掌③
蓮はそのあと次々とおかしなことを言い出した。一緒にラーメンを食べに行った話をされた。でも、俺にそんな覚えはなくそういう夢でも見たのかと思った。そして今度ヘアカットをしに来ると話したとき、蓮は突然こう言った。
「理久、その子友達か?」
ドアの方を見た。個室なのに誰がいるって言うんだ。もしかしてヤバいもんでも見えるようになったのか?
そう心配していると夕夏ちゃんが言った。
「それって、私のこと?…」
そんなわけないよ、そう言おうとした。
「ごめんね、僕達だけで話してばっかりで」
蓮は説明を促すように俺を見る。
「お前… 何言ってんだよ…」
夕夏ちゃんは不安な表情でいる。そしてふと頭によぎった。テレビでやってたラーメン屋って……
「蓮、さっき言ってたのっていつの話だ?」
「ラーメン?」
「そう」
「いつって、昨日だろ?お前も捷みたいなこと言うんだな」
蓮は困った顔で続けて言った。
「なんか変なんだよ。自転車に乗ってたはずなのに気付いたら病院でさ。手術したって聞かされたけど、思い当たることが全くないんだ。急にどこか痛くなったとか、少しは覚えてそうなもんだけど」
ラーメン屋に行ったのは何年も前のことだ。確か蓮が原因不明の昏睡状態になった前日だったと思う。3人揃って黙り込んだ。夕夏ちゃんを悲しませたくない。
「お前、やっぱりまだ調子悪いんだよ。俺らはもう帰るからゆっくり安静にしとけよな」
「…ああ。来てくれてありがとう」
「行こう、夕夏ちゃん」
「うん…」
名前を出してもなおよそよそしい蓮の態度にもどかしくなった。病室を出てドアが閉まると夕夏ちゃんは鞄を抱きかかえたまま廊下に視線を落とした。
「あいつ、きっとすぐ元に戻るよ。俺車で来てるんだ。家まで送ってく」
「大丈夫、電車で帰る」
「俺が心配だから送らせて。いや、あの… このあと用事があって、どのみちそっち方面行くからさ」
「ありがとう」
駐車場を出て夕夏ちゃんの家の方へ車を走らせた。何を話せばいいかわからない。
「明日、仕事?」
「うん」
「この前行った水族館、よかったね」
「…そうだね」
「あのっ、あの水族館、新しいショーやるみたいでさ、今度時間あったらまた行こう」
「うん…」
沈黙を避けるために話題を出すことが逆に負担になってる気がした。それで自分から話すのをやめた。
国道を走っていくつかの信号を通り過ぎ、途中赤信号で車を止めた。窓の向こうには花火が上がっている。色とりどりの花火もこんなに遠くから見るとただの小さな丸だ。
夕夏ちゃんは花火を見ている。俺は今日が約束していた花火大会の日だということを言わずその寂しげな横顔をただ隣で見守った。




