追憶⑨
『……夕夏、昨日はごめん。話したいから、また電話する』
留守電再生が終了した。話したいと言った声が寂しそうだ。
着信履歴からタケルの番号に発信した。コール音が鳴っている。応答ボタンを押して反応を待つ、数秒の静けさに息を呑んだ。
「…はい」
『ごめん、夕夏。今いいかな?』
「うん、大丈夫。あの、私もごめん」
『どうして夕夏が謝るの?』
「えっと…」
『夕夏は何も悪くないよ』
「でも私、タケルが怒るようなこと言ったんだよね?」
『怒ったんじゃないんだ』
「じゃあ、どうしてあの時…」
『そのことは本当にごめん。気持ちに整理がつかなくなって。莉奈ちゃんから電話が掛かってきて怒られたよ』
「あ」
『何回も留守電が入っててさ、すごい大声で』
「大声で?」
『うん』
莉奈ちゃんが言いそうなことを想像した、きっと半泣きになって必死に伝えてくれたんだと思う。
『もう一度説明してくれないかな。僕が僕の人生を生きられるって、どういうこと?』
「思ってもみないことが起きてるの、それがうまく説明できなくて、だから直接会ってほしい人がいるの」
『その人はどこにいるの?』
「長野」
『誰なの?』
その質問を聞いて、ふと思いついた。
「恭也さん」
電話の向こうから声が途絶えた。またタケルを怒らせたかもしれないと思った。緊張しながら反応を待つと不安気な声がした。
『恭也?』
「うん。詳しいことは会ったときに説明する」
『……わかった、会いにいく。明後日から暫くの間長野に行く予定があるから、そのときに会えたらいいけど』
「恭也さんにいつがいいか聞いておくね」
『うん。また連絡して』
「…タケル、ありがとう」
突然喉が震えた。ただ嬉しいだけなのに、目の周りが熱い。タケルは何も言わない。変な沈黙が続いて、それでも私達は電話を切らずにいた。
「今日さ、お父さんが出張から帰ってくるの。久しぶりに会うから楽しみなんだ」
『夕夏がお父さんの話するの初めてだね』
「そうだっけ?今働いてる長野の会社、社長さんがお父さんの知り合いなの。それでこねみたいな感じで就職させてもらって」
『そういえば前にそんなこと言ってたかも。2人で夜歩いてたときに』
「あ、それってあの散歩コース?」
『そう、それ』
「懐かし~。タケルが借りてた家の近くだよね。記憶思いだせるようにって」
『うん。暑い日も寒い日も』
「確かいまの時期ってキンモクセイが咲いてたよね?」
『ああ、そうだったね。いい香りがしてたの覚えてる。でも、もうちょっと涼しくなった頃じゃないかな?ほら、夜でも暑すぎる時期は散歩やめておこうってなって』
「そっか。ほんと、懐かしいな~」
『そうだね』
次々浮かぶ思い出に話が止まらなくなる。優しい声に耳を傾け、あのときの悲しい感情を忘れてしまったかのように笑った。




