掌②
それだけはっきりと聞こえた。
暫くして肩に掛けていたカバンから携帯電話の振動が伝わってきた。…電話だ。
その時俺は焦って指を引いてしまった。途端にドアの閉まる音がして大慌てで廊下の曲がり角まで移動した。
歩く音が近づいてくる。別に見つかってもおかしなことはない。それなのに俺はやましさから身を隠した。夕夏ちゃんは通り過ぎていきエレベーターの方へ歩いて行った。それから時間を空けて自分も1階へ下りた。
何だったんだ、あの会話は……
呆然としながら駅へと歩いた。最後に唯一聞き取れたのは“記憶喪失”という言葉だった。所々に出てくるタケルという名前が頭から離れない。タケルって誰だ?蓮はいつ話せるようになったんだ?
それに“蓮はこの病院で初めて会った時”って、蓮と話してるんじゃないのか?ーーーーーー
あれからずっと考えてる。後日ヘッドフォンを渡しに行った時、蓮は文字ボードを使って話してきた。どうして話せないふりをしているのか謎だ。あの時聞き取った言葉からいろんなパターンを想像してみた。すると今流行っている映画の物語が浮かんでくる。あまりにも非現実的なことを考える自分の思考回路につい笑ってしまった。
「まさかな…」
2人の距離感は気になりつつも、あの日聞いたことへの疑問は段々と薄れていった。盆休みが過ぎてまたこれから頑張ろうと張り切っていた矢先、蓮の兄貴から知らせが入った。蓮が外出中に転倒して緊急手術を受けたという内容だった。かなり重症だったらしく、手術後はICUに入ったと聞いた。毎日気になって仕方なかった。なんであんないい奴にこんなんばっかり…
そして数日後、一般病棟の個室に移ったと知らされた。俺は仕事が休みで出掛けてぶらぶらしてた。蓮の兄貴は夕方に連絡したみたいだけど、携帯の充電が切れていて夜帰ってから折り返した。まだ面会可能時間に間に合う、そう思い電話を切ってすぐ家を出た。
病院に着くと夜間出入口のところで夕夏ちゃんと会った、それで話しながら一緒にエレベーターに乗り病室を訪ねた。
ぱっと見た感じ、蓮の顔色は思ったよりも良かった。俺は一気に安心して色々話したくなった。台に文字のボードがあるのが見えて蓮に渡した。蓮はボードはいらないと口で言った。その瞬間あの時のことを思い出して動揺した。「話せるようになったのか」とわざとらしいけど言ってみた。もし俺が盗み聞きしてたことを蓮が気付いてたとしたら結構恥ずい。でも蓮は普通な顔で返事をした。




