1
【目覚め】
アイツが死んだ、夢を見た。
止まった心臓が、少し嬉しかったのに、
棺桶に、入れようとしたら、
止まっていた筈の心臓が、動き出した。
あの人の足が、アイツの心臓を踏みつける。
お願いそのまま、止まっちゃってよ。
もう二度と、目覚めないで。
目覚めれば、いつもの風景。
アイツはやっぱり、ご健在。
─────────────────
【ねぇ】
「ねぇ、今夜は雨が、降りそうよ」
千香子が言った。
「あぁ」
新聞から目を離さずに、宏樹は答えた。
外は、雲一つ無い晴天。
「ねぇ、ご飯、おいしかった?」
千香子が言う。
「うん」
宏樹は答える。
「ねぇ…」
少し、間が空いた。
「死んでくれる?」
「あぁ」
答えた瞬間、千香子の持っていたナイフが、宏樹の背中に数回刺された。
※教訓。
人の話は、ちゃんと聞きましょう。
─────────────────
【静かにして。】
ざわつく教室。
大声で騒ぐ、同級生達。
煩くて、かなわない。
私は、静かな場所が好きなのに。
ウルサイウルサイウルサイ…
目を閉じて、耳を塞ぐけれど、それでは防ぎきれなくて。
ふっ…
何かが切れるような音がして、不意に意識が途絶える。
次に目を覚ました時、教室の中は静まり返っていた。
教室内は、血溜まりと化し、誰も息をしている者はいなくなっていたから。
私の手には、血で染まったカッターナイフが握られていた。
ふぅ…
私は一つ、息をついて、自分の席に座った。
静かな場所は、好き。
─────────────────
【制止する声】
「ダメだよ」
私が、足を踏み出そうとした瞬間、その声は聴こえた。
「どうして止めるの?」
振り向かずに、私は言った。
「私が嫌だからだよ」
声が答えた。
「そう。でも私も嫌なの」
私はそう言って、足を踏み出した。
何も無い、空に向かって。
だって、死にたかったんだもの。
消えたかったんだもの。
誰にも、止める権利はないでしょう?
最後に聴こえた声が、私自身のモノだとしても。
「さよなら」
地面にぶつかる寸前に、私は全ての人間に、別れを告げた。
─────────────────
【映像ビジョン】
その映像ビジョンは、突然頭の中に現れたモノだった。
逃げ惑う人々と、湧き上がる悲鳴。
人々に向かって、静かに両腕を上げる、長髪の男。
「何コレ?」
不意に嗚咽が込み上げてきて、私は手を口元にあてた。
沢山の人々の、屍骸の山。
動く事のない、肉の魂かたまり達。
見たくなんてないのに、頭の中に克明に映し出される。
「嫌…」
気付くと、目からは涙が溢れ出していた。
『消えて、消えて、消えてよ…』
心の中で、繰り返す。
ようやく映像が消えた時、私はその場に倒れ込んでいた。
─────────────────
【僕が僕である為に】
僕が僕で在る為に
僕は自分の 兄を殺した
僕が僕で在る為に
僕は自分の 妹を殺した
僕が僕で在る為に
僕は自分の 親を殺した
僕が僕で在る為に
僕は周りの 人々を殺し続けた
最後に残ったのは 僕自身
けれども
誰もいない この世界では
僕が僕である必要は もうなくなっていた
最後に僕は 僕を殺した
後に何も 残らないように
─────────────────
【愛しい君よ】
君を手放す事など 僕には考えられなくて
部屋から出て行こうとした君を 鈍器で殴りつけた
動かなくなってしまった君は それでも美しくて
僕は部屋の中 一日中 君と過ごした
愛しい君よ 僕に話しかけて
美しい君よ 僕に笑いかけて
狂っていく僕の思考と 物言わず腐ってゆく 君の死体
その傍で僕も 生命いのちを終えよう
─────────────────
【境界線】
ばちっ
そこから先に進もうとした私の足は、見えない何かに阻まれて止まった。
「ダメなのね…」
私はそう言うと、元来た道へと戻って行った。
話しかけても、近づこうとしても、それを阻み続ける彼女は、私の分身。
私の心の中に棲む、小さな小さな私。
心の傷が癒えない限り、彼女に近づく事も、彼女に顔を上げさせる事も出来ないのだろう。
ずっと隅の方で、膝を抱えてうずくまるその子を、いつの日か、笑わせてあげる事が出来るだろうか?
いつの日か…。