最終話 1/3
「橋詰さん、さっき頼んだ資料どれくらいでできそう?」
「2時までに終わらせます」
「本当?そしたらマニュアルの修正もお願いできるかな?」
「わかりました」
「あとキャンペーンのPOPだけど、あれだとちょっとインパクト弱いから全体的に色味を濃くしてフォントも変えてほしいな」
「はい。POPは明日でも大丈夫ですか?」
「うーん、できれば今日中がいいな」
「…わかりました、急ぎます」
「ありがとう」
目が痛い、コーヒーを飲みたい。思うことは色々あるけどずっと席を立てずにいる。まだ火曜なのに体はすでに悲鳴をあげている。最近は編集ソフトの操作も基本だけでは追い付かなくなっている。周りに聞ける雰囲気でもないため家で勉強する日々だ。
「ごめんね橋詰さん。わからなくなったら聞いてくれていいから」
「はい、ありがとうございます」
事務員で入ったはずの私がPOPやバナーを作っているのは数名いたWEB制作担当の人が1人抜けたからだ。急遽募集をかけてはいるものの、まだ名の知れ渡っていないECサイトではなかなかいい技術者が来ないと人事担当の上松さんは言っている。
私のような素人でも使わなければ手が足りないほど作業量が多い。できるたけ足を引っ張らないよう追い付くのに必死だ。
「ただいまー」
リビングに入るとソファーでテレビを見ていた母が振り向いた。
「おかえりー。あんたまた疲れた顔して。お父さんあと1時間くらいで帰ってくるけどご飯どうする?」
「先に食べる。今日も勉強しないとだから」
「そう、じゃあお風呂入ってきなさい」
「うん… 疲れた」
「大丈夫なの?今月入ってから毎日残業じゃない」
「今は必死でやらないといけない時だから」
冷蔵庫からパックのカフェオレを出してグラスに注いだ。少しずつ口にしながらテレビに目を向ける。内容は入ってこない。
「あっ、そうだ。さっき隆平君が来てお土産置いてってくれたわよ。出張だったんだって。ほら、りんごのクッキー」
「隆平も出張ばっかで大変だね」
「あんたのこと心配してたわよ、紹介した立場だし無理させて悪いって」
「別に私が決めたことだし気にしなくていいのに」
「優しいからね~隆平君。ねぇ、駅から歩いてくる途中の桜ちょっとだけ咲いてたでしょ?」
「そうだね」
「週末お友達とお花見行こうって約束してるのよー。まだ早いかなって言ってたんだけど、これだけ暖かかったらいい感じに咲きそうじゃない?」
「うん」
残りのカフェオレを飲み干してグラスを流し台に置いた。
「もう、無関心なんだから。あ、そこのテーブルにある荷物夕夏宛に来てたわよ」
「……」
テーブルに小さめの箱が置いてある。
「倉前って書いてあったけど知ってる人?不審なやつとかじゃない?」
「うん、大丈夫」
荷物を取り、着替えを用意するため2階へ上がった。
部屋のドアを閉めてベッドの横に鞄を置いた。荷物はローテーブルに置いて着替えを出そうとタンスの引き出しを開いた。
取り出すものは決まっているのに荷物の中身が何なのか気になって手が止まってしまう。
1週間ほど前、恭也さんからメッセージが来た。恭也さんとは埼玉に帰ることを伝えたきり連絡をとっていなかった。メッセージは、送りたい物があるから住所を教えてほしいという内容だった。
先に開けてみよう、そう思って箱のテープ部分をカッターで切った。中にはラッピングされた箱と長い封筒が2つ入っていた。
封筒の1つを開けるとパンフレットと手紙だった。
この間は突然住所を聞いたりしてごめんね。
遅くなってしまったけどお世話になったお礼を贈ります。
そして自分の事になるけど、改装作業が終わってやっと店としてオープンすることになりました。
少し遠いけどもし都合がつくようであれば一度来て下さい。
乗車券の購入に使える商品券を同梱しています。使い道は自由だから、乗車券以外に使用してもらって構いません。色々とありがとうございました。では、お元気で。
倉前 恭也
ラッピング袋から中身を取り出すと、ブランド物の腕時計だった。携帯を取ってメッセージを打った。恭也さんに荷物を受け取った事とプレゼントのお礼、そして都合をつけていつかお店に行くことを書いて送信した。
お店のパンフレットの表紙にはお店の名前で“espoir~エスポワール~”と書いてある。いつか見た白いログハウスが緑の自然に囲まれている写真が載っている。ログハウスの周りには花が植えられていて、あのノートに描かれていた通りだと思った。
オープンの日にちを見ると今週の土曜となっていた。お祝いのお花を送ろうと急いでネットで花屋を調べた。
翌日、仕事帰りにコンビニで買い物をしていると隆平から電話がかかってきた。
「もしもし」
『夕夏、いま話せる?』
「うん。どうしたの?」
『週末ってなんか予定ある?』
「今のところないけど」
『まじで?俺、明日から出張で長野に行くんだけどさ、次の週までいなきゃなんないんだよ。一応聞くけど長野に行く用事とかない?』
「用事はないし、なんでそんなこと聞くの?」
『土日暇なんだよ。こっちに友達いるけどさ、みんな予定あるんだってよ』
「だからって私に聞かなくても」
『前に住んでたじゃん?』
「それだけで?」
『うん。頼む!暇なんだよ~』
「……実は、長野に住んでた時の知り合いがお店オープンするんだけど、それが今週土曜なの」
『え!じゃあぴったりじゃん!』
「隆平一緒に行ってくれる?」
『いーよ。俺暇だし』
「山の中にあって車いるんだよね」
『オッケー、じゃあレンタカーな』
「ほんとにいいの?」
『いいっていいって。なんかよさそーじゃん?』
「私、土曜しかいないけどいい?」
『うん。1日だけでも楽しみあればいいからさ』
「ありがとう。レンタカー代は私が出すから」
『いいよ、俺が頼んだんだし。レンタカーの予約は俺がするから。後で知り合いの店の住所送って』
「わかった」
『じゃーな』
「バイバイ」
電話を切って持っていたカゴをレジ台に置いた。会計をしながら週末のことを考えた。
隆平が誘ってくれて良かったかもしれない。恭也さんには“いつか”行くと送ったけど、きっと日が経つほど行きづらくなる。1人で山の中を運転するのは自信がないし、隆平となら気兼ねなく行ける。




