掌⑦
施術が終わり柳瀬さんに三面鏡で仕上がりを見てもらった。
「さっぱりしたな。いつもありがとう」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
ケープを外して首回りの髪をタオルで払った。
「お疲れ様でした」
レジへ行き、背面にあるロッカーから柳瀬さんの荷物を取り出して渡した。
「理久、俺が心配してるってこと橋詰さんには言わないでくれるか。あの子すぐ気を使うから」
「わかりました、言いません」
笑って見せると柳瀬さんは安心したようだった。
「蓮が良くなったらまたみんなで食事しよう。そのうち蓮も思い出せるだろ」
「はい」
会計を済ませて柳瀬さんは帰って行った。
席の片付けを終えて閉店の締め作業に取りかかった。店長の茂木さんが事務所から出てきたのが見えて俺は声を掛けに近寄った。
「茂木さん、来月のシフト希望ってまだ変更できますか?」
「変更?何日だ?」
「あの、土曜に休み取れたらなーって…」
茂木さんは一瞬で眉間に深い皺を寄せ口を歪めた。
「無理っすよね…いいんです…何もないです」
「嘘だよ。お前ここ数ヵ月ずっと土日出てんだろ?たまには休ませてやる」
「え!?マジっすか!?」
「バカ野郎、まだお客さんいるだろ」
思わず出た大声のせいでみんなこっちを見ている。慌てて頭を下げた。
「マジで休んでいーんすか?」
「いいよ。で、いつなんだ?」
「まだ決まってないです」
「は?」
「すいません。明日か明後日にはわかると思うんですけど」
「じゃあ明後日までな。それ以上はムリ」
「わかりました、ありがとうございます!」
「おう」
店を閉めた後、練習を始める前に夕夏ちゃんへメッセージを送った。10月どこかの土曜に出掛けないかと聞いてみた。土曜にしたのは次の日休みの方がいいんじゃないかと思ったからだ。そして返信を楽しみにしながら練習に励んだ。
柳瀬さんに言われた言葉によって俺は随分舞い上がっていた。夕夏ちゃんを元気づけることが出来たら自分にもチャンスが巡ってくるんじゃないか。蓮が先に紹介されたからといって別に2人が絶対付き合わないといけないって訳じゃない。そんなポジティブな考えが次々浮かんできて気分は高揚した。
“前向きに考えようとしてる感じはあった”、そんなふうに夕夏ちゃんの様子を説明たことを何とも思わなくなっていく。
柳瀬さんにしてもそうだ。蓮が夕夏ちゃんを忘れたからってそこまで心配することでもないと思う。だって、言っても夕夏ちゃんとは出会ってまだ数ヶ月で多くの思い出があるはずもない。
心のざわめきが止んだ時、ほんの少しだけ抵抗が生まれた。でもそれはすぐに掻き消された。
俺は自分の不誠実さに目を背けた。




