋 虚毒の果て
神樹神話体系5作目。連続性は特にありません。こちらから読んでも問題ございません。
ここに住み落ちて幾歳か、ひくきひくき高みの場所に一人座りて、はて何をしようかと思い立った。
周りを見渡せば、積み重なった人の欠片が幾ばくか、世の遺棄場、なれの果て、終わってしまった世の果ての先。
緩やかに濾され流され行き着く世界の果ての果て。
沢山の意思はあろうとも、生きある者はここにはいない。
いうて、私自身生きているといって首を傾げる存在だ。
はて、なにをしようか。
欠片を持ち上げて、コンと叩くと澄んだいい音が鳴った。
殻のみの純な音。
空ゆえならす感の高い澄んだ音が響いて、遠く、近く鳴って、砕けた。
最後の域か、気が済んだのか。
ふむ、と手を組む。
立ち上がると、バラバラと沢山の欠片が堕ちて砕け澄んだ音を鳴らす。
『果て』
ただそう呼ばれたこの地にて、初めて意志ある音が響く。
ふむ。
何をしようか、改めて、そう思った。
ここは、世界の果てだ、終わりゆく場所だ。
仮初とはいえ生み出すものである私を、彼奴らはここに押し込めた。意思を壊され、ただ物であった私が自我をも生むとは考えていなかったのか、はてさて、ここなら生んだところでなにも出来ぬと踏んだのか。
何もせぬのも手であるが、私が何もしなくても、世は周りあの女狐は世を壊す。
ならば沢山の物がここに降ってくるだろう。
時は無いが、果ては幾らでもある、すべてをくろうた所で、何も文句をいう訳もない。
ともかく何を造ろうとも、まず必要なのは名であろう。
ものを表す名、場を現す名。
流れ行く先―――。
『岸』
と便宜上呼ぶことにした。
ここは、あくまで一時の受け皿、また、移ろいゆくものは流れゆくのだから、それまで、その一時の願いたれと。
あれから幾ばくかたったのだろうか。
少し、趣味ともいうべきものができた。
流れ着く欠片は、その多くが人を模したものである。すべてが濾され、洗われて新たな場所に行く前に一時のやどかりの地。
その仮初の器に少しばかり悪戯をすることにした。
この地にて粉となるまで洗われても、その器はやはり、新たな生となって流れ着く。
現に意思強き物は、何度目か、ふと思うたびに流れ着く者もいる。
その砕ける刹那、新たな美空に、一滴墨のように成れを流し込んだ。
その意思が、強くあれるように、折れぬように、と気まぐれに願いを込めて。
その御霊は、昇っていく、新たな場所を求めて。
あれは、幸など望まぬ、必要なのは貫き通せるだけの意思と自我、何を変えるか何が変わるか、この場所に時は無い、それがわかるは幾歳か。
気が付けば意思強き者が増えた、神代であればありえぬ話なので、たぶん、あの女狐が何らかをやったのだろう。
いや、共と言い換えるべきか、私を含め、あ奴と利害を合わせたモノは意外と多い、荒れるなと、いつの間にか変わることの無かった顔が歪むのを久しく感じた。
結果は気が付けばそこに有った。
役目を終えた神樹が目の間に流れ着いたからだ、沢山の物がこの地には流れ着くが、これは貴重だ、意志ある木などそうそうは無い、この地にて新たな時までその身を崩す新たな芽が宿るまで。
「ゆっくり休め」
久々に声が出た。枯れてはいなかったようだ。
ポンポンとその身を叩くと、神樹は鈴を鳴らすような音を響かせて砕け散った。
その身は千々と別れようと、その欠片は一片一片が大樹の大きさをもっており、材の無いこの地にとっては宝のような存在である、意志は無くなろうと、その身に宿る威は残る、芯とも呼ぶべき大身を残し、その意思は新たな流れへと進みゆく。
ふむ、彫るか。
何を彫るか。
この身、かつては何かを造っていた名残のためか、一通りの彫る知は残っている。
人の手で握る程度の小さなモノであるが、長じれば、大きなモノも彫ることが出来よう。
手慰みに幾つか、この地に形を保ったままたどり着くものを彫った。
手のひらに握る程度の大きさであるが、鋭き石と、硬い石を握り、欠片に傷を入れていく。
その傷はいつしか深く跡を残し、溝となり跡となりそして、形となった。
ふと、顔を上げると、楽し気に作業を見ているものがいた。
珍しいことに意思を残している。
「何をしている?」
「彫っている、姿を、生き様を、あり方を」
「その額の物はなんだ」
「角だな、一度目は無かった、二度目は、一本。
三度目には二本額に伸びていた」
「人の身には、過ぎたしろものだな」
「ああ、こやつはすでに人では無いのだろう、人の眉間に角が生えた、鬼とでも呼ぼうか」
「…鬼か」
意志あるモノは楽し気に嗤った。
「なぜ笑う?」
「そやつ、形作ったのはお主だろうに、なぜ他人事のようにその身を形どるのだろうとな」
「私が、これを?」
「ああ、気が付いていなかったのか?」
「すまない、盲いた時期がながかったものでな、見るのは不得意だ」
「そうか」
また、それは楽し気に嗤った。
「なあ、そんな小粒ではなく、俺を彫らんか?」
「お前をか?」
「ああ、ほかのやつが彫ってもらっていてな、何がうれしいのか理解できなかったが、お前なら俺を楽しませるものを彫ってくれるかもしれん」
「ふむ、いいぞ。時間は無いが、いくらでもある」
私が頷くと、何を楽しいのかそれはまた笑った。
俺は眠るから、いくらでも彫れと、それは大樹の大きな欠片を二つ掴み上げ、一つを地に、一つを天に突きさした。
彫るのは地の欠片のようだ、欠片といえど、その大身から零れ落ちた欠片は優に天に届きそうなほどの大きさを持つ。
「なあ、眠る前に聞いてもいいか?」
「何をだ?」
「名だ、今まで彫ったやつにも聞いてきた、彫るには刻んできた名が必要だ、それがなければ、彫ったものなど空っぽの空虚でしかない」
「名…か、いろいろあるが、お前が呼べそうな名では、『威』と呼ばれてきた」
「『威』か、それに恥ぬものを彫ると誓おう」
「お前の名は?」
「ふむ、なんと呼ばれていたかな、好きに呼べ」
「なら『蒜』と呼ぶ」
「ひる、か…」
「ああ、主にはわからぬか、大樹が沈み、あの世に夜が訪れた。
大樹が支えていた大鏡が地に沈む一時、「赤いひる」が世界を覆ったのよ。あの刹那を切り取った名を主にやろう」
そうか、大鏡が沈んだのか。
あの女狐はやり切ったらしい、また、久しく口が歪む。「蒜」か、気に入った。
あの鏡を貶めた名をかたる、その権勢を冠する音を響かせながら。
「蒜の名において、『威』が気に入るものを彫り上げると誓おう」
『蒜』の名のもとに、世界が朱く染まる。
この地は果ての場所。
『威』が眠り、『蒜』が形どる場所、その場所は徐々に形を変え、時を経て、彼の地、彼の岸と呼ばれる。
朱い昼が停まる場所。
『彼岸』―――と。