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掌⑯

「あー、うん。そうだね」

夕夏ちゃんは右手で髪を耳にかけた。2人が意味あり気に穏やかな笑みを浮かべているのがなんか妬ける。

遥人君はお客さんに呼ばれて席を離れた。

「夕夏ちゃんっていつ頃こっちに来たんだっけ?」

「3年くらい前かな」

「それって何月ぐらい?」

「4月だけど、どうして?」

「なんとなく。蓮が意識なくして入院したのが3年くらい前なんだ。夏だったけど」

「…そうなんだ」

「蓮とは今年あの病院で初めて会ったんだよね?」

「うん、理久君もいたよね。あの時が初めてだよ」

夕夏ちゃんはまた髪を耳にかける仕草をした。

「そっか。あのさ、蓮のことだけど、あんまり気にしなくていいんじゃないかな」

「どういうこと?」

「夕夏ちゃんのこと忘れちゃってるけど、思い出ならこれからまた作ればいいじゃん?治療も順調みたいだし、いつまでも落ち込む必要ないと思うよ」

「…うん。ごめんね、心配かけて」

「俺はただ、夕夏ちゃんがもうちょっと自由になった方がいいと思って言っただけだから」

「うん、ありがとう」

「あっ来月だけどさ、テーマパーク系と自然系どっちがいい?」

「自然がいいな」

「オッケー。車で富山行ってみない?」

「富山?」

「うん。トロッコがあってさ、山の間を走れるんだ」

「トロッコ乗ったことない、楽しそうだね」

「あとコスモス畑もあってとにかく景色がいいらしいんだよね」

「じゃあ富山にしよう。でも車の運転疲れない?」

「大丈夫、ドライブ好きだから。最近あんまり遠出してなかったけど、専門学生の時とかは車でスキーとかあちこち行ってたんだ」

「そうなんだ」

「ちょっと朝早くなるけどいい?」

「うん。天気良かったらいいね」

「それも一応調べ済み。今んとこ晴れだってさ」

「よかった。楽しみにしてる」

「うん」

調べといた観光スポットやレストランを携帯で見せた。話してるうちに料理がきて俺達は食べることに集中した。店の中は回転が早く次々に人が来る。常連らしい人達は遥人君や店の奥さんに声を掛けていた。

食べ終わってカウンター席を立つと奥さんが来た。

「急がせちゃってごめんねー」

「いえ。今日来られて良かったです」

「本当にありがとう。タケル君に会ったら今度うちに来てって言っといて」

「…はい」

会計を済ませて店を出るといつの間にか地面が濡れていた。雨が少し降ってたみたいだ。

「私、ここから歩いて帰るね」

「え、歩いて家まで送るよ」

「すぐそこだし、いいよ」

「わかった」

「車で迎えに来てくれてありがとう」

「またなんかあったら言って」

「うん、それじゃ」

夕夏ちゃんは家の方へ歩いていく。俺はその背中を無意識に呼び止めた。

「夕夏ちゃん!」

振り向いた顔にはほんの少し笑みが浮かんでいる。

「何?」

「……タケルって、誰?」


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